3.ヨル①
ナイトランドの夜は深い。濃密な黒に覆われた世界の中でロッジのような作りの建物から優しい暖色の光と大きな笑い声が漏れ出ている。
その建物の看板には丸っこい文字で『ダイニングレストランmoon』と書かれていた。
「ガハハハハっ、そこで俺様は言ってやったのよ。レッサーウルフ如き雑魚がいくら束になってもこのグリード様には適わないってな!!」
「ヒューッ、さすがナイトランドきっての実力者グリードの旦那。憧れるぅ~」
髪を逆立てた人相の悪い男が樽ジョッキ片手に本日の武勇伝を語ると傍にいた背の小さな男がゴマをするように羨望の言葉を口にした。
「まあな!ミギブ、パーティーメンバーであるお前にはいつか俺がS級冒険者になった時には相当いい思いをさせてやるぞ。そうだヨル。お前もこの将来の出世頭のグリード様の女にしてやろうか?」
樽ジョッキで指さした先には暗紫色の髪をバンダナでまとめてモスグリーンの給仕の制服に身を包んだ10代前半くらいのかわいらしい少女がいた。
少女は男たちが頼む料理を運びながらその大きな瞳でグリードを見据えていう。
「なにがS級冒険者よ。あなたまだD級でしょ。しかも今日大量にギルドに運ばれたレッサーウルフは黒焦げだったみたいじゃない。あなたの加護は筋力増加とかそっち系統がほとんどでしょ。アレはどう考えても魔法系統のダメージ。大方今朝町に来てた綺麗なお姉さんが倒したんじゃないの?」
可愛い見た目と反して厳しい口調で確信をつく少女に思わず口をつぐむ。
その様子をみたヨルは配膳を終えた銀色のお盆を持ってその場でクルリと回りながらうっとりとした表情で言葉を続ける。
「そもそも私が憧れてるのは困ってる人や弱い人のために戦い続けた女性のS級冒険者シエル・スフィアみたいな人よ。彼女はいつも報酬じゃなく本当に人々のために戦ってきたわ。害をなす魔物の討伐や不治の病と呼ばれていた『ガルド』の治療薬の開発、果ては干ばつで苦しんでいたサンドランドの砂漠の民達のために古代兵器の発掘までやってのけたのよ」
「チッ、またヨルのシエル病が始まった」
「ちょっとなによ。そもそも私達がこうして生きていられるのもシエルさんのおかげなんだよ。シエルさんがあの日あの大怪鳥をこのナイトランドから追い払ってくれなかったら私たちはみんな死んじゃってたかもしれないでしょ」
「そんなのはもう5年も前の話だろう。その戦いでシエルは死んじまったし、どうせなら追い払うだけじゃなく完全に息の根を止めてほしかったぜ。もし俺がその場にいたら間違いなくトドメを刺してたぜ」
「最低。あなたなんかあの場にいたら真っ先に逃げ出してたわよ」
「そもそもシエル・スフィアがS級だったのは誰もやりたがらないようなクエストを率先してこなしてたからギルドが実力に見合わない等級を与えてたって噂もあるんだぜ。だから実際問題シエルの強さは怪しいもんだ。そして何より伝説のシエル・スフィアの息子があんな出来損ないじゃその名に傷がつくのも当然だろ。なぁ~ソラ・スフィア君」
目立たないように隅の席でモソモソと食事をとっていたソラは突如として名前を呼ばれ思わず食べていた安物のパンを喉に詰まらせて盛大にむせる。
「えっ、ソラ君大丈夫!? ほらお水早く飲んで」
むせるソラにグラスについだ水を飲ませてやる。
「ご、ごめんヨルちゃん。急に名前を呼ばれて、びっくりしちゃって」
「ギャハハハハッ。名前を呼ばれただけで窒息かウスノロ。まあ、確かにそいつの母親はすごかったさ。だけどそいつは冒険者登録試験にさえ受からねぇ加護なしだぜ。今日なんかは魔物と魔法にビビッてずっと女におんぶしてもらいながらダンジョン攻略にきたんだぞ。そんな奴が息子にいたらすぐに親の名声なんて落ちていくだろ。なあみんなぁ!!」
両手を広げて立ち上がり、店中に響く声でそう捲し立てると店のいたるところから野太い笑い声が上がる。
「ちょっとあんた達やめなさいよ!! ソラ君は本気になったらあんた達なんて目じゃないくらいすごい冒険者になるんだからね!!! 私はS級冒険者シエル・スフィアの意志を継げる人はソラ・スフィアしかいないって本気で思ってるんだから!!!!」
「ギャハハハハハ。なにをトチ狂ったことを言ってんだヨル~。そいつは一生に一度しか口にできない命の実でハズレを引いた加護なしだぞ。俺らを超えるどころか下手したら魔物一匹倒すことさえできずに死んじまう。なあそうだろみんな」
煽るような口調に同調し『moon』で酒盛りする冒険者たちが次々に酔った口調で「そうだそうだ~!冒険者は軟弱ものになれる職業じゃねぇ~」とわめきだす。
その言葉にヨルはそのまだ幼さの残る顔を怒りに染める。
「あなたたちいい加減に、ってソラ君!?」
ヨルが冒険者たちに捲し立てようとすると同時にソラが自分の席から立ちあがった。
「おう、なんだやるのかソラ。いいぜ、もし万が一俺に一撃でも攻撃を当てられたらお前をパーティー登録してやるよ。荷物持ちから祝パーティーメンバーに昇格だ。あまりにも弱すぎて、パーティーに入れて貰えてもすぐ追放されて行き場のなかったお前にはこれ以上ないご褒美だろ。お前昔言ってたもんな誰かとパーティーを組んでお母さんのように世界を旅するのが夢ですってな!!」
その言葉に酒場の冒険者たちは楽しそうに「いいぞ~やれ~!! 意地をみせやがれウスノロ~」などと汚い野次を飛ばす。
そんな言葉に押されるようにソラはスタスタとグリードの方へと足を進める。
そしてグリードを眼前に捉える。
「おう、珍しく勇ましいじゃねぇか。ルールはお前が俺に一撃いれるか、お前が気絶するかでいいな。それじゃあ、いくぜっ!?」
グリードが意気揚々とルールを述べ、構えをとろうとするがソラはその隣りを何事もなかったかのように通りすぎ、へらへらと情けない笑顔を見せながら
「お騒がせしてすいません。ここにお金置いておきます。ごちそうさまです」
そう言って数枚の銅貨をカウンタ―に置くと、逃げるように店の扉を開けた。
酒場はあまりにも予想外の出来事にポカーンとした静寂に包まれるがすぐに
「おいおいおい! あんだけ馬鹿にされて逃げかえるような冒険者がいるか~。あいつは一生弱虫のまんまのウスノロだ~ 冒険どころかパーティーを組むことさえできずに一生俺の雑用として終わる運命だぜ!!! ガハハハハ」
グリードの笑い声に同調するように酒場のいたるところから野蛮な笑い声が漏れる。
「ソラ君待って!! あんた達、許さないからね」
「おうおう、許さないってどうするつもりだよヨル~。ソラの代わりに俺と戦うか。お前は確か珍しい加護持ちだったもんな。だがそんなちっちゃくて華奢な身体でこのグリード様に叶うかなぁ~。なんならちょっと試合のついでにいろいろなところ触っちゃおうかなぁ~」
わざとらしく下品な物言いと手の動きでふざけるグリードに再び酒場の連中が声を上げて笑う。
そんな冒険者たちをキッと睨みヨルは言葉を口にする。
「ミルおばさんに言って今日のあんた達のお代倍にしてもらうから覚悟しときなさい!」
そう言葉を残し、ソラを追いかけ店を出た。
「「「え!? 倍ってマジ!?」」」
店に残された冒険者たちは一斉に厨房の奥にいるこの店のオーナーであり元冒険者のミルに視線を向けた。
するとミルはその鍛え上げられた巨体を強調するように冒険者たちを威嚇したあと、グリードを指さし
「グリード、あんたは3倍だ」
そう言った。
「え~~~~~~~~っっつ!!!????」
店にはグリードの絶叫が響き渡った。
二人目のヒロインの登場です。よかったらブックマーク、評価していただけると嬉しいです。