19.冒険者試験
「ダメだ。危険すぎる。お前を冒険者にはできない」
ライオンの鬣のような顎鬚を蓄えた熊のような男が鋭い目つきで断言する。
「そんな。お願いですダンテさん。僕は強くなったんです。加護だって使えるようになったんですよ」
「あのなソラ。俺だって意地悪で言ってるんじゃねぇ。この冒険者ギルドの門をお前はこの5年間で何度叩いた?10や20じゃ効かないだろ。結果は全部一番下のGランクにすら程遠かった。冒険者は常に危険がつきまとう職業だ。性格は悪かったがそこそこ実力のあったグリードだって身の丈に合わない行動一つで死んじまった。一緒にいたお前はその事実をよく知ってんだろ。それに後天的に加護が身につくってアリシオンの御伽話でもあるめーし」
ため息をつきながら、ソラを諫めるように言葉を並べる。
ナイトランドの冒険者ギルド長ダンテ。彼は現役時代はBランクの冒険者だった。当時の字は猛追のダンテ。どんな攻撃を受けてもひるまず戦斧を持って攻撃する。その迫力と破壊力からそう呼ばれていた。
だが、その無謀ともいえる戦闘スタイルがたたって治癒魔法でも完治不可能な傷を負い現役を引退。その後は現役時代の功績が認められナイトランドのギルドに派遣され、今ではギルド長を任せられるまでになった。
それだけ経験豊富なダンテだからこそわかることがある。無謀を貫き通す冒険者ほど危険な者はないと。初めてソラがギルドの門をたたいたのはこのナイトランドが謎の死を運ぶ大怪鳥クライフの襲撃を受けた翌日だった。
ナイトランド誕生以来の大災害とされた謎の死を呼ぶ鳥クライフ。もしあの日ナイトランドにS級冒険者シエル・スフィアがいなければ国土の半分。いや、下手するとこの国自体がなくなっていたかもしれない。若くして天才の名を欲しいままにしたシエル・スフィアの命と引き換えにこの国は救われた。
そしてシエルが死んだその翌日に目に涙を浮かべ、歯を食いしばった10歳になったばかりの少年が冒険者ギルドの扉を叩いたのだ。その時のダンテの心には二つの感情がせめぎあった。
この少年に親の仇をとれる力と場所を与えてやりたいという気持ちとこの少年を冒険者なんていう危険な職業に就かせて良いのかという気持ちだ。
本来ならば、そんなことは考えずに試験を受けさせるべきなのだろうが、訪れた少年の顔はあまりに必死で危険だった。結果、ダンテは本来のG級の冒険者に課すテストより2ランク上のE級の冒険者のテストをソラに課した。
シエル・スフィアの息子ならばG級くらいなら簡単にクリアしてしまい、すぐにでも冒険者の権限で危険なダンジョンに潜りその命を落としてしまうと判断したからだ。
しかし結果は驚くことにソラは何の加護の使用も出来ないどころか、その戦闘技術は拙く、強いていえば回避と戦況把握に優れてはいるが結局それをいかす攻撃手段を持ち合わせていないため、E級どころかG級の冒険者になれるかなれないか程度の実力しかもっていなかった。
実力のなさはきっと試験を受けた本人が一番わかっているはずだ。
この時ダンテはあえてE級試験を受けさせたことを正解だったと思った。
なぜならこの実力で分不相応なダンジョンに潜ったら、どんなに運が良くても遅かれ速かれ命を落とすということは自分の経験上わかっていたからだ。
この国を救ってくれた英雄の息子をみすみす死なせるくらいならば、多少酷だが現実を見せて安定で平穏な生活を送れるようにしてやるほうがいいと思ったのだ。
一方的な実力差を見せつけられたソラにダンテは言った。
「お前に冒険者は無理だ。諦めろ。そして二度とここの門を叩くな」
親を亡くしたばかりの10歳の子供にはあまりに辛辣な言葉を並べたことはわかっている。それでもそれくらい言わないとこの子供の危険な瞳は鎮火しないとわかっていた。それに加護が使えない者をとてもじゃないが冒険者にはさせられない。
そんな者を冒険者にするなど死ぬとわかっていて死に場所に誘導するようなものだ。
その言葉に当時のソラは心臓に重しでもつけられたかのように蒼白な顔色を見せた後、ギルドを去っていた。その後ろ姿に心は痛んだが、これでよかったのだとダンテは自分に言い聞かせた。
しかし少年は翌日もやってきた。なぜ来たのかと問うと「自分には果たさなければいけない約束があるからだ」という。なんど追い返してもすがりつく少年に渋々試験を受けさせるが結果はもちろん不合格だ。
だが少年は何度落ちても再びやってきた。しかも試験を受ける度にソラは合格をつかみ取ろうとその命を危険に晒すようなハイリスクハイリターンの行動をとり始めた。そしてこれ以上は危険だと判断したダンテはソラに冒険者試験を受けることを禁じた。
これでよかったのだと思ったのもつかの間、今度は町のチンピラともいえる冒険者グリードの雑用としてダンジョンに潜り始めたのだ。何度もグリードにもソラにもそんな愚行はやめるようにいったが、注意はできても自分にそれを辞めさせる権限はない。
しばらくしてソラは町で『ウスノロ』と呼ばれるようになった。加護も使えない。魔物を見るとビビッて動けなくなっちまう。その性格もよく言えば優しいが悪く言えば気弱で優柔不断。冒険者のほとんどの奴らがソラをバカにした。
確かに年月が経つにつれてソラからは覇気がなくなっていった。それでもダンテのソラに対する気持ちは変わっていなかった。なぜなら冒険者たちから『ウスノロ』とバカにされ続けている今でもほぼ毎週のように
「ダンテさん僕を冒険者にしてください」
そう言ってこのギルドの門を叩きに来るのだから。
本人は気づいているのかいないのか知らないが自分にそういう時のソラの瞳の奥底には間違いなく昔から変わらない意志の炎が揺らめいていたのだ。
いくら自分が威圧しても、町中から才能がないとバカにされても、危険な目にあっても消えない瞳の炎。
この少年を冒険者にしてはいけない。力はないが強い心を持つ少年。普通人の心は逆境でそんなに強くなれない。だから自分はこの少年を心の底から尊敬する。でも、それは冒険者にとっては命取りだ。真っ先に命を落としてしまう。生きて欲しい。人生を謳歌してほしいのにこういう純粋な人間が一番初めに死ぬ。それが冒険者とういう職なのだ。
だから今日もまた門を叩いてきた少年にダンテは言う。
「とにかくお前が何を言おうと何をやろうと俺はお前を冒険者にするつもりはない。とっとと帰れ!!」
いつもと同じ言葉の繰り返し。そしてきっとこの後、ソラが悔しそうな顔をして「また来ます」といってギルドを出るのもいつもの光景だ。きっとこの光景は自分がこの冒険者ギルドにいる限り見続けることになるのだろう。
そんなことを思っていた時だ。いつもと違う光景と言葉がダンテに飛び込んできたのは。
「ふん。まったく思慮の浅い熊男ですね」
その言葉にギルド中が凍り付いた。
『熊男』それはダンテに絶対に言ってはいけない言葉だ。
厳つい見た目とは裏腹にあまり怒ることはないダンテだが、唯一引き金となるのがこの『熊男』という言葉だ。なぜこの言葉にそれほどまでに怒るのかというと話せば長くなるが端的に言うと過去の女絡みのトラウマが関連する。
そして引退したとは言え、ダンテは元Bランクの冒険者。その強さと切れた時の恐ろしさは冒険なら皆知っている。
「おい、今俺のことを『熊男』って呼んだのはそこの綺麗な金髪の姉ちゃんか。初めて見る顔だから今すぐ謝れば許してやるぞ」
「なんで私が謝る必要があるんですか? 相手の実力もわからずに愚かな言葉の選択しか取れないんですから、その毛むくじゃらな見た目だけじゃなくて知能指数もまさに獣。『熊男』じゃないですか。そもそもソラさんの話をそんなぶっきらぼうに聞くなんてありえないですよ。そうですよねソラさん?」
金髪の美女ルナのその言葉に顔を真っ赤にして辛うじて爆発を抑えているダンテがソラをギロリと睨む。
「おいソラ! この姉ちゃんはお前の連れか。常識ってものをあまり知らないみたいだな。それにお前も俺のことを熊男だと思ってるみたいな口ぶりだったがそこんとこはどうなんだ?」
「えっ!?」
「そんなことはソラさんに聞くまでもないですわ。あなたは間違いなく熊男です。相手の実力も図れずに試験すら受けさせないなんてまさに野蛮人の所業です」
「や・ば・ん・じ・ん だと!? この俺が。姉ちゃんがソラのなんなのかは知らねえが今まで何度も何度も成すすべなく試験に落ちてきたこいつが急にポンッと合格できるとでも思ってるのか?」
「もちろんです。もしソラさんがそれで合格できなければ土下座でも裸踊りでもなんでもしてあげますわ」
ルナのその言葉にギルド中の冒険者がルナの完璧なボディラインと容姿に視線を釘付け歓声を上げる。
「「「いいぞやれーーー!!! ソラに試験を受けさせろーーーーー!!!!」」」
下賤な野次がギルド中に飛び交う。
「うるせえ!!! お前ら黙りやがれ!!!!」
そんな荒ぶる冒険者たちにダンテが一喝し黙らせる。
「いいだろう。姉ちゃん今の言葉忘れるなよ。一回だけだ。もし今日ソラが合格できなかったら金輪際このギルドの敷居を跨ぐことすら禁止する」
「チャンスなんて一回で十分です。ね、ソラさん」
「いいだろう。もしソラが合格したら俺が土下座と裸踊りをしてやるよ」
その言葉にギルド中から「「「おえ~」」」という嘔吐き音が響いた。
「おい。ソラそういうわけだ。正真正銘たった一回だけのチャンスだ。お前はこれは受けるか?それとも受けないか?」
その言葉にソラは
「よろしくお願いします!!!」
という言葉とともに全力で頭を下げた。




