2.5年後
「おい! ウスノロ!! 素材の剥ぎ取りにどんだけ時間を掛けるつもりだ。てめぇ舐めてんのかソラ!!」
「す、すいません。グリードさん。すぐに終わらせますんで」
髪を逆立てた人相の悪い男が怒鳴り声をあげる。その隣では露出の多い服を着た美女が眠そうに欠伸をしている。
そんな二人に見られながら空色の髪を持つ気弱そうな少年は安物のナイフで必死に死んだレッサーウルフの解体を進める。
「うわ、何やらしてるのあれ。よくやるわね。ていうかグリード、あの素材ってここら辺ではそんなに高く売れるの?」
「そうだな。レッサーウルフの牙が100ギル。毛皮が400ギルってとこだな。両方合わせて500ギルだから昼飯一食分ってとこだ。レッサーウルフの解体なんて普通は誰もやらねぇよ」
「ちょっと待って、じゃあなんでそんな効率悪いことあの子にやらせてるのよ?」
「レッサーウルフの血は魔物をおびき寄せるんだ。で、あいつに魔物が集まったところをお前の魔法で一斉に焼く。ようは生きた撒き餌にするってことだ。な、すげぇ効率的だろ?」
「ふぅ~ん。それをあの子は知ってんの?」
「知るわけねぇだろ。あいつは命の実を食ってから怖くて一度も魔物も倒したことのないヘタれだぞ。命の実を食ったその日に見たこともない魔物に親を殺されてそこから魔物が怖くてしょうがねぇんだ」
「あ~それはトラウマにもなるわね。ただあの子やたら解体の手際がスムーズね。そういう系統の加護なわけ?」
「ガハハハハッ! 加護? あれは俺様がこの5年間でありとあらゆる雑用をやらせてやった結果、身に付いたものだ。それにアイツは何百年も誰も口にしようともしなかったハズレの実を食ったからな。アイツには何の加護もねぇのさ」
「加護がない? そんなことってあるの? どんな命の実でも最低一つは何かしらの加護が手に入るはずでしょ」
「いーや、ある。アイツが食ったのは色も悪くて見た目も痩せ細った見るからにハズレの実だ。当時その場にいた奴らが止める中、アイツはこの実がかわいそうだからとかいうアホな理由でその実を口にした。結果はまさかのなんの加護も発動しないという奇跡の大外れの実だったっていうわけさ。旅人のお前は知らないだろうけどこのナイトランドの住民ならだれでも知るバカ話さ」
「へぇ~そんなこともあるんだ。私もいろいろな国を旅してまわったけど流石に加護ゼロの子は初めて見るわ」
「おい、そんなことより見ろ!魔物がウスノロに向かって集まり始めたぞ!! いいかアイツごと焼いていいから一匹も討ち漏らすなよ。もし一匹でも漏らしたら報酬はやらねぇぞ」
「まったく今日はとんでもないやつに雇われたわね。まあ、でも旅人はいつでも金欠なんだよね。これも路銀のため。悪く思わないでよねかわいい顔した男の子」
するとそこで赤い風が女の周りで熱を帯びながら舞い始めた。
「世界を変えた赤き原初の怒りよ。我の元に集い纏まりて一陣の灼熱の風となりその怒りを持って仇敵を打ち滅ぼせ対滅魔法【灼熱の竜巻】!」
「グリードさ~ん!! 助けて! ま、魔物が!魔物が急にたくさん襲ってきて!!! って、うわぁぁあああああ!!!炎の竜巻が!?」
どこから湧いてきたのか突如として無数のレッサーウルフに追いかけられ、命からがら逃げだしたソラを中心に赤々と燃える火炎の渦が現れる。
そして灼熱はレッサーウルフ達と少年をいとも簡単に飲み込むと薄暗いダンジョンを真っ赤に照らし出しながら巨大な火柱となって燃え上った。
「お、おい。確かにアイツごと焼いていいとは言ったけど何も殺すことをねぇだろ」
その言葉に燃え上がる炎同様の紅い髪とルビーのように深く燃える瞳を持つ女は言う。
「私はこれでも炎のユグドラシルの加護を受けるサラマンドラ王国出身の赤魔導士よ。炎の扱いに関しては一流を自負してるわ。ほらもうすぐ炎が晴れるわよ」
轟々と燃え上っていた炎が晴れるとそこには腰を抜かしてへたり込んで座っているソラとあまりの火力に炭化した骨だけとなった元レッサーウルフがいた。
「い、いきてるの? ぼく? え、な、なんでぇ?」
腰が抜けてしまったため立ち上がることが出来ずその場で情けない声を上げる。するとそこに赤髪の女がツカツカと歩いていき、ソラの前で軽くしゃがんで目線を合わせる。
「え、エルザさん。いま、急に魔物が現れてそれに炎も、でも、なぜか僕は助かって、でも、えっと、あまりのことに驚いちゃって腰を抜かしちゃって、だからえっと肩を貸してもらってもいいですか?」
「あの炎は私が放ったのよ。私は加護の一つに赤魔法を授かっているからね。君が無事なのは君の周りだけ炎の質を調整して炎の温度を下げたからよ。あら? これは失敬。温度はだいぶ下げたつもりだったんだけど、おでこが少し火傷してるわね」
「え? 火傷? ほんとだ。おでこが痛い」
「あ~そういえば君は命の実を食べてから魔物を倒したことないんだっけ。だとしたら必然的にレベルも低いし、DFFの数値も紙切れなみってわけね。それはあの程度でも怪我するわね」
「えっと、えっと、あの、そのすいません」
「まあ、とにかく動けないんじゃしょうがないわね。動けるようになるまでおんぶしてあげるわ。それと悪いことはいわないからあの男と組むのはやめときなさい」
「いや、でも、そのグリードさんは身寄りがなくなった僕を拾ってくれたし、えっと、その、それに一人になったら僕どうやって生きていったらいいかわからない……」
情けない顔で弱々しく鳴くソラに肩を貸しそのまま背中に乗せてやる。
「どうやって生きたらいいかわからないか。今日会って、今日別れる私はそんなに偉そうなことは言うつもりはないんだけど、君は『でも』とか『えっと』が多すぎるわね。私の故郷の言葉に『強い言葉には未来が宿る』っていうのがあるわ。もう少し自分を強くする努力をしてみてもいいんじゃない?」
「えっと、あ、また言っちゃった。……すいません」
「ふぅ、そのすぐ謝るのも君に染みついてる悪い癖ね。しょうがないなぁ。これは特別よ」
そういうとエルザは背中におぶったソラの額にそっとキスをした。
「~~~~~~~っッッツ!?!?!?!?」
「あら、耳まで赤くしちゃって。見た目通りうぶなのね。じつは私かわいいタイプの子って好きなのよね。だから今のは強くなれるおまじないよ。さあ、それじゃ依頼通りの数のレッサーウルフは今ので倒したしさっさとダンジョンをでましょうか♪」
そういうとゆっくりとエルザはグリードのいる方向とは逆方向にあるダンジョンの出口へと鼻歌交じりに歩き出した。
一方のソラはおでこの熱が火傷によるものなのかそれとも別の理由なのかわからずただただ顔を赤くした。