1話 プロローグ/銭湯にて…
今回からやっと本編です。
ちょっと短めですがどうぞ!
「…兄さん。僕思うんだ」
「なんだぁ?弟よ…」
某5月、深夜。
電灯が夜道を照らしながらも若干の薄気味悪さを醸し出す夜の町で、2人の兄弟が汗を流しながら歩いていた。
「ウチの親の夫婦喧嘩って過激過ぎない?」
「ウチのかーちゃん、夫が自分シャンプー使ったって風呂場で知っただけで切れてから風呂場を怒りのままにぶち壊してくれたもんな。俺らが入る前に…」
世間話をしながら彼らは町の近くの銭湯まで足を運んだのだ。風呂の事は後で業者に頼めばいいから別に問題はないが、この涅黎 真来には少しばかり今日銭湯に入るには憚られるワケがあるのだ。
「今日はアイツらの貸し切りも同然なんだよなぁ~」
「ん?兄さんは彼らの仲間なんでしょ?そんなにため息付かなくても…」
「アイツら別に仲間じゃねぇよ。ただ、いい仕事紹介してくれるお得意様よ。それでも、仕事以外で暴走族と絡むのは…俺の財布が金欠の時だけだな」
何気にゲス発言を撒き散らしながら彼ら涅黎ブラザーズは銭湯の扉を開いたのだ。
男湯には案の定先約がいた。
「待ってたぜ、涅黎。お?見ない顔だな?」
「弟だ。名前は…」
「それ位自分で言うさ。こんばんは、僕の名前は涅黎 積流だよ。番長さん」
そう言われた男。既に湯船に浸かりながらどっしりと構えていた。その体には数々の傷痕が残っている。だが、その男の顔は何故だか誇らしげだ。そして湯水で濡れた赤い髪を乱雑にかきむしっている。
「へぇ?ソッチの事情に詳しいようだな?まだ中坊だってのに中々ワルだな」
「兄さんと親のせいさ」
「うわぁ、ちょっち傷付く」
兄弟2人はそんな事を言い合いながらシャワーで体を洗う。そしてやっと湯船に使ったのだ。
時折、番長と呼ばれた男の周りにいる奴らに2人は吟味するかのように見られていた。
真来と積流は特に気にした様子はなく、湯を肩までどっぷりと浸かってその気持ちよさの余韻に浸っていたのだ。
「で、例の件。何か進展はあったか?」
「あぁ、弟のお陰で色々と。うちの弟は自慢じゃないがハッカーとしての素質があってな、ソッチ繋がりの友達も多いから情報が集めやすくて助かる。性別、年齢、大まかな特徴さえ分かればこっちのモンだ。今日は気分じゃないし、明日は学校もある。それにちょっと諸用もな。ソレが早くに終わったら明日の深夜位にでもやってやるさ」
「ヘヘッ!やっぱお前に頼んでおいて正解だったなぁ!依頼してからニ週間位しか経ってないよな?ホント、お前をウチらの仲間に率いれて良かった良かった。お前の参加を認めずテメーに向かって返り討ちに逢って入院中のバカ共も…今頃は悔しがってるよなぁ!」
「だけど…妙だったな弟よ」
「えぇ、妙でした」
すると兄弟2人とも顔を合わせて怪訝そうな顔をして疑問点を言い合っていた。2人のその言葉が引っ掛かった番長は質問することにした。
「はぁどーしたんだ?何が妙だってんだ?」
「いやな、その俺らが探してるターゲットさ。別段隠密行動が得意とか、偽装能力持ってるワケじゃないとるに足らないハーフエルフの少女だよな?」
「ん?そう兄貴から聞いてるが…」
「だからターゲットの所在はもう一週間の時点で掴んでたから、当然その現場に俺は向かった訳だけどよぉ。偽装能力処かロクに自分の痕跡消せないド素人なのによぉ…いつもいつも逃げられちまうんだ」
「…へぇ?」
番長のこの言葉は、たかが少女ごときに遅れを取っている真来達の事を怒っているワケではない。彼らは本気だった。一切の手を抜かず相手を徹底的に追い詰め確実に捕らえる正真正銘の悪童だ。
こんな誘拐紛いな事もやった経験があるのだろう。何も出来ないようなド素人相手にも容赦無く力の限りを以て追い詰める筈の彼らが、何故か出し抜かれた。
彼らも油断していた様子はない。明らかに悔しがっている顔をしていた。とても…心底悔しそうだ。恐らく1週間の間にこう言う事が何度も何度もあったのだろう。
プライドはもうズタボロの筈だ。
故に…この言葉は―――
「クソッ!追い詰めた思ったのに、何故か…何故か…いつもいつも逃げられる。そのクセ、翌日にまた尻尾を出すとか言う間抜けっぷり。なのにまた行っても昨日の繰り返しさ…」
「逃亡を手引きしている奴がいると?」
「それしかあり得ない」
3人共、明らかに暗い面持ちで話しをしていく。この推測は多分正しい。だが、その相手を2人は目撃してなかったのでそれが余計に腹立たしくかんじているのだ。
「誰が何の為にって疑問が残るがな。そこはどうでもいい。だが明日の深夜は万全の状態で挑むつもりだ。そこで本当に逃亡を手引きしてる野郎もいるのか分かるワケだしさ」
「その目はマジだな?だったら構わんよ。俺も、早くに兄貴に良い報告が出来るみたいで安心したよ」
そこから一転して明るくなった。
彼らは数十分、湯船に浸かり疲れを癒して明日への活力としている。
程なくして涅黎兄弟は先に銭湯を後にしたのだ。勿論、牛乳は忘れず2人共買っていった。
「帰るぞ…」
「うん」
そうして、彼らは夜道を歩いて帰っていった。
*
「で?生番長見てどうだった?」
「…正直震えたよ。アレが悪魔が屯するこの町最低最悪最大の暴走族“辺流是火已斗”を纏め上げる番長か…流石〈赤髪の暴食獣〉と呼ばれる程はあるね。僕らと同じ半人半悪魔なのに纏ってるオーラは周りにいた下っ端が可愛く見えちゃうレベルだったね」
「だな、俺も最初はチビったぜ!」
だが、積流はあんまり顔に感情を出さないタイプの人間だった。番長と対面しても端から見れば常に無表情で愛想がないだの、肝が座ってるだの言っていやがる。
それでも真来はこれでも兄なので、弟の事なら手に取るように分かってて当然なのだ。
だから、内心では少し処か結構ビビっていたのは知っている。だが、それをおくびにも出さなかったのは家族のせいだろう。
これでも真来の弟なのだ。こんな修羅場は飽きる程潜ってきている。12歳でありながら彼にはもう鋼の精神が宿っているのだ。
(ホント…アイツも聞く所によりゃ遠い血筋に〈大罪〉が混じってるって話しじゃあねぇか。噂が本当なら相当なチートだなバケモノだ!バケモノッ!)
彼は悠太を思い出しながら〈大罪〉の事について考えていた。
(悠太の〈大罪〉の力。本人さえその気になれば全ての“美”の概念を超越した存在にだってなれる筈なのに…勿体ない。今の魔力を使っても、精々『相手の理性を一時的に機能停止して本能の促進をうながした後に思考誘導しやすい状態』にするだけだしな。つまりは相手と接触しただけで即骨抜き。二コマ即墜ちの体現者みたいな力だよなぁ~)
これだけでも非常チートではあるが、それは力のほんの一端に過ぎない事を悟り頭をポリポリかく。やってられないって言う気持ちでいっぱいのようだ。
(しかも“辺流是火已斗”の副番長が噂に名高い藤原千方が従えたとされる四鬼の内の一鬼の血を引いてるそうじゃないか…)
〈四鬼〉それは、鬼の中でも最強クラスの酒天童子程ではないものの、どれも協力無比な鬼であり金鬼、水鬼、風鬼、隠形鬼の四匹の鬼の事を指す。
(タクッ!これじゃあ、裏切って“辺流是火已斗”の資金丸ごと奪う計画は暫く先に見送りだな。現状、あの2人に勝てる算段はないワケだし…)
下克上は、常に考えている真来であった。
次回は学校ですね。
あれから悠太達の心境はどうだったのか、気になりますねよ?
次回もお楽しみに!