0話 4月13日の祝杯/呪うしかない世界
まだ本編ではないです。
序章が4月の中旬の出来事で、今回が13日です。
今回の主役も悩みを抱える人がおります。
これは式沢 悠太、涅黎 真来、天津 連羅、ルナ=イクフィリア達が出会う数日前の出来事だ。
満月の光が満ち足りてこの暗い夜の世界を照らし出している頃。
極嵐町から遠目でも見える景色に、1つの大きくそして豪華な高層ビルが立っていた。
その名は“HAIGAコーポレーション”。全国規模で展開し莫大な財産で他企業を所構わず買収合併を繰り返して様々なジャンル、メディアでも注目を集めている世界屈指の大企業として名を知られている。
イメージカラーは透き通るような白銀。100階以上にも及ぶこの《”HAIGAコーポレーション”日本支部本社》の高層ビルも壁一面が銀で形成されているのだ。そこはもっとド派手に金が目立ち易いと思う次第だが、現HAIGAコーポレーションCEOは噂では好きな色が銀だったとかでこのイメージカラーにしたのだと言われている。
所変わってその日本支部の社長室にて…
辺りはとても清潔感に溢れていた。様々なアンティークな品物が立ち並びこの部屋を独特の雰囲気にしていた。
その一室に2人。1人はキッチリとスーツを着こなしメガネを掛けている黒髪の妙齢の女性。美人秘書と称される感じの人が立ち。椅子に座っている背が高く白髪で垂れ目気味な目元をしてスラリとした男性が居た。しかも目元には少しばかりクマが出来ている。
「社長、今日のスケジュールの工程全て終了致しました。今日もお疲れ様です」
「うん…もう下がっていいよ」
「ハッ!それと、注文されていた品物が届けられていたので、コチラをお納め下さい」
「うんうん、ありがと。最後に…そこの棚にあるワイングラスを寄越してくれないかな?」
「了解です。…んっと、コチラで宜しかったでしょうか?」
「そうそう、ありがとね」
今まで無表情だった白髪の男が一転して秘書の女性に和やかな笑顔を見せていた。とても、ご満悦の様子だ。
「あの…差し出がましいようですが?何か、いいことがあったのでしょうか?」
「ん?」
「い、いえ!あの…今日は社長にとって、何か大切な日なのかと…思いまして」
「うん。まぁ特別な日と言えばそうなるな。今日はね、僕の…僕らの記念日なんだ」
「き、記念日?この会社の…ではなく?」
秘書の女性が怪訝な顔で頭に“?”マークを浮かばせながら社長に質問してきた。その質問に、顔色1つ変えることなく順番に説明してくれた。
「まぁ今日は別にこの会社の創立記念日とではないな。もっと先だし。そうだな…君は私があの人にこの支部を任されてた時から付いてきてくれた私の善き理解者だ。君になら話してもいいだろう」
彼は取り寄せたワインの蓋を手際よく1人で抜いてワイングラスに注ぎながら微笑んだ。そして、昔の事を懐かしむような顔をして話してくれた。
「ざっと十三年前だな。まだ私が一介の社会人で、そして夢にも溢れていた時だ。私はある時、会社を立ち上げる決意をしたんだ。その時に賛同して私の会社に入ってくれた友が2人いたのだったよ。彼らとはなぁ、小学からの付き合いかぁ。男3人で馬鹿やったり夢を語り合ったりしたな。間もなく予定よりも早く資金が集まり自分だけの会社を設立した時には祝杯を上げて喜びを分かち合ったよ。それが丁度四月十三日。今日だった…」
「………おぉぉ」
「まぁ三年もしない内に当時の“HAIGAコーポレーション”の日本支部に買収されて吸収されちゃったけどね。私は当時の前日本支部社長から引き抜きをされてこの会社に入社したんだ」
「えっ!私はてっきり初めからかと…」
「この会社じゃあ良くあることだよ。各地に埋もれている優秀な人材を会社ごと取り込もうって大胆な方法を取ってきてるんだ。私以外にも、EU支部の社長は入社が当時中卒だったと聞いているよ。なんでも…他の優等生とは比較にならない優秀な人材で、会社経営には最適だとか…」
「今では確か、売上実績だけを見たら他支部より飛び抜けて多いですね…あの友人だったお二人はどちらに?」
「あぁ、私は入社を決めたが他の二人はそのまま退社してしまってね。なんでも『私達はやることができたから』と…何やら怖い顔で出ていってしまってね。その時期にね、彼らにはそれぞれ恋人がいたんだ。それはそれはとても幸せそうだったよ、二人で社内で惚気自慢をしあっていさ、相も変わらず独り身の私が彼らの話しを聞いてるってのが毎日の恒例行事だったよ。今も思うけど、何処かにいい出会いがないものか…」
苦笑いしながら彼は言った。それでもその笑顔はなんだが愉快そうだった。そんな彼の顔を見て、秘書は少しだけ顔を赤らめて悶々としていた。
(ど、鈍感社長っ!どうして…ここにはちゃ~んといい出会いが転がってるのにっ!)
そんな言葉を胸の内に押さえ込み彼女は彼の話しに再び耳を傾ける。
「だが、ある“事件”に彼らの恋人は巻き込まれてしまってね…彼女達とは知らない仲ではなかった。彼らの事を良く理解してとても大切に想ってくれていた…善き妻になったであろうに」
「…………」
「しんみりとさせてしまったね。それから彼らの目には光が灯らなくなってね、心配していたんだが私が入社を決意した時に、彼らは私の元へ去ってしまったんだ」
そうして語り終えた後に、彼は少しだけしんみりとしながらワイングラスを傾けて弄んだ。
「だがまだ連絡は取れているし、彼らも今は元気にやってる。新しく出来たやることとやらに熱心だ。そう、私には大企業のヘッドハンティング程度のイベントしか起こらなかったんだ。何も憂うことなんてない。祝っても別に嬉しくない。この祝杯は…捧げる意味がない。三人でないと…」
彼は未だにワインに口を付けずに淡々と話す。
すると何を思ったのか、ワイングラスを机に置き秘書の女性の方へ渡した。
「これは君にあげるよ。私の詰まらない話しを聞いてくれたお礼だ」
「えっ?そ、そんな…私はただ、聞いていただけで…」
「話しを聞いてくれる人がいるだけで十分だ。祝杯はやらなくてもいい。代わりにまた彼らと話したくなったのさ…」
彼の見たこともない爽やかな笑顔を見て、彼女はフッと微笑みながら彼が手渡してくれたワイングラスを持って口を付けた。
「では、僭越ながら…」
そして彼女はスッと飲み干した。
「では私はワイングラスを片付けたら失礼します」
「うん。今日もご苦労様」
彼女はまた微笑み、ワイングラスを手に持って社長室を後にしたのだ。ここに残っているのは彼だけ。彼は椅子に座ってからスマホを取り出した。
(作業中でなければよいが…)
数分の間、振動音がした後に声が掛かった。
『おっ?斉静、斉静じゃねぇかっ!久しぶりぃ~!いや、今は斉静日本支部長か?』
「この声は、九里浜か…あぁ久しぶりだな。私はただの斉静だ。お前達の友…心の友さ」
『そうだったなぁ!それはそれとしてどしたぁ?お前から態々掛けてくると珍しい事もあるもんだなぁ?』
「今日…何の日か、分かるだろ?」
『あったり前っ!我らが記念すべき“斉静製作所”の創立十三年記念だもんな。まぁ、今はないけどさ』
「それを言っちゃお仕舞いだよ。ただ、何となくお前達の声が無性に聞きたくなっただけだ」
『お?かまちょ?それとも…やっぱ大企業の支部長ともなると疲れるもんなのか?』
「そりゃあ…まぁ大変だな。今はEU支部の要請で日本のとある場所を開拓する為のプロジェクトを推進する為の人手が足りなくてな。部外者の力を借りなければならない程だ」
『それはそれは…』
「そうだ。天津のヤツはどうしたんだ?やはり…行方知れずか?」
『度々連絡はあるぜ。顔は…見せてはくれねぇけど、多分元気でやってるだろ』
「奥さんを殺されて、運良く生き残った娘さんは親族に預けてるか。やっぱりまだ…」
『………』
「それで?天津と違って九里浜。お前はどうなんだ?」
『俺は………まだ無理そうだわ。この世界を…………………………………………………呪わずにいられない』
最後にじゃあなと言い残して通話は強制的に終わりを告げた。最後に残ったの何とも言い知れない虚無感が彼の脳裏に残った。
彼ら2人は理不尽な理由で愛する者を失った。
ところ変わって私は1人だ。愛して止まない人間なんて私の中には存在しない。
だから、2人にどう接すればいいか分からない。
そして…私は逃げるように仕事に没頭した。
私は彼らと同じで、ただ目の前のことから逃げ続けている憐れな人間なのだろう。
彼らの悲しみを受け止めればいいのか?
それとも…
彼の名前は斉静 鴻牙。悩める人。
次回から遅れましたが、本編開始です。
1章“辺流是火已斗”扁が始動。