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「私も、この世界のことが全然分かりませんし、3か月はこの国の普通を知るためにかかると思います。そのあと、それまでの生活とその後の生活を比較して悪化しているのか好転しているのか見ていきます。悪化しているっていうなら……」
黒装束が落とした鞭を拾う。
鞭なんてどう振ればいいのか分からないけれど、振り上げて自分の脛に当てた。
「うっ」
狐顔が顔をしかめる。
「分かっております。十分わかっております。聖女様のおっしゃる通り、いたしますので」
泣きそうな顔をしている。
「さ、宰相を別の者に譲ったらどうなるんでしょうか?わ、私も、もうそろそろ年ですし……」
と、豚顔の男は質問してきた。
ずるい男だ。
「さぁ、私にもよくわかりません。宰相に転移という言葉通り、現状の宰相へと転移するのか、私が知っているあなたに転移するのか。私も知りません」
ふぅ。もう嫌だ。
こんなところ居たくない。
「この子を安心できるところ……母親か面倒を見ている人の元へと返してあげてください……ああそうだ……」
赤ちゃんの額に手をかざす。
「祝福を。あなたを害そうとするものがいれば、その傷は害した人間に転移……病に侵されたときは私が変わってあげられればという人間と分かち合うことができるように」
と声に出してみる。
それから心の中で3年と時限を付ける。怪我も病気も人よりしなさすぎても人と違って異端扱いされる可能性もある。それに、突然祝福が切れたために、無謀な行動が命を落とすことにつながってもいけない。
3年でちゃんと日本へと戻ることができるなら、私の祝福が切れることだって考えられるんだから。3歳まで生き延びればあとは死亡率は下がったはずだ。
誰も赤ちゃんを受け取りに近づいてこない。
周りを見て、壁際に控えていた侍女の一人に目を止める。
「お願いね。ああ、あなたにも祝福を。病になったときに、あなたにいじわるした人に病の半分を転移」
「あ、あの、なぜ、私に……」
目にいっぱい涙を浮かべている侍女に笑いかける。
「だって、赤ちゃんのことが心配でないてしまったんでしょう?口に手を当ててしまいそうになって、必死でその手を押さえてたんでしょう?声も出さないように唇もかみしめてたでしょう?指先は真っ白だし、唇は切れてるわ。ありがとう」
この異常な状況で、人として当たり前の感情を見せてくれた。赤ちゃんの身を心配してくれた人がいるのは救いだ。
この世界の人間すべてがおかしいわけじゃないと……。そう教えてくれた。