+
「あなたのせいよ、あなたのせいで……あの子たちは、これから血を抜かれ、毒を盛られるのっ!あんなに太ってしまったから……あんなに太ってしまったから」
え?
血を抜く?毒を盛られる?
「鬼の子は成長するために人の子を食べるのよ……」
鬼の子が、人の子を食べる?
「勇者と聖女と賢者が鬼を退治してくれないから……だから……私たち人間は……。ずっと長い時間をかけて、人間は美味しくないと鬼に教え込むために……。鬼へのいけにえになる子供たちには肉を付けないように……してきた」
な、なんてこと。
「この孤児院にいる子供たちは……」
鬼の餌になる子供たちだと……。
「知らない方がいいと言ったでしょう?」
「ひどいっ!」
「そう。ひどいことをしている……。知っているわ。鬼の子が生まれなければいい、このままこの子たちは大人になってほしいって、毎日毎日祈るような思いで過ごしている私たちの気持ちが分かる?ひどいなんて言われなくたって、私たちは……」
生贄にするために子供たちを育てている……。
「この子たちが、私たち人間を守ってくれているの……。聖女たちの代わりに、こんな小さな子供たちが私たちを守ってくれているのよ」
「どういうことなんですか……?」
聖女の代わり?
飢えて死にそうなまで食事が与えられない子供たちが?生贄にされるために育てられている子供たちが?
「鬼の子は人の子を食らう。無差別に人を襲わないように、この子たちを生贄として差し出すしかない……。そして、生贄になる子は、美味しくてはいけない。骨と皮ばかりでまずい子供を食べればそれ以上人の子を欲しない。もし、人の子が美味しいと知ってしまえば……。鬼の子は人の子を食べようと世界中を荒らしまわる……そう、人と鬼との制約を無視して……。鬼によって人が食い尽くされるまで続けられる……」
ドクンドクンと、心臓が高鳴る。
現実の話?
日本でもいくつか話題になった漫画や映画がある。人が捕食される世界。
鬼は人を食べる?子供が美味しいと知れば子供を襲いに来る
「……まさか、制約には鬼の子に人の子を差し出すなんてこともあったとは……」
白ちゃんがつぶやいた。
「鬼が食べる人は、犯罪者があてがわれているだけじゃなかったのか……」
え?
白ちゃんも鬼が人を食べること、鬼に人を渡していることは知っていたの?
……犯罪者……死刑になるような罪を犯した人……。確か移動させて数か月してから処刑されるようなことを言っていた。
わざわざ移動させたり処刑まで何か月も生かしておくのは税金の無駄だと少し思った記憶が。
……もしかして、それは……。鬼に差し出すまでに食事制限をして、骨と皮ばかりになってから差し出すってことだったの?
「鬼ってなんなの?鬼なんて、倒しちゃえばいいじゃないっ!」
孤児院の子供たちが大人になって働いている。きっと、鬼の子が生まれる周期はそれほど早くないってことだよね。ってことは、鬼ってそんなに数がいないんでしょう?
だったら、皆で力を合わせればやっつけられるんじゃないの?
桃太郎だって、一寸法師だって、鬼をやっつけたんだから……。
◆
「それができないからっ!それができないからっ!」
院長先生は最後に怒りのこもった目を私に向けて部屋を出て行った。
あの怒りの目は私にではない。どうにもならない世の中への怒りだ。
「白ちゃん……聖女の召喚って……鬼を倒してもらうため……なの?」
聞かなかった話。
私の都合なんて無視した強制的な召喚に腹を立てて何も聞かなかった聖女の召喚理由。
「もう何千年も前から、いろいろと鬼を倒すために人々は戦ってきましたが……。人類が滅亡する危機を何度か迎えるだけで、成果が上げられませんでした」
滅亡。
「鬼たちも、人類が滅びてしまえば食べられなくなるということは分かったようで、女子供は食べない。むやみに数を減らすように襲わない、その代わりこちらから定期的に生贄を差し出す……と人と鬼との間に約束を交わしたのがおよそ1000年前のことです。そこまでは、ほとんどの人が知っていることです。まさか、鬼の子に孤児を……そんな約束があったとは僕も知りませんでした……もしかすると、黒魔導士は知っていたかも」
人類を守るために犠牲になっている子供たちがいる。
人類を守るために心を痛めている大人たちがいる。
「それから、もう一つ、皆が知っていること。同じくおよそ1000年前。神の子と言われる者が信託として勇者と聖女と賢者を召喚し鬼を滅ぼすことができると……そして、同時に召喚の方法も神託を受けたと」
神託。
「実際に、召喚することができたため、3人そろえば鬼を滅ぼすことができると、皆信じています。ただ……3人そろうことが叶うことはなく……」
どうしよう、どうしよう。
父さん、父さん……。
鬼なんて怖いし、自分がなんでって思うし、自分の身を犠牲にしてまで誰かのためになんてそんなの……。異世界のことだし、なんで私がって。
知らない、知らない。
院長室を出る。廊下で黒服の女性を見つけて捕まえる。
「特別室って、どこ?」
黒服の女性たち。もしかすると、黒魔導士の系列の人なのかもしれない。
黒服の女性は教えるのをためらう。そりゃそうか。院長先生がトップだとすると、私はその院長先生と敵対しているような立場だ。
「案内を」
白ちゃんが私の後ろから黒服の女性に声をかけると、すぐに案内してくれた。……白ちゃん便利。
「やめてっ!この子たちは私が助けるからっ!」
ナイフで傷つけられ用としているところを済んでのところで止める。
血を抜くと言っていた。注射器で献血のように抜くなんてできないから、傷をつけるということか……。
なんという残酷な。
「どう、助けるというの?」
院長先生の声には、先ほど院長室で見せたような感情がない。
淡々と、機械のようにことを進めようとしている。そうでもしなければ子供たちの前にいるのが辛いのだろう。
「あなた方は、選ばれし子供たち。聖女や勇者や賢者の代わりとして、この世を救う存在です」
子供たちに向けて発せられる言葉。
これからどんなことが待っているか子供たちは知っているのだろうか。




