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「その魔導士よりも、陛下は立場が上で、さらに聖女様の権限の方が強いので、何かあれば命ずることが……」
「うわー、ヨリトぉ、どうしたの、お兄ちゃんと遊びたいの?」
白ちゃんがうっかり口を滑らせて、聖女なんて単語出したので、これ以上うっかりしないように、慌てて口封じ。
よだれまみれのヨリトの手が白ちゃんの顔に届く位置に差し出す。
「だーうー」
ヨリトが嬉しそうに白ちゃんの目に手を伸ばした。
ああ、分かりますよ、ヨリト。白ちゃんの青く澄んだ瞳が、光を受けてキラキラしてて、思わず手を伸ばしたくなるの。
うん、ヨリトは悪くない。キラキラお目目を無防備に向けている白ちゃんが悪い。
白ちゃんはとっさに目をつぶったけれど、瞼の上から突かれても、赤子の手とはいえ、かなり痛い。
「ヨリト君、お兄ちゃんと遊びたいの?」
痛いはずなのに、白ちゃんデレデレだ。うん、かわいいですからね。ヨリトは天使ですからね。
これ以上の詰めた話は、兵に聞かせるわけにはいかない。白ちゃんが白魔導士の格好していれば正体がばれるとか気にしなくてもいいのに……じゃないや。白魔導士が、うっかり私が聖女だよなんてばれるような発言したらそっちこそ問題だ。白魔導士が言っていたんだから間違いないだろうと噂が広がったんじゃ、王都を逃げ出すしかない。
……王都を離れちゃったら、リュートさんと会えなくなっちゃう。
「ヨリト、お兄ちゃんにじゃぁ、遊んでもらう?」
少し兵たちから距離を取る。
ヨリトにいないいないばぁを始めた白ちゃんに、話かける。
「そのまま、ヨリトと遊びながら聞いていてほしいんだけど。孤児院の子供たちのことを知ってる?」
「ええ、孤児院出身者は優秀なものが多いですよ。一から教育しなくても、基本的な読み書き計算以外のマナーや常識作法を身に着けていますので、多くの貴族の屋敷や、文官補佐として働いているはずです。兵となる者もいますが、仕事熱心で評判がいいですよ」
それは、大人になってからの元孤児たちの話だ。
「白ちゃん、今、孤児院にいる子供たちのことを知っている?」
「いいえ、そういえば知りません。白魔導士や黒魔導士が訪ねて行っているといっていましたが、僕が命じられて孤児院を訪れたことはないですし……兄たちから話を聞いたこともないですね。あ、いや、兄とか、えっと、あー」
はい。白装束AかBもしくは両方がお兄さんなんですね。正体ばれちゃいけないとか、白ちゃんには無理なんじゃ……。
「白魔導士長が直接足を運んでいるんでしょうか」
白魔導士長なんているんだ。そりゃそうか。複数の団体組織になれば、責任者的立場の人がおかれるものだもんね。白魔導士が偉い人ってことはさ、白魔導士長ってもっと偉い人だよね。そんな偉い人が孤児院に訪れてるんだ。……あの現状も知ってるってことだよね。知っていても、もっと予算を増やしてあげてくれとかそういうことを言わないなら、冷たい人なのかな。それとも、予算を上げてやっとあの状態ってこと?
◆
白ちゃんが言うには、孤児院出身者の有能さは評価されてるってことだよね。てことは、孤児を養うための場所というよりは、将来有能な人間を教育する学校的な側面もあるわけで。そうであれば、もっと予算を出してもいいような気がするんだけど。
うーん。
……国王の顔を思い出す。
その後ろに立っていた、豚と狐を思い出す。
ああ、あのメンツじゃぁ……「今の予算でも何とかなってるんだから、これ以上出す必要はない。無駄だ」とか言いそうだ。
くぅぅ。想像で腹が立ってきた。
見てなさいっ!予算なんて初期投資さえしちゃえば全然いらないくらい、あの子たちがずっとお腹いっぱい食べられる仕組みを作ってみせるんだからっ!
ぐっとこぶしを握りこむ。
「ふえぇぇ」
ヨリトが泣き出した。白ちゃんが泣きそうな顔をしてこちらを見る。
「泣かせてしまいました!ああ、どうしたらっ」
「うん、そろそろお腹がすいたかな。じゃあ白ちゃん、お昼ご飯を食べたらまたここに集合。次に来るときは、白魔導士の服装してきて」
「え?あ、はい。分かりました」
白ちゃんがきょとんとしている。
決めた。ちょっと強引にことを進める。
マチルダさんのところへ行き、ヨリトのご飯をお願いする。少し見ていてもらう間に、布屋へ飛び込み、適当に布を買い込む。
その布を持って、世話好きのハルヤさんの家に。確かご主人が作る雑貨などを売っている店だと言っていた。
あった。
店には、思った以上に雑多な品が並んでいるが、その多くが金属を加工したものだ。鍋や鉄のクワ。それから見てもよくわからない品もいろいろと並んでいる。
「ハルヤさんにお願いがあるんです」
「おや、ヨリコだったかな。お願いってなんだい?」
「この布と、オムツや、オムツに加工できそうな布を交換してほしいんです」
「おやおや、いくらかはあると思うが、こんなにたくさんの布と交換できるほどは持ってないよ?」
できるだけたくさんの布を買った。布も量が増えれば重たくなるので、できるだけというのは持ち運べるだけのという意味だ。金銭的にはまだ買える余裕はある。
「はい、それで、他の皆さんにも協力していただきたいんです。できるだけたくさんオムツを作りたくて。新しい布で作るより、赤ちゃんのためには柔らかくなった布で作ってあげたいので……」
ハルヤさんが唖然としている。
「いくらオムツは数が必要だからって、さすがにそんなに必要ないだろう?」
「実は……オムツのレンタル屋を始めようと思って……。毎日大量のオムツを洗濯するのが大変なので、……私以外にも大変な思いをしているお母さんたちがたくさんいるので、楽にならないかと……」
孤児院の子供たちのことは伏せて、洗ったおむつと使用済みのオムツの交換するレンタル屋、もしくは洗濯屋の話をハルヤさんに聞かせた。




