表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/79

+

「私たちは……私たちにできることを精一杯しているだけです……」

「はい。わかっています」

「何も分かっていない……何も分かっていない癖に……」

 院長の細い腕が、信じられないくらい強い力で私の背中を押す。

「誰か、追い出してっ」

 院長の叫び声に、部屋に3人の女性が入ってきた。私と同じくらいの年齢の女性は、上から下まで黒い服を着ていた。

 顔にマスクはしていないけれど、その色に黒魔導士を連想する。黒魔導士は……呪いなどの魔術を使う人ではなかった。一瞬体が固まる。

 女性たちは私の腕に手を添え、部屋の退出を促す。

「話だけでも聞いてください」

 声はバタンと閉じられたドアに阻まれた。

「勇者や聖女が……助けてくれないからっ」

 何かをたたきつけるような音と、院長の声が部屋から聞こえた。

 勇者や聖女が助けてくれない?

 孤児たちを?

 だって、今、私が助けようとしている手を拒んだじゃない。話すら聞いてくれなかったのに。

 なぜ、私の話は聞いてくれないのに、勇者や聖女には助けを求めようというの?

 意味が分からない……。

「もう、来ないでください。来ても通すなと言われましたので」

 門の外に出ると、黒い服の女性の一人が私に告げる。

「待って、話を聞いて、院長に伝えてほしいの、それくらいいいでしょう?」

 背を向けた黒い服の女性は、そのまま去っていった。

 ど、どうしよう。

 せっかくいいアイデアだと思ったのに。

 話も聞いてもらえなかった。


 王都へと続く壁の扉をくぐる。

 そうだ。この兵たちは孤児院出身だと言っていた。

「院長に話したいことがあるんだけれど、話も聞いてもらえなかったの。あなたたちから話をしてもらうことはできる?」

 兵が首を横に振った。

「出身者が孤児院に足を運ぶのは禁止されてるんです」

「え?なぜ?」

 兵の答えは、こうだった。一緒に育ってきた仲間である子供たちに愛情があるがゆえに、会えばお菓子の一つでも持って行ってあげたくなる。それはよくないからと。愛情があればあるほど、何かしてあげたくなる……だから、顔を見るのは禁止にした。その代わりに、あの子たちが大人に……15歳で成人を迎えた時には、街の生活になじめるように手を貸してあげることになっている……と。

 そこまで食べ物を与えることを排除しているのか。

 なぜ、そこまでしないといけないのか……。過去に、もう一度美味しい物が食べたいと、街で盗みを働くようになった子でもいるのだろうか。それとも、他の子の食べ物に手を伸ばす子……力関係を利用して他の子の食べ物を奪う子でもいたのだろうか。

 ……ないのが当たり前の状態……例えばスマホとか、存在しなかった時代には、なくても平気だったのが、スマホが当たり前になると、スマホが手元にないと不安になる人間はいる。知ってしまうともとに戻れなくなるというのも分かるけれど……。

 成長期なのだ。子供は……。体だけじゃない。食べ物は、心も頭も作るというのに……。

 困ったなぁ。何度足を運んでも門前払いで、話を聞いてもらえない感じだった。

 誰かに代わりに伝えてもらおうにも……。孤児院出身者に頼むこともできないのか。

 ふと視線を感じて顔を上げると、きゅっと、リスのような動きで建物の影に引っ込む人の姿が。

 白ちゃんだ。

「おーい、白ちゃんっ!」

 手をぶんぶんと振って白ちゃんに駆け寄る。

 ……と、待てよ。昨日はリュートさんが、白ちゃんにナンパ男という汚名を着せていたけど……。

 これ、もしかしなくても……。

 リュートさんという旦那がいない間に、イケメンに声をかける不貞の女だとか……私に入らぬ汚名が着せられる案件なんじゃなかろうか?

 まずい。非常に、それはまずい。

 白ちゃんには常に女性の視線が集まっている。

 女性は噂好きだ。

 しかも、私って、黒目黒髪で、覚えられやすい容姿をしている。ほら、私をちらちら見ている人もいっぱいいる。

 白ちゃんをとっつ構えて、兵たちのところへ戻る。

 二人きりはあかん。

 これで、私と白ちゃんと兵が2人の4人だ。

「白ちゃん、白魔導士って、偉い人なんだよね?孤児院の院長に話があるんだけど、話を聞いてくれなくて、白魔導士なら何とかなる?」

 白ちゃんがぎくりと体をこわばらせた。

 あ、正体は秘密だったね。

 えーっと。

「も、もし白魔導士様ならなんとかなるなら、白魔導士様に手紙を書いてみようかな……と。えーっと、ほ、ほら、私、日本人街出身だから、あーっと、珍しい人間の頼みなら、ちょっとは聞いてくださるかも……ね?」

 あははは。苦しい言い訳。

 白魔導士様と面識はないけど、私の話なら聞いてくれると思うのって、ずいぶん、なんか、自己評価が高い女になってしまった。

 痛い女だよね……。

「そ、そうですね、日本人街の方々は、元勇者様や、元聖女様や、元賢者さまのご子孫にあたる方も多くいらっしゃいますし、白魔導士様もむげにはできないと、思います」

 白ちゃんも話を合わせてくれる。ごめん、いつもなんか唐突に頼み事ばっかり。

 お礼に、また美味しいコーヒーごちそうするから。まぁ、コーヒーがこの世界にあればだけど……。ないかな。日本人街には何があるんだろう。どの時代の人たちが作ったんだろう。「日本人」と言っていることから、『大日本帝国』よりも後の人間がいることは確かだよね。

 味噌や醤油はあるかもしれない。コーヒーはどうかなぁ。豆さえあれば誰かが焙煎して飲むことくらいやってそうだけど。

「時々白魔導士様や黒魔導士様が訪ねてきていたので、院長先生も話を聞いてくれると思うよ」

 兵が口を開く。

「権限はどちらが上になるのかな?」

 すかさず別の質問をぶつける。白ちゃんがその白魔導士だとは思われてないようだ。

「孤児院は国の運営ですから、魔導士の方が立場は上でしょうね」

 と、白ちゃんがさらりと答えた。

 えーっと、魔導士って、そんなに上の立場なの?国の中でも、どっちが立場が上かなって迷わず即答できるくらい上?

 白ちゃんが私を見てにこりと笑う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 頼子の能力がいい意味で意外で、先がワクワクです。一気に読んじゃう。わるーい王様にすっげえたんか切った頼子姐さんが、赤ちゃん育てるのにリュートさんはじめ街の人たちとわちゃわちゃしつつ、助けあ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ