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「私たちは……私たちにできることを精一杯しているだけです……」
「はい。わかっています」
「何も分かっていない……何も分かっていない癖に……」
院長の細い腕が、信じられないくらい強い力で私の背中を押す。
「誰か、追い出してっ」
院長の叫び声に、部屋に3人の女性が入ってきた。私と同じくらいの年齢の女性は、上から下まで黒い服を着ていた。
顔にマスクはしていないけれど、その色に黒魔導士を連想する。黒魔導士は……呪いなどの魔術を使う人ではなかった。一瞬体が固まる。
女性たちは私の腕に手を添え、部屋の退出を促す。
「話だけでも聞いてください」
声はバタンと閉じられたドアに阻まれた。
「勇者や聖女が……助けてくれないからっ」
何かをたたきつけるような音と、院長の声が部屋から聞こえた。
勇者や聖女が助けてくれない?
孤児たちを?
だって、今、私が助けようとしている手を拒んだじゃない。話すら聞いてくれなかったのに。
なぜ、私の話は聞いてくれないのに、勇者や聖女には助けを求めようというの?
意味が分からない……。
「もう、来ないでください。来ても通すなと言われましたので」
門の外に出ると、黒い服の女性の一人が私に告げる。
「待って、話を聞いて、院長に伝えてほしいの、それくらいいいでしょう?」
背を向けた黒い服の女性は、そのまま去っていった。
ど、どうしよう。
せっかくいいアイデアだと思ったのに。
話も聞いてもらえなかった。
王都へと続く壁の扉をくぐる。
そうだ。この兵たちは孤児院出身だと言っていた。
「院長に話したいことがあるんだけれど、話も聞いてもらえなかったの。あなたたちから話をしてもらうことはできる?」
兵が首を横に振った。
「出身者が孤児院に足を運ぶのは禁止されてるんです」
「え?なぜ?」
兵の答えは、こうだった。一緒に育ってきた仲間である子供たちに愛情があるがゆえに、会えばお菓子の一つでも持って行ってあげたくなる。それはよくないからと。愛情があればあるほど、何かしてあげたくなる……だから、顔を見るのは禁止にした。その代わりに、あの子たちが大人に……15歳で成人を迎えた時には、街の生活になじめるように手を貸してあげることになっている……と。
そこまで食べ物を与えることを排除しているのか。
なぜ、そこまでしないといけないのか……。過去に、もう一度美味しい物が食べたいと、街で盗みを働くようになった子でもいるのだろうか。それとも、他の子の食べ物に手を伸ばす子……力関係を利用して他の子の食べ物を奪う子でもいたのだろうか。
……ないのが当たり前の状態……例えばスマホとか、存在しなかった時代には、なくても平気だったのが、スマホが当たり前になると、スマホが手元にないと不安になる人間はいる。知ってしまうともとに戻れなくなるというのも分かるけれど……。
◆
成長期なのだ。子供は……。体だけじゃない。食べ物は、心も頭も作るというのに……。
困ったなぁ。何度足を運んでも門前払いで、話を聞いてもらえない感じだった。
誰かに代わりに伝えてもらおうにも……。孤児院出身者に頼むこともできないのか。
ふと視線を感じて顔を上げると、きゅっと、リスのような動きで建物の影に引っ込む人の姿が。
白ちゃんだ。
「おーい、白ちゃんっ!」
手をぶんぶんと振って白ちゃんに駆け寄る。
……と、待てよ。昨日はリュートさんが、白ちゃんにナンパ男という汚名を着せていたけど……。
これ、もしかしなくても……。
リュートさんという旦那がいない間に、イケメンに声をかける不貞の女だとか……私に入らぬ汚名が着せられる案件なんじゃなかろうか?
まずい。非常に、それはまずい。
白ちゃんには常に女性の視線が集まっている。
女性は噂好きだ。
しかも、私って、黒目黒髪で、覚えられやすい容姿をしている。ほら、私をちらちら見ている人もいっぱいいる。
白ちゃんをとっつ構えて、兵たちのところへ戻る。
二人きりはあかん。
これで、私と白ちゃんと兵が2人の4人だ。
「白ちゃん、白魔導士って、偉い人なんだよね?孤児院の院長に話があるんだけど、話を聞いてくれなくて、白魔導士なら何とかなる?」
白ちゃんがぎくりと体をこわばらせた。
あ、正体は秘密だったね。
えーっと。
「も、もし白魔導士様ならなんとかなるなら、白魔導士様に手紙を書いてみようかな……と。えーっと、ほ、ほら、私、日本人街出身だから、あーっと、珍しい人間の頼みなら、ちょっとは聞いてくださるかも……ね?」
あははは。苦しい言い訳。
白魔導士様と面識はないけど、私の話なら聞いてくれると思うのって、ずいぶん、なんか、自己評価が高い女になってしまった。
痛い女だよね……。
「そ、そうですね、日本人街の方々は、元勇者様や、元聖女様や、元賢者さまのご子孫にあたる方も多くいらっしゃいますし、白魔導士様もむげにはできないと、思います」
白ちゃんも話を合わせてくれる。ごめん、いつもなんか唐突に頼み事ばっかり。
お礼に、また美味しいコーヒーごちそうするから。まぁ、コーヒーがこの世界にあればだけど……。ないかな。日本人街には何があるんだろう。どの時代の人たちが作ったんだろう。「日本人」と言っていることから、『大日本帝国』よりも後の人間がいることは確かだよね。
味噌や醤油はあるかもしれない。コーヒーはどうかなぁ。豆さえあれば誰かが焙煎して飲むことくらいやってそうだけど。
「時々白魔導士様や黒魔導士様が訪ねてきていたので、院長先生も話を聞いてくれると思うよ」
兵が口を開く。
「権限はどちらが上になるのかな?」
すかさず別の質問をぶつける。白ちゃんがその白魔導士だとは思われてないようだ。
「孤児院は国の運営ですから、魔導士の方が立場は上でしょうね」
と、白ちゃんがさらりと答えた。
えーっと、魔導士って、そんなに上の立場なの?国の中でも、どっちが立場が上かなって迷わず即答できるくらい上?
白ちゃんが私を見てにこりと笑う。




