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「そうだな、夜なら洗濯場には誰もいないだろうし」
と、桶を持って部屋を出て行こうとする。
「違う、違うんです、そうじゃなくて、いえ、気持ちはありがとうございます」
夜中にオムツを洗いに行けなんてタイプに見えます?私……。ああ、でも、背に腹は代えられなくて夜中にオムツを洗う人はいるかもしれない。
うん、きっと、それくらい布おむつは大変だし、家で洗えないのも大変だし……。
「オムツ屋を、孤児院でオムツ屋を始めたらどうでしょうか!」
リュートさんが首をかしげる。
「オムツは手縫いですが、特別な技術がいるような縫い方をしていませんし、きっとマナーや文字を教えるように裁縫も教えてると思うんです。だったら、オムツを縫ってもらったらどうでしょう」
リュートさんがウンと頷く。
「それはいいかもしれない。だが、それほどの需要が……あるとは思えない」
そうですよね。紙おむつのように使い捨てじゃないし、お古を使いまわすんだから。それに材料の布が高いんだから、オムツだって安くは出来上がらない。それほど売れるものじゃないだろう。
初めの材料になる布は、初期投資。オムツは売り物にするんじゃない。
「オムツのレンタル屋……いえ、洗濯屋をやったらどうでしょうか。使い終わったおむつと、洗濯をしたおむつを交換するんです。そうですね、10枚で銅貨1枚くらいの値段なら利用しませんか?1日に30枚おむつがいるとして銅貨3枚。自分で洗える分は洗えばいいんです。でも、急に必要になったとき……たとえば、雨が続いて乾かないとか、体調が悪くて洗えなかったとか……産後の肥立ちが思わしくない人もいるでしょうし……。洗濯する時間が節約できれば、宿屋食堂を手伝う時間ができるかもしれない。
本当はクリーニング屋ができれば一番いいんだけれど、服が高価な世界だけに、何かあったときの責任の所在……言いがかりをつけられるなどの問題が起きても困る。その点、オムツのレンタルなら……。10枚と10枚を交換し、レンタル代金としてもらえば、レンタルしたおむつが帰ってこなくても、もともと10枚ずつで交換しているから問題はない。
30枚……。10枚で銅貨1枚。30枚で銅貨3枚。お客さんが30人集まれば……1日銅貨90枚。パンが1個銅貨1枚前後だ。100人の子供たちが、毎日パン1つ多く食べられるなら……いいや、3日1日でももう少し食べられるなら。
赤ちゃんは毎年生まれるんだ。需要が途切れることもないだろうし、むしろ評判になって客が増える可能性だってある。
「なるほど。川も近い。働き手もある……洗濯であれば、10歳の子でもできるだろう」
リュートさんが明るい表情を見せる。
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「だけど、水汲みは重労働かな……そうだ、水車でもあれば。川なら、水車で」
「よく川の水があふれると言っていたぞ、すぐに壊れてしまうのではないか?」
リュートさんの表情が再び曇った。
「そんな何メートルもあるような大きな水車じゃなくて、直径1mくらいの、移動させて設置できるものならどうでしょう。使う時だけ水につけて、使い終わったら片付けるんです」
私の頭の中に思い浮かんだのは、子供がお風呂やビニールプールで遊んでいた水車のような形のおもちゃだ。
水を上からかけると、くるくると回るもの。
水流で水を上に上げて落とす。一度に落ちる水の量はコップ1杯分だってかまわない。それが絶え間なく落ち続けるのだ。竹筒のようなもので落ちる水を受けてその先の水ガメにためるようにする。ああ、水ガメにためるんじゃなくて、たらいに次々に注ぎ込むのでもいい。
くるくる回るたびにコップ1杯の水が流れるなら、10分もあればたらいはいっぱいになるんじゃないだろうか。2秒に200mlの水が汲まれるなら、1分で6リットルになる。タライ1つは20リットルから30リットルサイズだろうか。だとすれば5分くらいでいっぱいになる。十分じゃないかな。
身振り手振りでリュートさんに伝える。
「持ち運べる小型の水車か……。木製なら浮いてしまうな。水の流れに対してどの角度で設置するのか、水を受ける筒にしても角度、設置方法……」
ああ、頭の中に浮かんだものは、確かに机上の空論じゃないけれど、できそうだなー程度のことだ。実際に作れるのかどうか。水の流れにどれくらい耐えられるのか。水車は木製の場合、釘を使わないと聞いたことがある。釘は水でさびて弱ってしまうからだそうだ。木を削ってはめ込んで作るからむつかしいとか……。子供のおもちゃはプラスチック製だった。プラスチックがあるわけもない。
リュートさんが小さく頷いた。
「頼子……しばらく、ヨリトのことを頼んでもいいか?」
え?
「これ、当面の生活費だ」
リュートさんが結構な重さのある巾着袋を私の手に握らせた。
「と、当面の生活費って、私」
お金は持ってるし、なんか養ってもらう理由なんてなくて。そんな、夫婦みたいなやり取りおかしいと言おうとしたんだけど、その前にリュートさんが口を開いた。
「ヨリトの、生活費だ」
はい、すいません。勘違いですね。嫁扱いされたわけではないです。
「もちろん、ヨリトを面倒見てくれる頼子の生活費でもある」
「私は自分のお金があります、それに、これ……こんなに……」
巾着の袋の口から中が少し見えてる。ほとんど銅貨はない。金貨と銀貨ばかりのようだ。いまいち、この世界の金銭感覚にまだ慣れてない私にも、それが大金だということはすぐに分かった。




