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あの子たちの姿が忘れられない。……あの子たちは、病気になったらどうなるの?熱が出たら……。体力がなくて、助かるはずの病気でも、命を落としてしまわない?
やだ。
怖い。
「頼子、何がそんなに怖いんだ?」
リュートさんが心配そうに私の顔を覗き込む。
「わ、私……」
あの子たちが死んでいくのが怖い……。
何かしてあげられることがあったんじゃないかってずっと心に重しを抱えて生きていくのが怖い。
ああ、父さん……。
ボロボロと涙が落ちる。
そうか……。
父さんは……。父さんも怖かったのかもしれない。
あの時、診てあげれば助かったかもしれないと後悔することが……。
無理をしたのは、何も無理をさせられたんじゃなくて、父さんがそうしたかっただけ……。
もしかしたら、私の知らない過去に……何度か辛い思いをしていたのかもしれない。
助けられたかもしれないのに――と。
何も父さんのせいじゃない。他にも病院はあるし……もともと助からない命だったかもしれない。
あの子たちだって、孤児院は無責任なことはしていない。
きっと、あれが最善の方法なのだろう。そういう方法で子供たちを救ってきたのだろう。だけど、でも、それでも……。
「自分のわがままなのかな……あの子たちを助けたい。ううん、私の気持ちは助けるどころか余計なお世話なのかもしれない……。ずっとかかわれない癖に、目の前にいるときだけちょっと助けたからって、助けたことになんてならないってわかってるのに……」
院長先生の言う通りなのだろう。孤児院出身という兵の言う通りなのだろう。
一度お腹を満たすことを覚えると、飢えがより苦しくなる……。だけど、でも、やっぱり……。
「俺も、考えていた……」
リュートさんの言葉に顔を上げれば、リュートさんも辛そうな顔をしていた。
「弓と剣の鍛錬をしていると言っていただろう?だったら、森に入って獲物を取ることができないか……と。そうすれば、もっと食べられるんじゃないかって。お金がなくても肉が食べられる。いや、むしろその獲物を売ればお金が得られる。得たお金で……」
ああ、リュートさん……!
私が辛い辛いと思っている間に、リュートさんはどうしたら助けられるかと考えていたんだ。
「ありがとうリュートさん」
涙が止まる。そうだ。考えよう。何かいい考えが思い浮かぶかもしれない。
一時的にお金を渡すのではない。同じお金を使うのであれば、永続的にお金が孤児院に入るようなことに使うべきなんだ。
弓や剣が必要ならそれらをそろえるお金を。罠を仕掛けて捕まえるなら罠を。川があったのだ。川で魚は獲れないだろうか。獲れるならば釣り道具に、網……。
「いいや……」
リュートさんが首を横に振る。
◆
「あの子たちには無理かもしれない。森があるのは王都の向こう側だ。歩いて森に向かうだけでも2時間はかかるかもしれない」
2時間?往復で4時間。森の中に何時間くらいいれば獲物が取れるのか……。
「子供たちの足では……」
「川を渡れるようにすれば……!」
確か川の向こうも森だった。
お金を橋に投資すれば……。
リュートさんが首を横に振る。
「王都がこの位置に配置されているのは、川が防衛になっているからだと思う。橋を作ることは難しいと思う」
防衛……。そうなんだ。橋を架けて向こう側に行けるようになるというのは、向こう側からも来るということなんだ。
「ふぇっ、ふえっ、ああーん」
「ああ、ヨリト、よしよし」
ヨリトが起きた。おむつが濡れている。
「今変えてあげるからねぇ……」
おむつを見ると、もう残りは6枚だ。1回に2枚重ねて使っているので、あと2回分。
もらったものだけじゃ足りないようだ。作らないと。朝洗って干した分は、途中で雨が降ってきてしまったため乾いていない。
アイロンをかけて乾かして使えばいいらしいけれど、アイロンをかけて乾かすのも時間がかかる。雨の日が続いたら部屋の中に干していてもなかなか乾かないだろうなぁ。
雨の日が続くことも考えるとどれくらい予備があればいいんだろうか。とりあえず布を買ってきて作らないと。布は……新しいものより古いものの方がいいんだよね。柔らかくなってるから。かといって、古着をおむつにするのは、和服ならば解けば四角の布になるけれど、洋服は取れる枚数が少なくなるよなぁ。誰かのお古のおむつ……。
「……そう、だよね……」
助けたいとか、怖いとか、そんなこと思って泣いてたくせに。こうして目の前のことこなしているだけで必死で……。きっと少しずつ気持ちもあの子たちから離れて行ってしまうんだ。
王都の人たちが冷たいわけじゃない……。
そして、私だって……私が人でなしになるわけじゃ……。
だけど、でも……それでも……。
何もできないかもしれないけれど、何もしようとしなければ……考えることすら放棄したら、父さんに顔向けできないよね。
オムツ縫いながら考えよう。手を動かしながら考えればいい。
ん?
あれ?
「あ!リュートさん、オムツ!」
「え?あ、はい」
突然大きな声を出した私に、リュートさんが慌てておむつを手渡してくれた。
「違う、そうじゃなくてっ!」
「ごめん、間違った?あー、分かった、俺が替えるよ。気が付かなくてごめん」
リュートさんが慌てて立ち上がった。
「あ、そうか、リュートさんに替えてもらうこともできたんでした。いえ、そうじゃなくて、オムツの洗濯って大変だと思いませんか?」
「ああ」
と、水を張った桶に入れた使用済みおむつをリュートさんが見た。




