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 教会に併設されて、寄付が集まらないかとボロボロになった建物……と、物語で書かれることが多い孤児院とは全然違う。

 要塞のような立派な建物が建っていた。いや、実際は過去に要塞として使われたことがあるのかもしれない。

 小学校の校舎のような大きな2階建ての建物。その周りを塀が覆い、運動場のような場所もある。訓練所だったのか、馬小屋のような建物もある。

 ほんと数十メートル先には川が流れていた。人の姿は、どこにも見えない。

 門にある紐を引っ張ると、奥で鈴の音が鳴っているのが聞こえる。呼び鈴替わりなのだろう。

 建物から、10歳前後の……いいえ、もしかすると、10歳よりもずっと大きな子供かもしれない。

 とても、年齢がわからないような子供が一人出てきた。

「どのような、ご用件でしょうか」

 口調はしっかりしている。

「院長先生……えーっと、偉い人にお話があるんですが」

 子供がちらりと私の腕の中で眠っているヨリトを見て、門の閂を抜いて私たちを通す。

「こちらです」

 子供の後について建物の中に足を踏み入れる。

 廊下を歩いていた別の子供が壁により、お辞儀をする。

 ずいぶん行儀が良いこともたちだ。まるで、お城の侍女たちのようだ。

 だけれど……。私はとても子供たちを直視することができなかった。

 やせ細った体。今にも折れそうな手足。

 服で隠れてはいるけれども、きっと服の下ではアバラが浮いて、お腹だけがぽっこりと出た体をしているに違いない。

 目が落ちくぼんで、ホホの骨が浮き出て……。何とか生きているような状態にしか見えない。

 見るのが辛いほどの姿をしている。

 案内された院長室には、50歳前後の小柄の女性が座っていた。

「預かりましょう、お名前は?」

 女性は感情の消えたような口調でヨリトに手を伸ばした。

「あの、あの子たちはなぜあんなにも痩せているのですか?」

 しっかりした建物。建物の中は清潔に保たれている。決して荒れている印象はない。子供たちの着ている服もつくろった跡があり使い古した感じはあったけれども、洗濯もされていてきれいだった。

 ないがしろにされているようには見えなかった。

 けれど……。どう見ても十分に食べさせてもらっていないようにしか見えない。

 院長は、私の目も見ずに淡々と答える。

「食料を買うお金がありません」

 院長の言葉に、反射的に手がポケットに延びた。

「お金なら、私、寄付を」

 院長が顔を上げ、初めて感情の乗った声を出した。

「余計なことをしないでください」

「余計なこと?私は、子供たちにもっと食べてほしいだけで……なぜ余計なことなんですかっ!」

 お金がなくて十分に食べさせられないなら、お金があれば食べさせられるんでしょう?

「王都や周辺から集まった孤児たちが、100名近くいます。100名が毎日お腹いっぱい食べるのにどれだけの寄付が必要でしょう」

 100名も?

 1日300円プラスしたとして100名だと3万円。1か月で100万円近く……?

「あの子たちはこの状態に慣れています。もし、一度でもお腹いっぱいに食べてしまえば……おいしいものを知ってしまえば、それを失ったとき、もとに戻るだけですが、苦しみます。お腹いっぱいになりたいと、そのことだけで頭がいっぱいになってしまうでしょう。あなたは、あの子たちにこれ以上苦しめというのですか?」

 院長の言葉に歯ぎしりをする。

 院長に腹を立てたのではない。同情心で、いいことをしたつもりで、相手を苦しめるなんて想像もしなかった自分に腹が立った。

 そうだ。私が出そうとしたポケットの中のお金なんて、1週間の食費にもならないだろう。

 100円のパンで満足できていたものが、1000円のパンを知ってしまったとたんに100円のパンに不満を持つようになる……そんなことは日本だってある。教えてしまうこともまた罪だなんて……思いもしなかった。お腹いっぱい食べさせることの罪……。

「お、お金を、ずっとお金があればいいんですか?」

 王様に言えば、孤児院に予算を付けてもらえるかもしれない。

 院長は首を横に振った。

「私たちは、あの子たちに十分与えています」

「嘘です、だって、あんなにみんな痩せて……」

「大人になって、ここを出て行ったときにお腹いっぱい食べられる生活ができるだけのものを与えています」

 ここを出てから?

「文字の読み書き、計算、言葉遣い、身のこなし方、剣術、弓矢……どこのお屋敷に努めても恥ずかしくないだけのものを与えています」

 ポロリと、涙が落ちた。

 そうだ。

 知識は減らない。知識はなくならない。

 大人になったときに役に立つ。

 恥ずかしい。お金で何でも解決できるだなんて思った自分が。

「お金があるなら、育てなさい」

 院長はそういうと、ヨリトに伸ばしていた手を下ろしドアを開いた。

 出て行けということだろう。

 私とリュートさんは、黙って部屋を出た。

 案内してくれた子が、ドアの外で待っていて、今度は出口へと案内してくれた。

 廊下ですれ違う子たちはみな礼儀正しく、そして痩せていた。

 

「ヨリト……どうしよう」

 王都を取り囲む壁。王都へと入るドアの前で立ち止まる。

 リュートさんが私の正面に立った。

「育てよう、二人で」

 その目は真剣だ。

「リュートさん?」

 リュートさんが片膝をついて座った。

 下から私の顔を見上げる。

「出会って2日目で、何を言っているんだ頭のおかしな男だと思われるかもしれないし……冴えないおっさんだが……結婚してほしい」

 右手が差し出された。

 リュートさんの大きな手の平。この手に、自分の手を重ねれば思いを受け止めたことになるのだろうか……。

「わ、私……」

 ドキドキと心臓は高鳴っている。


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