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「ヨリコさんも使いますか?」
「だーだ!」
予備のマスクも持ち歩いているようだ。白ちゃんがもう一つマスクを取り出した。それに手を伸ばすヨリト。
かみかみかみ。
そうなるよね。
……というか、もしかして……凶悪犯をヨリトに見せるなんてダメなんじゃない?
「白ちゃん、ちょっとヨリトをお願い。私一人で見てくるっ!」
白ちゃんのマスクをはぎとり頭からかぶり、地下へと続く階段を下りていく。ひんやりとしていて、地上よりも2度ほど気温が低い。
そして、臭い。
石造りの地下牢。通気も悪いし、犯罪者……それも人殺しのような凶悪犯罪を犯した人間への待遇がいいわけがないし、つかまった人間たちも素直におとなしくしているわけもない。蝋燭の明かり。薄暗い地下牢。鉄格子の向こうに見える人の顔を覚えていく。
どれだけの罪のない人間をその手にかけたのだろうか……。
牢屋にいたのは6人。男ばかりだ。
「女だ、女だぞ、こっち来いよっ!かわいがってやる」
牢から手が伸びる。
つかまってもなお、反省はないのだろうか。
「出せ、俺が何をしたってんだ!ちょっと2、3人の首をはねてやっただけだろう!くそっ、あいつらが悪いんだ、俺に金を貸さないからっ」
……。
なんだか、気分が悪くなってきた。
自分勝手でしたことへの反省もない。危ない危ない。こんな人たちの声をヨリトに聞かせるところだった。
「大丈夫ですか?顔色が悪い」
地上に戻り、マスクを取って白ちゃんに返す。
「大丈夫です。白ちゃん、連れてきてくれてありがとう。さっさと出ましょう……」
建物の外に出ると、ヨリトの手を取って白ちゃんに向かってバイバイ。
「あーいー」
バイバイするヨリトを名残惜しそうに見つめる白ちゃん。
「誰だ、今の男」
へ?
「うわっ」
振り返って目に飛び込んできたのは、3mはあろうかという巨大な熊。
熊っ!を、背負ったリュートさんだ。
「ああ、すまん。驚かせた」
「ふえっ、ふえっ、あーーーー」
あ、ヨリトが泣き出した。
「よしよし、怖いね、大丈夫、よしよし」
「す、すまん、ヨリト、あーっと、ちょっとこれ、売ってくる」
3mはあろうかという巨大な熊。重さ……何百キロあるんだろう。それを軽々と背負ってヨリトさんは買い取ってもらえる場所へと運んで行った。
買い取ってくれる場所って、どこ?肉屋?それともゲームっぽくギルドみたいなのがあるのかな?
「じゃぁ、行こうか」
リュートさんは10分ほどで戻ってきた。
「行くって?」
どこへと言おうとして、リュートさんが北に視線を向けたことに気が付いた。
王都の北。壁の外。
孤児院のある方向だ。リュートさんも誰かに孤児院のある場所を聞いたのかもしれない。
「そう……ね……」
ヨリトっ。
もう、すぐ……お別れなんだ。
腕の中の温かく柔らかいこの感触。
ヨリト、ううん。本当の名前は何かわからないけど……。
◆
「もしかすると、両親が捨てたことを後悔して……孤児院に探しに行っているかもしれないし……」
リュートさんがぼそりとつぶやいた。
「そうだね……」
そうならいい。
黙って、北へと足を進める。
「だーだ、だー」
何もわからないヨリトだけが無邪気に声を上げる。
黙っていると、辛くて、涙がこぼれそうになる。
「なぁ、ヨリコ、さっきのあの……いい男誰だ?」
いい男?白ちゃんのことかな?
私の中でのいい男ランキングでは、リュークさんのが上なんだけど。容姿だけランキングなら、まぁ白ちゃんのが上かもしれないけど。トータルは圧倒的にリュークさんです。言わないけど。
「えーっと」
白魔導士は正体を隠している存在らしいから、言うわけにはいかない。
なんと説明すればいいのか。
「ヨリトがかわいいねって……その」
嘘じゃない。白ちゃんは、ヨリトにでれてたもの。
「子供をだしにしたナンパかっ」
ナンパ?
リュートさんが怒っている。
いやいや、声かけたのむしろ私の方だし。冷静に考えて、白ちゃんはナンパするようなタイプじゃないし。
それでもって……私、自慢じゃないけど道を聞かれることはあっても、ナンパされることがないタイプです。
……そもそも、子持ちナンパなんて普通しないんじゃない?
「いえ、違うと思う……」
「まさか、わかってない?日本街の女性ってめちゃくちゃ人気あるんだ」
へ?日本街の女性は人気?大和なでしこイメージがあるとか?いやいや、ないない。別に誰かの視線を強烈に感じるようなこともないし。
なんと答えたらいいのか分からず、へらっと笑ってごまかす。
いや、とりあえず、白ちゃんにはナンパ男の疑いがかかってしまったけれど、なんか誤魔化せたようなのでよしとしましょう。
「俺は、頼子が日本街出身だから好きなわけじゃないから」
ん?
リュートさん、今、何て言いました?
王都の最北端。街を覆う壁に、人が一人やっと通れるくらいの小さな扉がついている。
扉の前には兵が二人立っていた。自由に行き来ができない?と、一瞬身構えたものの、兵の一人がさっと扉を開いて通してくれた。
門をくぐる時に、兵に睨み付けられた。
憎悪のこもった目がこちらに向いている。
何も言いはしないけれど、ヨリトを孤児院へ連れて行くことを責められているような気がした。
でも、仕方がないでしょう。私の子じゃないんだし。
仕方がないでしょう、私はずっといっしょにいていられないんだし。
仕方ないでしょう、こうするしかないんだから!
仕方が、ない……。
「頼子、ついたぞ」
10分ほど歩いた場所に、孤児院はあった。




