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「わ、私、床でも大丈夫だからっ!」

「ぷっ。頼子、お前本当にいいのか?こんなおっさんが一緒でも?頼子がいいっていうなら、俺の方こそ野宿も慣れてる。風雨がしのげる分快適だぞ。湿った土の上より極楽だ」

 リュートさんが笑った。

「お、おっさんとか、全然思ってないですというか、私、日本の血が流れているからちょっと若く見えるかもしれませんが、おばさんですっ!おばさんからすれば、リュートさんはおじさんじゃなくて、男性です」

「え?あの、頼子、言っている意味わかってる?」

 え?

 う、あ……。

「あーっ、違うんです、おじさんじゃなくて男の人として見てるみたいな、意味じゃなくて、恋愛対象ですと宣言したわけでもなくて、そういうことを望んでいて誘っているわけでもなくて、あの、その……」

 誤解されないように必死に言葉を探すけど、探せば探すほど。

「あー、わかってる。俺みたいな冴えないおっさん……いや、冴えない男が、頼子みたいな素敵な女性にもてるとうぬぼれることはないから」

 ぽんっと、大きな手が私の頭の上に載った。

 な、なに言ってるんですか、全然冴えなくないですっ。と、もうこれ以上何かを言うと、さらに誤解が深まりそうでぐっと言葉を飲み込む。

 心臓はドキドキ言ってる。

 違うんだ。誤解が深まるのが怖くてじゃなくて、本心を知られるのが恥ずかしいから。リュートさんにちょっと引かれ始めてます。だって、やっぱりさ……いい男の条件なんて、どれだけ子育てに協力的かどうかじゃない?ちがう?顔とか収入とかそういう基準で選んで失敗した人、いっぱい見てきたよ?

 だけど、だからって、リュートさんとどうこうなろうなんてこれっぽっちも思っていない。

 だって、私は日本に帰る(私の中では決定事項!)から。リュートさんだけじゃなくて、誰ともどうこうなるつもりはない。そう考えると、ひとところにとどまって家を構えるよりあっちにふらふらこっちにふらふら生活して、誰かとのかかわりを深くしない方がいいのかもしれない。別れが辛くなるから。日本に帰りたいって気持ちが薄れてしまうかもしれないから。

 もしかして、賢者が山にこもっているのもそういう理由?あれ?こもっているのは山だっけ、森だっけ?50年もずっと日本に帰りたいと思い続けているのだろうか……。もし、命がけで3年、国が動いて帰り方が見つからなかったら……。あきらめたほうがいいのかもしれない。賢者って賢い人だよね。賢者すら何十年もかけて見つからない帰還方法。いや、何十年どころか、日本街はいつからあるの?何百年前から、日本人は召喚されてるの?

「とにかく、あの、私も寝られるときに寝るので、えーっと、宿のご主人に、お店が終わって落ち着いてからでいいので夜中にヨリトに飲ませるミルクをお願いしてくれる?一度沸騰させてから持ってきてほしいのと、もしなければスープでもいいので」

「ああ分かった。じゃぁ、えーっと、部屋にいない方が落ち着いて眠れるだろ?食堂で」

「飲んでいいですよ。酒癖が悪くなければ。普段は飲んでるんですよね?」

 酒を注文しようとしてやめたていたのを知っている。

「ありがとう。じゃぁ、1杯だけ。この街に来たばかりだからな。情報収集かねて飲んでくるよ」

 ああ、そうか。

 女性が井戸端会議で情報収集するように、男性は飲み屋で酒を酌み交わしながら情報収集するわけか。

「1杯と言わず、宿泊料を無料にしてもらったお礼に、たくさんお金を落としてきてあげて」

「あ、ああ、じゃぁ、まぁ、もう少し」

 ガシガシと頭をかいてリュートさんが出て行った。

 あれは、酒好きの顔ね。

 さて、ヨリトくん、隣に寝かせてね。

 すーすーと規則正しい寝息が聞こえる。

◆★


 ヨリトの泣き声で目を覚ます。

 おむつを手早く替える。部屋にはリュートさんの姿はない。

 何時ごろかな?まだ食堂?

 蝋燭の明かりでテーブルの上を確認する。頼んでいたミルクはないので、まだお酒を飲んでいるかな

 何かヨリトの口に入れるもの。アンナさんが起きていればアンナさんに頼んで……。

 ヨリトを抱っこして食堂へと降りていく。

 ガタンっ。

 と、男が一人椅子を蹴倒した。

 食堂には、4組の客いた。椅子を蹴倒したのは、大柄でだらしなく髭を伸ばした男だ。赤ら顔で、テーブルの上には空になったジョッキがいくつも並んでいる。

 酔っ払いだ。

「うるせーんだよ、ガキの泣き声がっ!何度も何度も」

 え? 思わず身を固くする。

 泣いているヨリトをゆする。

「こっちはよぉ、気持ちよく酒を飲みに来てんのに」

 アンナさんの部屋からも赤ちゃんの泣き声が聞こえている。

 他の客たちの目が男に向けられる。

 テーブルの上には4つのジョッキ。赤ちゃんが何度も泣いて、気持ちよく飲めないというなら、1杯で出て行けばよかったんだ。

 出てかなかったのは自分なのに、何度も何度もって言うのはお門違いじゃない?

「くそ、気分がわりぃよ。金なんか払えるかっ!」

 男は、そのまま外へ出て行こうとふらつく足で出口に向かった。

「あ、お客さんっ」

 無銭飲食だよね。あれだ。

 しかもたちの悪い。言いがかりをつけて無料にさせようっていう……。ラーメンに持ってきたゴキブリ放り込む系のやつ。

 赤ちゃんの泣き声がうるさいっていうことを理由にするなんて、悪質どころの騒ぎじゃない。

 いや、でも、こういう人間がいるから、宿も赤ちゃん連れは宿泊を断られるんだ。

 男のまえに、リュートさんが立ちはだかる。

「代金がまだのようですよ?酔って忘れてしまいましたか?」

 男が、ぺっと唾を吐き出す。

「うるせー。こんな気分が悪い酒に金が払えるかっ!」

 リュートさんが男をにらむ。

「気分が悪いのは、家に赤ちゃんと体調の悪い奥さんを置いて飲み歩いているから、責められている気分にでもなったからですか?」

 男がカッと赤い顔をさらに赤くする。

「違うっ。俺だけじゃねぇだろ、皆、ガキの泣き声なんて聞くために飲みに来てんじゃねーだろっ!どけよっ」

 リュートさんの胸を男がどついた。

 リュートさんは少しもぐらつくことなく、逆にどついた方の男の体が揺れる。

「いててっ」

 男の腕をひねりあげるリュートさん。

「代金のお支払いがまだのようですよ?」

「くそっ、覚えてろっ!」

 男が小汚い言葉を吐きながら、お金を投げ捨てる。

「ま、待って!」

 リュートさんが男の手を放そうとしたのを止める。

 ここで、男の人を追い払うのは簡単だ。

 だけれど、そのあとは?男がまた来たら?

 覚えてろよ!と吐き捨てるような男だ。リュートさんのような助ける人間がいなくなった後にしつこくいやがらせをしに来る可能性もある。

 赤ちゃんの泣き声がうるさいと言うような自分勝手な男が。


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