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「そうだな、お前たちならあってもらえるかもしれないなぁ。賢者ってあれだろう?山にこもっちゃって、人と会わない生活してるって。仙人みたいな生活とか」
「そうなんですか?」
おじさんもこちらの会話にも耳を傾けていたのか、話かけられた。
「あー、知らなかったんか?有名な話だぞ。賢者の叡智をいただこうと人々が群がり、嫌になって山にこもったっていう。西国の王すら1年の1度新年の儀にしか会うことができないらしい」
「それから、ときどき日本街から食材を運ばせてるらしい。お前らなら、日本街の人間っていえばあってくれるかもしれないな。賢者がどんな顔してたか教えてくれよ」
日本街の人間か……。
「だーうー」
ヨリトがバンバンと机をたたく。
「一緒に、行くか?」
一緒に……?
いいの?
「だーだっ」
ペチペチぺ地と私のスプーンを持った手をたたくヨリト。
「あ、はいはい。お口の周り見せて。うん、赤くなってないね、かぶれてもないし、お肌もすべすべぷつぷつしてないし、呼吸も平気ね。じゃぁ、いただきますしようね」
と、よく考えたら、最悪アレルギーで苦しんだら、白Bに飛ばそう……お城ならお医者さんいるから何とかしてくれるでしょう。立場のある人間だし、ほっとかれることはないよね。
「どうぞ」
ぶぶぶっ。うぱっ。と、ときどきスプーンのスープを吹き飛ばしながら少しずつスープを飲んでいくヨリト。
先に食事を終えたリュートさんが、両手を差し出す。
「代わろう」
ふっと笑みが漏れる。
「ありがとう。リュートさんは頼りになります」
イクメンってこういう人かなぁ。言われる前に気が付いていろいろやってくれる。言われたことすらできないは問題外で、言われたことしかできないのも子育てでテンパってるとイライラするよね。なんで毎回おんなじこと言わないといけないのっ!こういう場面ならそうしてくれたっていいでしょ!ってやつ……。あ、でも、何かするたびに失敗するとかは余計イライラなのかな。育児サイトにもいろいろ乗ってたなぁ。ミルクを頼んだら、ろくに温度もみに赤子の口に突っ込みやがった。間一髪救出とか……。酔っぱらって我が子を枕にして寝てて旦那の頭を思い切り蹴っ飛ばしたとか……。夕飯作れないと言ったら「ああ、大丈夫買って食べるよ」と、自分の分だけ買ってきて協力的だと言い張る馬鹿夫だとか……。うん、いろいろ見ましたね。
この宿のご主人は、育児には協力的だったようだけれど、他はどうなんだろうか。酒を楽しそうに飲んでるおじさんたちを見る。見事に男の人ばかりだよなー。奥さんはどうしてるんだろう。家で子供の面倒見ながら食事?ある程度子供も大きければ亭主元気で留守がいいってことかな。うーん。まぁ、他の家の事情にまで首を突っ込んでも仕方がない。
「頼りになるか……」
リュートさんが複雑そうな顔をした。
◆
リュートさんのおかげで、比較的ゆっくり夕飯を食べることができた。食べ終わった皿をカウンターに運ぶ。
あ、そうだ。
「飲み終わった食器もセルフサービスなんで持って行ってあげてくださいね!」
おじさんたちにも声をかける。
「了解!」
了解と手を上げてはいるけど、酔っ払いはどこまで覚えているのか……。
部屋に戻り、オムツが濡れていないことを確認。ヨリトを寝かせておもらししてシーツやベッドを汚すわけにもいかないどうしようかと思案してると、リュートさんが、ぽんっと手を打って、防水布を買ってくると出て行った。
防水布なんてあるんだ。あ、そういえば油を塗ったり渋を塗ったりして防水性を高めた和紙で和傘はできてるんだよね。そういう加工すれば布も防水性が出るか。なんとなく日本だの感覚だと、防水イコールナイロンとかビニールみたいなイメージが強すぎて。化学繊維なんてないよなぁと思い込んでいた。
知らないことだらけ。知らないことだらけだ。リュートさんが一緒でよかった。
「だー」
「もちろん、ヨリトも一緒でよかった」
ぷにぷにのほっぺに頬ずり。
柔らかぁい。ミルクのいい匂い。
ああそうだ。寝る前にアンナさんに飲ませてもらえるといいなぁ。夜中に起きた時はどうしようか……運よくアンナさんの赤ちゃんとタイミングが合えばいいんだけど。そうでなければわざわざ起こして飲ませてもらうなんてとても無理で。
スプーンから少しずつ飲ませるしかないかな。ミルクがゆがあったくらいだからミルクは存在してるんだよね。山羊?牛?馬?なんのミルク何だろう。これも少しもらっておかないと。それから温めるのはどうしたらいんだろう。一度沸騰させて覚ましておけば40度じゃなくてもいいかな。うん、いいよね。寒くないし、もう生後半年だし……。スプーンで飲ませている間にどうせ冷めちゃうから。
よし、今はお店が忙しいだろうから、閉店後にご主人に聞いてみよう。もしなければ野菜スープでも大丈夫。ああ砂糖水で急場をしのぐこともできるって聞いたことがある。
アンナさんにおっぱいもらうことができた。そしてヨリトは夢の中。おむつも買えたし。
「これをシーツの下に引いておけばベッドは汚さないだろう」
と、タイミングよくリュートさんが防水マント?を買ってきてくれた。
「小さなベッドだし、これで十分カバーできますね」
にこりと笑うと、リュートさんが一歩後ろに下がる。
「先に寝ます?」
まだ夕方を少し過ぎたような時間だ。けれどヨリトが夜中に起きるだろうことを考えれば、ヨリトが寝ている間に睡眠をとっておくというのは普通だと思う。
「頼子、俺は、別の宿を探してくるよ、さすがに狭すぎるだろう」
一つしかないシングルベッドを見る。
……ヨリトと大人一人が寝るのがさすがに精一杯だよね……。
でも……。離れるのは不安。知らない世界で……もし、夜中に何かあったら……。




