誰も私を傷つけられない
陛下の合図に、別の黒装束の男が鞭を振り上げる。赤ちゃんを胸に抱えて背中を丸め、かばうように覆いかぶさる。
「大丈夫だからね、大丈夫だからね」
赤ちゃんを安心させるようになるべく落ち着いた声音で話かける。
ビシィ。バシィと、立て続けに2度、鞭が当たった。背中と額だ。
「ぐぅっ」
と、私に鞭を振り上げた黒装束の一人が鞭を落として床にうずくまった。
「何をしている!全然きいていないではないか!もっと強く打て!」
陛下の言葉に、一番初めに鞭を振った黒装束の男が再び鞭を振り下ろした。
赤ちゃんを抱いている腕に鞭が当たる。
「うわぁっ!」
その瞬間、鞭を振った男が鞭を取り落とした。
ああ。相当痛そうだもの。痛いんでしょう。
「ねぇ、陛下。私は聖女なの。どんな傷も病も毒もすべて瞬時に癒す力がある……なぁんて思ってたら大間違い。なんの犠牲もなく癒せる力なんて私にはない……」
顔を上げて、陛下の元へと歩いていく。
「何をしている、もっと痛めつけないか!鞭で足りないなら腕の一本も切り落としてやれっ!」
黒装束の男にではなく、陛下は護衛のために壁際に並んでいた騎士に命じた。
素直な騎士の何名かが剣先を私に向ける。
「陛下にそれ以上近づけば本当に切るぞ!」
と、脅し文句も無視してそのまま歩けば、剣を振り下ろされた。
「うわぁっ!」
カランカラン。
金属が床に落ちた音。
「だ、大丈夫かっ!」
「何が起きた」
「どういうことだ」
混乱する騎士たち。
そして、狐面と豚面の男たちは陛下よりも3歩ほど後ずさっている。おお、とんだ忠臣だこと。
「聖女は傷つかない。いいえ、つけられた瞬間にその傷は他者へと転移するみたい。私の持っている力は癒しの力じゃない。傷や病や毒を転移させるだけの力」
にこりと微笑みながらじりじりと陛下の元へと歩いていく。
先ほどまで泣き叫んでいた赤ん坊は、揺らしているうちに眠くなってきたのか静かになった。
「私に鞭を振り上げた人の背中や腕を確認すればいい。私につくはずだった傷跡があるはず。ああ、そんな確認しなくても、今そこで腕から血を流している兵を見れば証明になるのかしら?」
陛下の顔が青ざめる。