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「宿ですけど、見てから決めてもいいですか?」
この世界の一般的な宿もわからない。少し高くて安全という宿でさえも、日本で暮らしたことしかない私にはうへぇってレベルかもしれない。
「ああ、そうだな。俺も直接見て確かめたわけじゃないし」
「申し訳ありません。うちは、赤ちゃんをお連れのお客様の宿泊はお断りしておりまして」
こちらが品定めする前に、品定めされました。
「ちゃんとこの子の分も一人分支払う」
リュートさんが食い下がろうとしたけれど。
うん。わかってないんだよね。リュートさん。
「分かりました」
素直に引き下がり、リュートさんの服を引っ張る。
「頼子、いいのか?おもらしして部屋を汚すと言われるなら、布団を買って持ち込んだっていい」
首を横に振る。
「赤ちゃんは夜中に何度か泣いて起きるものだから。宿泊しているほかのお客さんが泣き声で迷惑することを考慮してるんだと思う」
日本でも、ママたちは泣き止まない赤ちゃんに苦労している人は大勢いた。
店の中で泣き出せば外に出てあやすのは当たり前。電車の中で泣けばすいませんと全身で表し人々の冷たい視線に耐えながら赤ちゃんを必死にあやすのは当たり前。
壁の薄いアパートに住んでいたら、赤ちゃんを連れて外へ行ってあやすのも当たり前……。
赤ちゃんが泣くことに寛容になれない人というのは、世の中にとてつもなく多いのだと悲しくなった。
だから、お断りされた方が楽だ。泣いてから「静かにさせろ」と言われるより。
「ちょっと高い宿だからこそ、安眠を宿泊客に提供するという責任があるのかもしれませんし。他に探しましょう」
それから、3件断られた。
このまま、断られ続けたらどうしようかと少しだけ不安になっていたときに目に入ったのは、見知った人の姿だ。
「ハルヤさん」
どうやら知らない間にハルヤさんのお店まで来ていたようだ。
「ああ、ヨリコ。どうしたんだい?なんだか疲れた顔してるように見えるけど」
「それが、宿を探していたんですけど、赤ちゃん連れだとなかなか泊めてもらえなくて……」
ハルヤさんがあーと、大きく頷いた。
「なるほどねぇ。確かに、赤ちゃん連れて旅する人もめったにいないからねぇ。想定してないだろうね」
そうですね。日本でも、紙おむつがない時代は、おむつが外れるまで赤ちゃん連れて遠出はしなかったとテレビで言っていたような。そもそも、紙おむつでも、月齢が若いうちは旅行は控えますしね……。せいぜい里帰りした場所から自宅への移動くらいで……。
「ちょっと待ってておくれよ」
と、ハルヤさんは2件先の店に入り、店のおばさんと何やら話をしてすぐに戻ってきた。
「お待たせ。彼女の妹の嫁ぎ先が確か宿屋だったと思ってね。赤ちゃんが生まれたという話も聞いてたから、行ってみるといい。宿の主人が赤ちゃんいれば、泣き声がどうということもないだろう。むしろ、客が減ってるみたいだからありがたがられるかもしれないねぇ」
「ハルヤさん、ありがとうございます!早速行ってみます!」
場所を聞いて、リュートさんと向き合う。
「赤ちゃんがいる宿を紹介してもらえました!お願いすれば、お乳ももらえるかもしれません!」
「すごいな、頼子は。ヨリトにより良い環境の宿をあっという間に探し出してしまうんだから」
「まだ、宿泊できるかは分かりませんけどね」




