金で動かない人間を、今度は恐怖で動かそうとか、笑っちゃう
「日本に帰してください。苦しんでいる人は、自分たちで救ってください」
今まで落ち着いた口調で話をしていた豚顔の男が苦虫をかみつぶしたような顔を見せた。
「どこまで強欲な」
強欲?
私、何も要求していないけど。
「そうしてもったいぶって聖女の力を使うことを拒否して、何を要求しようというのだ」
会話にならない。
「聖女の力は使わない。この国は救わない。私は帰りたいだけ。早く帰してください」
豚面の男をにらむ。
すると、ずっと黙っていた陛下が口を開いた。
「もう、よい」
肘あてに肘をつき、逆の手を挙げた。
「おとなしく従っていれば好待遇で迎え入れてやろうと思っていたが……。おい、やれ」
陛下の合図で、黒装束の男が3人私の周りを取り囲んだ。黒いロング丈のローブで全身を覆い、頭には先がとがった三角の目の部分だけ開いたマスク。
黒魔術にでも取りつかれたカルト集団か!と言いたい人たちだ。
「今ならまだ間に合うぞ?痛い目にあいたくなければ言うことを聞くんだ」
はぁ?
私を取り囲んだ3人が鞭を取り出した。
あーあ。
あーあ、最低。
もし、これでも言うことを聞かなかったら誰かを人質にして脅すパターンかな。あいにくと、私の親しい人はこの世界にいないから人質にしようもないかな?
陛下を睨み付けると、突然赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
「まるきり顔色を変えないなぁ。自分が傷つくのは平気か?ならば、人が傷つけられるのを見るのはどうだ?」
まさか……。
生後間もないとみられる赤ん坊を抱きかかえた黒装束の人間が新たに現れた。
馬鹿な、一体何を……。
「やれ」
陛下の言葉に、黒装束の男が鞭を振り上げた。
信じられない。
あんな小さな赤ん坊に、鞭を振り上げるなんて!
殺すようなものじゃないかっ!
慌てて立ち上がり、赤ん坊と鞭の間に体を割っていれる。
ビシィッと、激しい音を立てて鞭が私の背中を打ち付けた。
本当に殺す気なんだ。この赤ん坊を。
黒装束の人間から赤ん坊を奪い、横抱きにして小さく揺らす。
「よしよし、大丈夫だからね」
火がついたように泣き続ける赤ん坊の声に交じり、背後から「うぐっ」と、男の痛みに耐える声が聞こえてきた。
黒装束の男の声だ。陛下達には聞こえなかったんだろうか。なぜ、私ではなく鞭を振り上げた男が声を上げたのか疑問に思う反応はない。……ああ、赤ちゃんの泣き声で聞こえなかったのかもしれない。
狐面の男が勝ち誇ったように声を上げた。
「陛下、どうやら聖女様は自分が傷つくことも顧みず人を助ける人物のようですよ」
「協力すると約束しろ。そうすれば、これ以上痛い目を見なくて済むぞ」
陛下の言葉に、ペッと唾を吐き出す。
行儀が悪いのは分かる。だけど、これ以上何を言っても言葉の通じない相手に何を言っても無駄だ。
「くっ、生意気な。やれ。いつまでも赤ん坊を守れるわけじゃないぞ。さっさとうんと言った方がお互いのためだ」