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「リュートさん、水汲みを頼んでもいいですか?水瓶が空になってるそうなんで」
と、外で待機していたリュートさんに遠慮なく頼みごとをする。いや、だって、この場合、一番力仕事に向いてるのリュートさんだよね?
「ん?ああ、瓶はそれ?いっぱいにすればいい?井戸はどこかな?この街には来たばかりで」
「いいんですか?井戸はあちらの角を曲がった先にあります。でも、瓶をいっぱいにするのには10往復はしないといけないので、使う分だけで……」
10往復。
……角まで300mくらいだろうか。曲がってどれくらい行くのかわからないけど、1往復で600m。10往復するだけで6キロも歩くことになるんだ。しかも、重たい水の入った桶を持って……。
大変だ。
水を運ぶための木桶……木のバケツは5リットルくらい入るだろうか。5キロか。あ、赤ちゃんに比べれば軽いものか。
「ああ、大丈夫。ちょっと行ってくるよ」
と、リュートさんはひょいっと瓶を肩の上にのせて走っていった。
瓶……陶器でできててそれだけでも重たそうだし、水を入れたらもっと重くなるのに……大丈夫なのかな?
「旦那さん、力持ちですね……」
と、女性が唖然としている。
「あ、旦那じゃないんです。えーっと、私は頼子です」
「ごめんなさい。すっかり勘違いしてしまったわ。赤ちゃんも急に面倒を見ることになったって言ってたわよね?私はマチルダ。何でも聞いて。って、わからないこともあるけれど、おむつは手慣れたものよ?」
マチルダさんがおむつを取り替える様子をまず見せてもらうことにする。
おむつカバーに当たるものは、マジックテープやホックなどはなく、紐で結んで止めてあった。そうか。紐をつけるんだ。折り込んだだけだと動いたらとれちゃうもんね。
おしっこで濡れているおむつは、水瓶の近くに置いてあった水を張ったたらいの中に入れた。
中には使ったおむつが入っている。
「ああ、最後の一枚だわ。洗濯できなかったから……。何枚か急いで洗って干しておかないと」
マチルダさんがため息をつくのと、リュートが瓶を担いで家に入ってくるのはほぼ同時だった。
「はい。ほかにすることがあれば手伝うよ」
じゃぁ、おむつの洗濯を……と思ったけれど……。
ふと頭をよぎった光景は、時代劇。江戸の街で長屋のおかみさんたちが井戸の周りで洗濯しながら井戸端会議をしているシーン。
この世界も洗濯といえばそんな感じだとすると……そこにリュートに行ってもらうのはちょっとだけ心苦しい。
男女平等だとは思う。男の人だからと言って何かを優遇されたり免除されたりというのはおかしいし、女の仕事とか女がするべきとも思わないけど。ただ、リュートさんだけじゃなくて、その場にいる人たちみんなの居心地が悪くなってしまうんじゃないかと思うと……。それから、マチルダさんの赤ちゃんのおむつを洗わせたみたいな変な噂がマチルダさんに立ってしまうのも困るだろうし……。てなわけで、さすがにやめておきましょう。




