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「それは運がいい」
は?運がいい?
恋愛運が悪いの間違いでは?
いや、違うか。
「運がいいとは思いませんよ……」
異世界に召喚される運命って、よほど運が悪いとしか思えないでしょ?
「いや、運がいいのは俺の方。独身の君に会えた」
は?なんか口説こうとでもしてます?いや、それはないか。自意識過剰で勘違いしそうですけど。
「あー、人妻なら、確かに……こうして赤ちゃんのためとはいえ男性と食事はとったりしませんね」
ふっとおかしくなる。
「赤ちゃんの……ため、ああ、いや、そうだった。君は優しい人だ」
優しい……か。優しいんじゃないよ。
だって、世界を救わないんだもん……。ずきりと胸の奥が痛む。
……ううん、ちゃんとできることで人は助けるよ。でも……。できないことはできないんだから……。
反逆の聖女。それが私のステータス。
聖女じゃない。
「リュートさんがこの子を助けたんですよね?リュートさんこそ優しいですよ……ああ!噂されてたの気が付いたかなぁ」
赤ちゃんが泣きだした。
慌てて抱きなおして、ゆする。
「よしよし、大丈夫よ。お腹すいてないかな、ご飯ありますよー」
しばらく落ち着かせるため背中をさすりながら抱っこゆすり。
ちょっと落ち着いたところで、膝の上に支えながら座らせる。
うん、一人座りは不安定ながらできるみたい。
「ほーら、おいしいよ、まんまよ、まんま」
スプーンを見せると手を伸ばしてスプーンを握りしめた。
あーあーと声を出して、スプーンをぱくりと口にいれて舐める。
「ふふ、そうよ、まんま。お腹すいたね。スプーン返してくれる?」
手を差し出しても、赤ちゃんはスプーンをぎゅっとにぎったまま振ったり舐めたりと、一向に帰してくれる様子がない。
「使うか?」
リュートさんが自分の使っていたスプーンを差し出した。
「ダメ。大人が使ったスプーンを使いまわすと虫歯になるから」
あ、しまった。言い方きつかった?
せっかく親切でスプーンを差し出してくれたのに。っていうか……。昭和……つい数十年前まで、日本でも箸やスプーンを使いまわすなんて当たり前どころか、離乳食期なんて大人が堅い食べ物噛んで柔らかくしたものを食べさせることもあったんだよね?とすれば、この世界の「中世風」な常識からすれば……私の言葉って、ちょっと神経質すぎるように聞こえるんじゃ……。
がたりとリュートさんが席を立った。
冷や水を浴びせられたように、ぞくりと全身に寒気が走る。
あー、怒らせた?どうしよう。
なんだろう。さっき会ったばかりの人なのに……。見た目が日本人っぽいってだけで、なんか、かなり心の支えみたいに感じてたのかも。
目の前を去られてしまったそのことに、自分でも驚くほどショックを受けている。
一人って……怖い。
そう。怒りが収まってしまえば……異世界に一人放り出されてしまった現実に押しつぶされそうだ。




