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肉を口にしてから、パンを……と思ったけれど、パンに手を伸ばしてどうしたものかと悩む。
リュートさんは、ちぎって口に入れてる。片手が赤ちゃんでふさがっているので、ちぎれないから……かぶりつく?
「これくらいでいいか?」
ん?
どうしようか悩んでいたら、リュートさんが一口サイズにちぎったパンを差し出してきた。
「ありがとう」
ちぎってくれたんだ。
差し出されたちぎったパンを受けとろうとしたら、リュートさんが、そのまま腕を伸ばしてパンを私の口の前に持ってきた。
え?
まさかの、あーんですか?
どうしろと……。
えーい。この世界の普通がわからない私には一つずつが試練だ!正しい選択がわからないっ。とりあえず差し出された分だけは食べよう。
は、恥ずかしいっ!けど、えーい。ぱくん。
「ありがとうございます、あの、あとはちぎってお皿に置いてもらえれば、自分のタイミングで食べますから」
次はない。断る。
「あ、そうか。片手は開いてるんだ……ったな」
リュートさんがはっとした顔をする。
あ。
失敗。
あーんは素直に回避すればよかった……。単に、私が片手に赤ちゃん、もう片方の手にパンを持っていた状態を見て「両手がふさがってる」と思われただけなのか……。
「頼子……抱っこする姿が、ずいぶん慣れてるようだが、その……君は子持ち、なのか?」
リュートさんが食べる手を止めて私を見ている。
「結婚もしてませんよ?」
リュートさんが、笑う。
「それはよかった」
いい?
「いや、あんまりよくありませんけどね」
リュートさんが、パンを食べやすい大きさにちぎって私の皿に置いてくれる。
妹の子供の面倒を見ている間、友達は次々と結婚していった。
うん、すっかりなんか波に乗り遅れちゃったんだよね。気がつけば彼氏もいないまま30歳。
「いいことだろ。独身だから、運命と向き合える」
ニコニコ笑ってますけど、運命って何?
まさか、異世界に聖女として召喚されてしまった運命のこと?いや、知るはずないか。
……でもまぁ、リュートさんの言う通りなのかもしれない。もし、結婚して子供がいたら……。こんな気持ちでいることなんてできなかったかも。
確かに妹や友達と会えないのは辛いし、せっかく楽しかった仕事を手放すことになったのは悔しい。
でも、正直……それだけだ。
それだけって言うのも変だけど。やっぱり、子供を置いてとなったら、全然違ったと思う。
腕の中ですやすや寝息を立てている赤ちゃんの顔を覗き込む。
どうして……、なんの事情があって手放してしまったのか……。
「すまん、いや、なんか辛い思い出でもあったか?その、婚約者が事故で亡くなったとか……だとしたら心無いことを言った……」
「いえ、大丈夫ですよ。ここ数年は婚約者どころか彼氏もいませんでしたから」
私の言葉に、リュートさんがまた笑った。




