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「あの、頼子です。ヨリコ」
男の人が目を見開いた。
「頼子!」
あ。ちゃんと発音してもらえたよ。
ヨーリコとか、ヨリーコとか、言いにくいからヨリとかリコとか呼ばれることも覚悟してたんだけどなぁ。
「あ、あの店がよさそうです。入りましょう」
目の前に掃除が行き届いていて、お客さんの笑い声が聞こえてくる店があったので、ずんずんと店内に入っていく。
いくら美味しくても、店主が怒鳴り散らして食べ方にルールを強いる店って好きじゃないんですよね。失敗しないように緊張して食べるとか、おいしさ半減じゃない?なので、笑い声が聞こえてくるのは大事。
あ、もちろんしっとり落ち着いてプロポーズが似合うようなレストランだったら、外まで聞こえるような笑い声はNGだけどね。
「いらっしゃい」
テーブルが10個ほどの店の8割が埋まっている。一番奥のテーブルに座る。
「ご注文は?食事でいい?銀貨1枚の定食と、銅貨7枚の定食と銅貨5枚の定食から選んで。酒は銅貨5枚、果実水は銅貨3枚。その子の分はどうする?もう食べられる?食事を注文してくれるんなら、ミルクがゆをサービスするけど」
うわぁ。いい店。
明朗会計だし。
この子の分まで考えてくれるなんて。
ちょいと、抱っこしている赤ちゃんの下唇を引き下げて口の中をのぞくと、かわいい前歯がちょんっと2本生えている。
生後半年くらいに見えるけど、それくらいならもう離乳食始めてるかな?
赤ちゃんに食べられるかと尋ねたうえで用意してくれるものであれば、この世界での一般的な離乳食なんだろうし……。とりあえず食べられるか確認するのにもちょうどいいかな。
「はい、お願いします。えっと、私は銅貨7枚の定食と果実水をお願いします」
「俺は、銀貨1枚の定食と果実水で」
店員の20歳くらいの女性が注文を聞いて調理場に声をかけているのを見送る。
「ああ、それで、頼子……君は、その、日本人街出身なのか?黒髪に黒目なんて珍しいし」
は?日本人街……?
何、それ……?
「なんだ、お前たち、日本人街出身か!そうじゃないかと店に入ったときから思っていたんだよ。歴代勇者たちが作った街だろう?召喚された勇者様たちはそろって黒目黒髪だもんなぁ。ってことは、お前たちのご先祖様は勇者か聖女かはたまた賢者か!」
隣のテーブルでお酒を飲んでいたおじさんが嬉しそうに声をかけてきた。
ああ、そういうことか。
私以外にも、昔、召喚された人がいて、その人たちが作った街……。もしくはその人たちが住んだ場所に日本人街と名付けたか……。
胸の奥がつくんと痛んだ。
帰る方法が……なかったんだと……。
帰りたくなくてこの世界に残ったのだとしたら、日本人街なんて名前を付けなかったと思う。
済む場所にそう名付けたのだとしたら……。
帰りたかったけれど、帰れないで……この世界で生きていくしかなくて……。
3年……。
もし、3年で帰れなかったら、日本人街に行ってみよう。
 




