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大好きな父は殺された~私は、父のようにはならない

 深夜に叩かれるドア。

「先生、先生はいるか?お腹が痛いんだ、見てくれよ」

 ドンドンドンと、家じゅうにドアをたたく音が響く。

 深夜に、町で唯一の診療所のうちに駆け込んできた患者。

 酒に酔っているのはすぐに分かった。酒によっては、あっちが痛い、こっちが痛いとやってくる。

「すいません、父は体調を崩していますので、隣町の総合病院の夜間救急に行っていただけますか?」

「は?俺は患者だぞ?見ないっていうのか?それで死んだらどう責任を取ってくれるんだ!」

 診療時間外であっても、医者というだけでいつでも患者を診なければいけないなんて誰が決めたんだろう。

「死にそうなんですか?でしたら、うちでは見られませんので。救急車を呼びましょうか?」

「救急車なんていらねーよ、センセー、センセー、腹が痛いんだ、すぐに見てくれ!医者だろう?医者なら人が目の前で痛がっているのを見捨てるなんてできないだろうっ!」

 父が、奥からふらつきながら出てくる。

「父さん、寝てなきゃダメだよ。無理したら……」

「ああ、大丈夫だよ……患者を診るのが、私の仕事だからね……」

 父が力なく微笑んだ。

 何を言ってるの?いくら医者だからって、自分が体調を崩しているときまで人のこと診なくても……。

「お待たせいたしました、えっと、どこが悪いんですか?」

 父が、いつもの診察用の椅子に倒れこむように腰掛ける。

 よっぱらいが帰ると、父はふっと意識を途切れさせた。

「父さん、父さん!」

 この町には父しか医者はいない。

 だけど、隣町には総合病院があるのにっ!

「医者は人を助けるのが仕事だろう?さっさと診てくれっ!」

「医者なんだから、患者を救うのは当たり前だろう?」

「医者が見捨てるのか?」

「医者だったら当たり前だろう」

 ……隣町の総合病院へ行く時間がもったいない。タクシー代がもったいない。バスに乗っていくのが億劫だ。

 自分の都合で、私の父は奴隷のようにこき使われる。

 24時間365日……。ゆっくりと休めるときがなく、この町に来て5年で見る間に痩せた。

 そして、体調を崩してからあっという間に……亡くなってしまった。


 葬式には町の人も何人か姿を現した。

「医者の不養生だったんのかねぇ」

 はっ、違うよ。あなたたちが養生することを許さなかったんでしょっ!

「こう早く死んじまうと、また町から医者がいなくなって不便になっちまうなぁ」

 不便?

 あなたの便利程度の理由で父は死ななくちゃいけなかったの?

 肩を落としている私に、いい人そうな顔をして町の人が話しかけてくる。

「お父さんは立派なお医者さんだったのに、残念だったね」

 ふざけんな。虫に刺されてひどく腫れただけで早朝尋ねて無理をさせたのは覚えている。

「お父さんは、町の人たちに感謝されてるよ。きっと極楽浄土に行ったよ」

 ふざけんな。いつも飲んでいる薬がなくなったからって、買い物途中の父を診療所に呼び戻したのは覚えている。

「人を助けることが生きがいだったろうから、幸せな最期だったと思うよ」

「そうそう、医者は天職だったね」

 ……

「あなたたちが……父を、殺したのよ……。ブラック企業で過労死が問題になってるけれど……ここはブラック町……過労死させたのはあなたたち全員よ……」

 怒りが頂点に達し、ついに爆発してしまった。

「な、何を言っているんだ……医者なんだから、いつ病気になるかなんてわからないんだから、俺たちだって好きで病気になってるわけじゃないんだぞ?」

「そうだ、そうだ。わしらも好きで病気になるわけじゃない」

「他の病院へ行ってくださいと、私は何度もお願いしました。父が体調を崩して……。隣町の総合病院まで……タクシーに乗れば30分もかかりません。タクシー代がもったいないと言ったのは誰ですか?救急車を呼ぶほどじゃないなら翌日の診療時間に来ればいいのに、無理に父に診させたのは誰ですか?休まれると困ると……医者なら患者を見捨てるなと、いつ病気になってもいいように、ずっと診療所を開けておいてほしいと、無理を言ったのは誰ですか、ねぇ、無理を言う人たちを誰かひとりでもたしなめてくれましたか?便利だからって、いいように利用して……」

 怒りに任せて怒鳴り散らす私に、誰かが口を開いた。

「まぁ、落ち着いて。父親を亡くしてショックなのは分かるけれど……。助けられる人間を見捨てていたら地獄に落ちてたぞ」

「はっ、じゃぁ、皆地獄落ちね!助けられる人間を見捨てながら生きてるじゃないっ」

 嫌い。

 嫌い。

 嫌い。

 この町の人たちは嫌い。

 父を医者だからって言葉でしばりつけて奴隷のように働かせた人達が嫌い。

「わしらは医者じゃないから、お父さんのように立派な人間じゃないよ。誰も助けられない」

「知らなかったなら仕方がないけれど、今、教えてあげる。知った後も見捨て続けるなら、地獄に落ちるけど。世の中にはお金さえあれば助かる命はいくらだってある。わずか数千円で救われる命が世界にはある。お金がなくて治療が受けられない、お金がなくて食事ができない、お金がなくてワクチンが打てない……。救いなさいよっ、救えるのに見捨てたら地獄に落ちるっていうなら、救いなさいよっ!お金を出せ!自分の身を削っても、救えるなら、救いなさいよっ!自分は何もしない癖に、救う手段を持っていたって、何もしない癖にっ、人殺し!人殺しめ!」

 気を失い、気がついたら葬儀は終わっていた。

 叔母に「大変だったね。かわいそうに」と言われ、泣いた。

 叔母も泣いていた。

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