8.希望
文化祭が終わって少し過ぎた頃、彼女が僕の家に越して来ることになった。母は大変な喜びようであり、僕はと言えば嬉しい訳で、まあ悪い気分ではなかった。あれから早いもので就職シーズンとなった。
「由美、早く支度をしろよ」
僕たちは揃って同じ中学校で教育実習をすることになっていた。
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僕たちは、とある中学校に来ていた。やっと教育実習を行えるとあって、期待に胸を膨らませている。
(おはようございます。教育実習、よろしくお願いします)
(申し訳ありません。早速ですが、お引き取り下さい)
「はい?今、何とおっしゃいましたか?」
「ですから、お引き取り下さいと申し上げました」
「え~と、どう言うことでしょうか?」
「こちらの手違いでキャンセルの連絡を忘れてました」
「何とかなりませんか?」
「どうにもなりませんね、申し訳ありませんがお引き取り下さい」
僕たちは何がなんやら分からず、大学に戻ることにした。
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就職課に来ている。
「どう言うことでしょうか?」
僕は理由を求めた。
「先方からキャンセルの連絡を頂いていたのだか、君たちには伝えてなかったようだね」
「ようだねって、先方はキャンセルの連絡を忘れたと言ってましたが?」
「そうだったかな?あ~そうだった。こちらも沢山の学生を相手にしているものだから失念していた」
「それでは次の実習先を決めてきますので、またよろしくお願いします」
「分かりました」
(何度やっても無駄なのにね)
僕たちは、また実習先を選ぶところから始めた。
「なあ、由美。教育実習って断られることも多いと聞くし、母校に当たってみるのがベストだよな。それでダメなら教育委員会に掛け合ってみよう」
「そうね!」
僕たちはそれぞれの母校に確認をした。
しかし、結果は揃って散々だった。方々手を尽くしてみたものの、進展はなかった。
「帰ったら母さんに相談してみようか」
「おば様なら、何か良いヒントがあるかもしれないわね」
(あの人たちは相当お困りのようですわ。いいキミですわ、ほ~ホッホッ!みなさん、引き続き、お邪魔の方、よろしく頼みましたわ!)
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「ただいま!母さんに相談なんだけど」
「何かしら?結婚のことかしら?あら、嫌だわ。もしかしてオメデタかしら?うふふ」
「あのねぇ、怒るよ!真剣な相談なんだ。教育実習のことだけど、母校も他校も相手にしてもらえないんだ。何か良い手はないかな?」
「あらそうだったの?やっと教師になる決心がついたのね?お父さんも喜ぶわね!母さんが調べてあげる」
「ありがとう」
「くれぐれも、赤ちゃんは結婚してからだからね!」
「分かってるよ、もう!」
なんて親なんだろうか、僕たちは真剣に悩んでいると言うのに。でも、母が確認してくれるのはありがたい。現役の教職であるから、それなりのパイプもあるだろう。期待して待つことにする。
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母が僕たちを呼んでいるようだ。
「母さん、呼んだ?」
「まずは、残念なお知らせからね。どうやら、裏で手が回ってるみたいなのよ。だから教育実習、難しいわね。でも、安心してちょうだいね。母さんに良いアイディアがあるのよ」
「母さんに、期待するしかもうないんだ」
「ゆみちゃんのためならどんなことだってしますからねぇ」
「だからって悪いことはダメだよ!」
「あら、嫌だわ。おほほほ(笑)」
僕たちは大学の就職課に顔を出した。
(まだ諦めていないようですわね?トドメをさしてあげますわ!みなさん、良いですわね?)
「教員採用の件でご相談があります」
「こちらには相談などありません」
「はい?今、何て言いました?」
「ですから、こちらには、あなた方に相談などありません」
「いやいや、当たり前でしょ?相談があるのは僕たちですから」
「ですから、こちらには一切ありません。他の学生さんたちがお待ちですので、お引き取り下さい」
いったい何の嫌がらせだろうか。まさか、あのお嬢様が一枚噛んでいるのではなかろうか?僕たちは面倒なことに巻き込まれている気がしてならなかった。
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「ただいま!」
「ちょうど良い時に帰ったわね。朗報よ、あなた方の教育実習が決まったわ。そして、就職先もね」
「どう言うこと?」
「神様とお母様に感謝なさいね。知り合いが理事をしている私立の一貫校で採用しても良いと言ってくれたのよ。二人ともね。ただし、ゆみちゃんは小学校の、あなたは高校の音楽教諭。来週にでも行ってくると良いわ!職場も家庭も同じだなんて素敵じゃないの?」
「ありがとう!でも、お嬢様がまた邪魔をするんじゃ?」
「あなたたち、その事、知っていたのね?」
「そりゃ、検討もつくよ。就職課でも、笑っちゃうほど、あり得ない対応だったし」
「今度は大丈夫よ。母さんがその事も含めてお願いしてきたわ」
「ありがとう。由美、今度こそ頑張ろうな!」
こうして、僕たちは新たな一歩を踏み出そうとしていた。来週が楽しみである。