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5.お帰り


 夢を記した手帳を読み返しながら、赤いリボンの少女を捜す手がかりを探していた。その中でも決定的証拠足り得る記述を見つけてた。

「・・少年の母親は赤いリボンの少女に名前や連絡先などを聞いている・・・」


 恐らく母は、その赤いリボンの少女の事を知っていると思う。いや、少なくとも知っていたはずだ。


「母さん、母さん?ちょっと聞きたい事がある」

母を呼ぶが返事は無く、機会があれば確認する事にした。


今日は土曜日、週に一度のピアノレッスンの日であった。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




(ピンポ〜ン)



「先生、おはようございます」


「おはよう、みきちゃん。上手に弾けるようになったかな?」

「は〜い!」


「では、バイエルの97番を弾いてね」

(上手に練習して来たようである)


「次に、バイエルの98番ね」

(もうちょっと頑張らなくちゃだめかな)


「はい。もう一度、バイエルの98番を弾いてみてね」

「はい」

(今度はスムーズに運指が出来ている)


「はい、上手に弾けました。みきちゃん、もうバイエルは卒業しましょう!次はブルグミュラー25の練習曲と言う教材にしようね。先生がお手本を弾くから聴いててね」


(ブルグミュラー作曲 素直な心)


「どうでしたか?弾けそうかな?」

「難しいけど頑張って練習するもん!」


「それじゃ、みきちゃん。来週までに練習してくること!さようなら〜」

「先生、ありがとうございます。さようなら」


(最初の生徒さんが帰ってから30分のインターバルがある)


「みきちゃんは僕の一存でバイエルを終わらせちゃったけど、大丈夫だったかな」

僕はコーヒーを飲んで一息つくと、ピアノを弾き始めた。


(ショパン作曲 スケルツォ第2番 変ロ短調 作品31)




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




(ピンポ〜ン)


「こんにちは、先生」


「こんにちは、ゆかりちゃん。今日も早いね」


「さっそく、ツェルニー30番 練習曲から課題としてだした2曲を弾いてね」


(まだ、今のゆかりちゃんには難しいかな)


「終わりました」


「はい、だいたい出来てるけど後少しだね。ゆかりちゃんは今どんな曲を練習したい?」

僕は練習曲集はあまり好きではない。理由は単純で、ピアノが嫌いになりそうだからだ。そうならないようにピアノに対する興味を引き出そうとした。


「ショパンが弾きたいです」

ゆかりちゃんは難しい事をさらっと言うタイプだった。


「ショパンのどのジャンルが良い?」


「ノクターンが良いです」

ショパンが好きなのかな?


「まずは、ノクターン第1番変ロ短調Op.9-1を弾きます」


(ショパン作曲 ノクターン第1番変ロ短調Op.9-1)


「どうでした?練習したら弾けそうですか?」

僕は本人の意思を確認してみた。


「難しいです。ちょっと自信がありません」


「なら、ノクターン第2番変ホ長調Op.9-2にしてみようか?先生が演奏するから聴いててね」


(ショパン作曲 ノクターン第2番変ホ長調Op.9-2)


「どう?これは弾けそうかな?」


「この曲の方が、練習すれば弾けそうです」


「では、ゆかりちゃんは次週までにノクターン第2番変ホ長調Op.9-2を練習する事。チェルニー30番も今まで通り練習するからね。ではレッスン終了」


「先生、ありがとうございました」



(午前中のレッスンは終了し午後に向けて僕も休憩をしておこう)




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




(ピンポーン)



「先生、こんにちは」


「こんにちは、まどかちゃん。頑張ったかな?」

「・・はい」


「それでは、課題曲を弾いて下さいね」


「先生、終わりました」


「上手に弾けたね。次の課題に進もうね。まどかちゃんはどんなピアノ曲を弾きたいかな?」


「綺麗な曲が弾きたいです」


「まどかちゃん、作曲家か曲名を教えてくれるかな?」


「・・良く分かりません」


「それじゃ、次はモーツァルトのソナタK.545第一楽章を練習して来てね。先生がお手本を演奏するからね」


(モーツァルト作曲 ソナタK.545第一楽章)


「どう?練習できそうかな?」


「・・はい」


「それじゃ、今日のレッスンはおしまい」


「先生、ありがとうございます」


(このまどかちゃんって子、赤いリボンの少女に雰囲気が似ている)


(栞ちゃんはお休みのため、本日のピアノレッスンも無事に終了した)



何故か今日はピアノを弾く気分ではなかった。別のことで頭が一杯だったからだろう。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





「ただいま」

母が帰宅したようだ。さっそくあの事を聞いてみよう。


「母さん、聞きたい事がある」

「なにかしら、あらたまって」


「僕が小学生だった頃・・」

結果を聞くことが怖くなってしまい、言いかけて途中でヤメてしまった。


「なあに?小学生の頃って。どうせ聞きたい事はゆみちゃんの事でしょ?」

母は僕の知らない名前を口にした。


「ゆみちゃんって?」

赤いリボンの少女のことなのだろうか。


「本当に忘れちゃったのね。あれだけ仲が良くて『大きくなったら僕のお嫁さんにしてあげる』なんて言ってたのよ(笑)」

そんな事は忘れてしまっている。例え知っていたとしても忘れた振りをしただろう。


「そのゆみちゃんの名前と住所、母さんは知ってるでしょ?」


「ちょっと待っててね。こんな時のためにメモに残しておいたのよ・・・見つかったわよ。ついでに写真もあるからね。でも、急にどうしたの?」


「夢を見たんだ、赤いリボンの少女の。とても辛い夢だった。その子が僕を気遣って記憶を消してしまった・・。正確には神様が消したみたいなんだけど」


僕はメモと写真を受け取った。その色褪せた写真を見ながら僕は涙を流してしまった。そこには夢にまで見た赤いリボンの少女が写っていたからだ。


「母さん、ありがとう。それとゆみちゃんってどんな女の子だった?」

僕は夢で見知ってはいたけど、母の口から聞いてみたかった。


「そうねぇ、ゆみちゃんはあなたが買ってあげた赤いリボンをいつも大切にしていたわ。口数の少ないおとなしい感じの、そうそうピアノが大好きな子だった。あなたの弾くベートーヴェンの悲愴がとにかく大好きだったわよ。今頃、どうしてるかしらね?」


「僕は探してみるよ」


メモにはこう書いてあった。名前 真弓 由美 住所 神奈川県XXXXXXXX 電話番号 0XX-XXX-XXXX


僕は自分の部屋に行くと、早速、電話をしてみることにした。


(プルルルルルル・・・ガチャ)

電話がつながったようだ。


「この電話番号は現在使われておりません・・・番号をお確かめのうえ・・・・」

今度はメモの住所に直接出向いてみよう。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




(住所は間違ってないが、ここで良いのだろうか?)


新しそうなマンションがある。僕はそのポストをくまなく探した。


「ちょっと君、ここで何をしてるんだね?」

ポストをマジマジと確かめていたから不審者と間違われてしまった。


「以前ここに住んでいた人を捜しているんです。つかぬことをお伺いしますが、昔、ここにアパートが建ってませんでしたか?」


「何だ、そう言うことだったか。確かに六年ほど前まではここにアパートがあったよ」


「事情は分かりました。ありがとうございました。失礼ですが、あなたは?」

僕は相手の素性を確認した。


「おっと、すまんね。こう言うものだ」

男性は名刺を差し出した。どうやら不動産業者の社長であった。


「社長さん、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」


「なぁに、気にしなくて良い。そうだ、中学校で聞くと良い。どこの高校かは分からんのだろ?恐らく、そのご家族は6年前まではここにいたはずだから、中学校で確認すれば何か分かるかも知れん。必要であれば、私の名刺を使ってくれ」

そう言うと、名刺を数枚ほど渡してくれた。


「何から何まで、いろいろお世話になりました」


この辺りは僕の学区と違うから、隣の中学校だな。僕は早速、向かう事にした。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「あら、あなた!こんなところで何をなさっているのかしら?」

この声と言い回しはあのお嬢様だ。


「ちょっと散歩だ。先を急ぐから失礼」


「散歩で急ぐですって、そんなのあり得ませんのよ」

バレたか。面倒くさい女だな。


「今日は何の用?」


「特にありませんわ」

「なら、失礼する」

「お待ちなさい!」


(その場を駆け出した)


校門を入ると教師らしき人物がいた。その人に聞いてみることにしよう。


「あの、この学校の卒業生に関してお伺いしたいのですが」

「申し訳ないが、プライバシーに関する事なのでお答えできません」

「ですよね~!?」

全くもってその通りである。


八方塞がりとはこの事であり、僕は途方に暮れていた。


缶コーヒーを買い、夕暮れの遊歩道を歩いていた。


偶然、飲み会の時のメガネの女子が目に入った。


「こんにちは!こんな所で奇遇だね」


「ええ、奇遇ですね。こんな所で何をしてるんですか?」


「ちょっと散歩かな。そうだ、以前、自己紹介してなかったでしょ。改めて名前を教えてくれないかな?」

彼女は少し戸惑った様子だった。いくら面識があるとは言え、唐突すぎて不審に思われたのかもしれない。


「私は浅田 香です」


「浅田さんね。教えてくれてありがとう、それじゃ!」




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 今日は日曜日。楽譜でも見ようとなじみの楽器店に足を運んだ。


「あら、珍しいわね。何しにきたの?」

同じ科の女子に声をかけられた。


「何しにって・・。僕は今、子供たちにピアノを教えてるんだよ。それで何か面白い教材は無いかなって物色中なんだ」


「人嫌いのあんたが、子供にピアノを教えるって?プププ」

ひどく笑われているようだ。


「何がおかしい?」

「おかしいわよ、教えるなんて向いてないわよ。教えられてる子供がかわいそう」

「ほっとけよ!お前こそ何してるんだ?」

「ただ覗きに来たの、あんたが居るの見えたから。そうそう、あんた真弓と知り合いなの?」

「誰それ?」

「だから、同じ科の真弓由美だってば。大学で一緒に話しているとこ見かけたわよ」

「だから、誰?」

「もう〜、ニブいんだから!メガネかけてる地味子よ!」

「??彼女は自分のこと、浅田って名乗ったよ」

「マジうける〜。あんたヤバいって、あんな地味子に騙されてんの(笑)」

「・・・そいつの連絡先、分かるか?僕を騙したリベンジだ!」

そうでも言わなければ連絡先を聞くのが不自然だと思ったからだ。

「あぁ、ちょっと待って。確か、携帯に登録していたはず・・・あったあった、はいこれ。ねぇ、今度なんか奢ってよね!?」

「了解、ありがとな」


僕は連絡先を携帯に登録すると、その場を後にした。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「もしもし、浅田さん?」

「はい、どちらさまですか?」

「って言うか、浅田って名前は僕しか知らないんじゃない?真弓さん」

「・・・・・・」

「今、どこに居るの?ちょっと話がある。付き合ってくれるかな?」

「公園の近くに居ます」

「あぁ、あそこの公園ね?待ってて、今すぐ行くから、絶対に待っててね」

「・・はい」


よし、見つけた。僕は急いで公園に向かった。


「どうも、真弓さん」

「・・どうも。用件はなんでしょうか?」

「もう、そんな芝居はやめようよ、なぜ嘘の名前を教えた?」

「・・何の話ですか?」

「まだ芝居するの?赤いリボン、可愛かったなぁ・・紅茶にクッキー、美味しかったなぁ・・・ピアノソナタ悲愴、まだ覚えてるか?」

「・・・・・うん」

彼女は目に涙を溜めながらも、必死に泣くのをこらえていた。


「なら、どうして僕に嘘をついた?」

「悲しいこと、思い出して欲しくなかった。あんなに泣き崩れる姿、もう見たくなかった。でも、想い出まで忘れるとは思ってなかったの。どうして・・・記憶、思い出しちゃったの?」


「神様が、僕に思い出すように夢を見せてくれたんだ。最初は良く出来た作り話程度って思ってた、さすが夢だなぁってね。だけど、僕の断片的な記憶と被さっていき、遂に、この夢が僕の失われた記憶なんだって気付いたわけ。あの時、お前が祈ってくれたんだな、神様に。おかげで、ものすごく時間がかかっちまったじゃないか、お前を捜し出すのに・・・会いたかったよ」

僕は話しながら不覚にも涙を流していた。


「由美、ついでに良いもの見せてあげる!」

僕は母から預かった写真を見せた。


「・・・・・・」

必死に涙をこらえている。


「懐かしいな。僕たち」

そこには、赤いリボンがよく似合う少女と、照れたような顔で笑う少年が写っていた。


「・・・うん、懐かしいね・・・(泣)」

とうとう声を上げて泣き出してしまった。


彼女は思いの丈を言葉に乗せた。


「子供の頃の写真、見れて嬉しかった(泣)本当にとってもとっても長かった。私、とっても辛かった。あなたに忘れられて、とっても寂しかった。でもね、少しでもあなたの近くに居たかったから同じ大学に進んだよ。学費がなかったから、高校時代から必死にアルバイトしたわ。勉強もたくさんしたし、ピアノだってたくさん練習した。あなたのお母様に譲ってもらった電子ピアノ。もう壊れてしまったけど、私の宝物だったよ。あの飲み会、あなたが来るって知ってたから私も行ったの。私は顔が見れて嬉しかった。お話が出来て本当に嬉しかった(泣)あなたの記憶を取り戻せるようにしてって神様にお祈りしてきたの。そしたら、神様があなたに記憶の夢を見せると言ったのね。私は記憶が戻るなんて思ってなかった。これで、私の願い、全部叶っちゃったね。本当にお帰りなさい!」


僕は話を聞いていて、涙が止まらなかった。どれだけ辛い思いを続けたんだろうってそればかりを考えていた。


「お前、今はどこに住んでるんだ?前の住所しか知らなかったから」

「今は学生寮に住んでるの。寮費も結構高いんだから」


「今すぐ寮を引き払え、すぐに引っ越しするぞ!どうせ大した荷物もないんだろ?」

「でも、出るのは簡単だけど、寮以外に住む場所がないの」


「取りあえず、話の続きは家でしよう」




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





僕たちは家に戻ってきた。

「母さん、コーヒーを2つ。部屋に持ってきて」


母さんが部屋に来てノックをした。どうやら、コーヒーを持ってきてくれたようだ。


(コンコン。ゆみちゃん、入るわよ)


「僕じゃなくてどうして由美に断るんだよ」

僕は照れ隠しのため、イタズラっぽく言ってみた。


「だって母さん、ゆみちゃんのこと、昔から大好きなんだから」


由美は今にも泣き崩れそうなほどの表情を見せた。


「それで用件は?」

「コーヒーを持ってきたのよ。それとね、ゆみちゃんのお母さんに聞かないと分からないけど、良かったらゆみちゃん?ここに住んでくれると助かるな」

母が持ってきたコーヒーには、二人の想い出のクッキーも添えられていた。


「そんな、悪いです!」

由美は涙をこらえながら答えた。


「ゆみちゃん、大きくなったら、うちの息子のお嫁さんになるんでしょ?あの頃、いつも言ってたわよ(笑)」

母の話を聞き、想い出のクッキーまで見てしまった由美は完全に涙腺が崩壊してしまった。


「・・・ありがとうございます(泣)少し考えさせて下さい」

由美は今すぐにでも『はい』と返事がしたかった。しかし、それではむしがよすぎると感じたのか妥当な返答をした。


「なら、ゆみちゃん?昔みたく泊まっていきなさい!それなら良いでしょ?」


「それなら、お言葉に甘えさせていただきます!」

由美はやっと平常心を取り戻したのか、安堵の表情を浮かべていた。


(僕たちはリビングに行くと由美はまた涙を浮かべてしまった)


「由美、お前のピアノを聴かせてくれ!」


由美は心を何度も救ってくれた、大好きなこの曲を弾いた。


(ベートーヴェン作曲 ピアノソナタ 第8番 悲愴)


僕たち家族は由美の演奏に聴き入った。どれだけ拙い演奏でも、ピアノは心で弾くものだと改めて思った。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




僕たちの止まっていた時間が進み出した。


それは、これから始まる新たな未来の幕開けであった・・・。


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