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手をのばせば  作者: 長岡青
9/11

約束

「お疲れ―。」

「お疲れ。もう家?」

「うん。」

 もうそろそろ寝ようかというその時、携帯が震えて、尚さんの声が聞こえた。

「寝ようとしてる?」

「うん。」

「声が眠そう。だけどちょっと電話つきあって。」

「いいよ。」

ベッドの上でごろごろしながら私は応えた。

電話の向こうでは何やらガタガタしているご様子。

「何してんの?」

「ん?」

「なんかガタガタしてません?」

「あー。ちょっと掃除してます。」

「なるほど。」

「明日、うち来ませんか?」

「明日ですか。平日ですね。」

「ラジオ終わりでメシ行ったりとか。」

「いいですよ。」

「何食べたい?」

「お肉。」

「焼き肉・・・はパスね。」

「望むところ。」

「ホント眠いでしょ?」

「うん?うん。」

「わかった。いいよ。寝て。メールしとくわ。」

「おう。ありがと。またね。おやすみ」

「おう。おやすみ。」

だんだんぼんやりしてきた。眠い・・・大体にして、尚さんの声は癒し声だから、眠い時に聞くと癒ししかない。ごめんだけど眠いわ。


朝になって携帯をのぞくと、ご丁寧に尚さんからメールが届いていた。待ち合わせは駅の交番前、だって。あんな混んだところで会えるのかね。

この日は週に一回、尚さんが出演するラジオの公開放送がある。地元ローカル局のラジオで、近場のショッピングモール内の公開スタジオでラジオをやっているらしい。どういう経緯で出ることになったのか聞いたことはないけれど、番組の内容的にサーフィンだの海ライフだのって言っているから、それの関係なのかもしれない。

それが終わってからだから時間は二〇時だと。そんな時間からゴハンって・・・遅いけど。ま、いっか。


待ち合わせもあるし、尚さんのラジオでも見に行くかな。と思って、仕事終わりに携帯をのぞくと、なにやらメールが・・・

「えー」

やばいやばい。思わず声が出ちゃった。

「ごめん!仕事入った!」

・・・仕方ない。か。

とりあえずラジオだけは行こう。うん。顔だけでも見に行こう。


尚さんのラジオが始まって少したったころ、私もようやくラジオブースに到着した。どうしたって尚さんの近くに行くには申し訳がないくらい、すでに人だかりができている。人気のDJさんの横にしれっと座る尚さんに、思わず噴き出しそうになった。知り合いが。有名人の隣に普通にいるとか。笑っちゃうわ。前もそうだったように、道沿いのフェンスに腰かけ、モニター画面を見ることにした。

ここにいると面白い。目の前をいろんな人が通っていく。日本人だけでなく、物珍しそうに歩いている外国人、私が想像もつかないような服を着た若い子、モデルさんかと思うくらい顔の小さい男の子。私の人生がここを通過していたら、きっと今とは違ったものだったんだろうな。


そんなことを考えていたら、裏口から見知った顔が出てきた。片手をあげながら私に近づいてきたのは、ラジオ局の高木さん。裏方ですから。会えばそんなことばっかり言うのに、この人がラジオやったほうがいいんじゃないかってくらい、いい声をしている。尚さんの癒しボイスとは反対に、どんな人ごみにいても聞こえるくらい、すっと通る声。

「これ。もし来たら渡してって。」

高木さんが私の横に腰かけながらなにやら小ぶりな紙袋を渡してきた。

「なんですか?」

知らない、とでも言うように彼は肩をすくめた。

「そういえば今日デートのはずだったんだって?」

「あれ。聞きました?デート・・・なのか。ゴハン行こうって言ってたんですけどね。」

「これ始まる前に言ってたからさ。あ。それ、お詫び、とか。」

「えー。これが?詫びっていうにはずいぶんペラペラな紙袋ですけど。」

「なんだったらいいの?」

「お詫び?」

「そ」

「・・・キラキラ光るやつとか?・・・いやいや。うそうそ。ないっすわ。」

笑いながら私は言った。

「じゃさ、プレゼントとか、もらうとしたら何がいい?」

「うーん・・・Tシャツとか。実用的じゃないですか。あ、でも、なんでもいい。あーでも自分じゃ買わないようなやつとか。もらったら意外に嬉しいかも・・・高木さんは?」

「俺?俺はね。うーんそうだな。時計とか!」

「まじっすか!高木さん、おしゃれさんだから、あげるならすんごく高いヤツになっちゃいそう。」

「あ・・・ちょっと待って。女の子だよね。好きな子からもらうって前提?それなら時計は違うか。」

「なんで?」

「好きな子にそんな負担かけさせらんないわ。お金持ちのお姉さまとかから貢がれるならともかく、だめだね。」

「なんですか。それ。そんな心あたりでもあるんですか。」

「ないない!今はない!」

「今は、って。もう。いいや。で、プレゼント。もらうなら?」

「なんだろなー。なんだろ。あ。バスタオルとか。」

「へ?タオル?意外!なんでなんで?」

「ちょっとエロくない?俺のお風呂姿想像して買ってくれたの?みたいな。」

「なにそれー!発想が色々とおかしいんですけど。笑。」

「よくない?いいと思うんだけどな。あ。使っていいよ。これ。」

「使わないですよー。あ、でも本当に迷う時あったらそれ、お借りします。」

「どうぞ。」


じゃ、俺戻るわ、と言って高木さんはまたブースの奥に戻っていった。


私は高木さんから渡された紙袋を開けて見た。すると、中には鍵とメモが入っていた。

『うちに居てくれませんか?』

わお。なんだろ。胸の奥がキュンとした。尚さん、どうした。敬語で書いてくるとか。新しいな。

仕方ない。行ってやるか。

ゴハンをまずはどこで食べるか、だな。。ま、でもまずは尚さんのラジオ終わるまではいてやるか。

 ラジオはちょうど曲がかかっていて、尚さんがブースの中から外をきょろきょろしている様子が見えた。

 これこれ。仕事に集中しなさいってば。

 私のこと見えるかな―。紙袋受け取ったよー。家行くよ―。心の中で呟きながら、小さく紙袋を持ちあげた。見えるかな―・・・

 そしたら一瞬、尚さんと目が合った気がした。

 ま、いいや。後でメールでも入れとこう。

 


「失礼しまーす」

カチリと音を立て鍵が開き、見慣れない暗闇が目の前に広がった。

尚さんの家に来るのは初めてじゃないけれど、一人で入るのは初めて。ちょっと緊張する・・・

玄関の電気を探りながらつけて、恐る恐る上がって靴を横にそろえた。リビングまでの数歩を足音をたてないようにそっと歩いた。

 リビングの電気をつけると、やたら部屋がすっきりしているように見えた。

 ソファに座って尚さんにメールを送る。

『お疲れ様。家着いたよ。』

 メールを送ってからソファの背もたれにもたれてみた。けど落ち着かなくてすぐに起き上がってしまう。どことなく尚さんの香水の匂いがするから余計に、本人がいない違和感を感じさせる。テレビでもつけようかな。・・・いや、違う。あ。手洗おう。うがいもしとこう。カバンからハンカチを取り出し、洗面所へ向かう。

 手を洗い終わって、さて、なにしよう・・・いよいよ何をしたらいいんだかわからない。テレビ・・・だね!困ったらテレビだ!

 テレビから聞こえてくる音をバックサウンドに、背中がソファに沈み込んでいくのを感じた。尚さんいつ帰るかな・・・お帰りって言いたいな・・・

 



「ただいまー」

シーンとした玄関。足元にそろえられている靴で、かろうじて悠が来ているのが分かる。

 もう1時過ぎてるしな。寝てたりして。

 静かにリビングのドアを開けると、テレビが小さく聞こえてきた。ソファに目を向けると、背もたれの方に頭を押しこむようにして、横向きに寝ている悠がいた。そんなで寝てるから、下ろしたクセっ毛の髪が顔にかかって、全然目が見えない。

「貞子かっての。」

 さすが悠。笑わせてくれる。


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