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手をのばせば  作者: 長岡青
7/11

耳で会った

 海の帰り、圭介の車の中で延々とかかっていたバラードの歌い手。なんか心地よかった。

「これ何て人?」

「ん?何?」

「これCD?」

「ああ。これ。いいっしょ?眠くなるっしょ?NALUっていうの。」

「NALU?知らないや・・・」

「悠の前のとこ開けてみ。CD入ってたハズ。」

 圭介に言われて、私は目の前のダッシュボードを開けてみた。何枚かCDが無造作に突っ込まれていたけど、その一番上に目指す○○○○のCDがあった。

「もう解散しちゃったんだけどさー。男二人のグループでさ、これ、カラオケで歌うと、女の子おちんの。」

「・・・は?」

 こいつはこんなことばっかり・・・。

「歌詞とかさ、キュンキュンくるの。」

 歌詞カードを広げてみた。今聞こえているのは・・・これか。

 ・・・ほんとだ。なんだろ。キュン。恋愛・・・失恋しそうな感じの曲なのかな。

「いいっしょ?」

「これ圭介歌えんの?こんな歌うまいの?」

「ほうほうほう。これは俺に落とされたいわけね。うん。いいよ。悠ちゃん。今度カラオケ行こう。密室でたっぷり聞かせてあげましょう。」

「うわー。楽しみすぎるー」

「棒読みすぎる―」

 スピーカーから流れてくる音は、本当に心地よくて、思わず聞きいってしまう。

「今歌ってよ。」

「今?」

「今!」

 えーっと言いながら、圭介はCDに合わせて小さく口ずさみ始めた。今流れているのはちょっと可愛い感じのメローな曲。高音のところで少し声が裏返る感じがなんだかセクシーだ。ちょうど1フレーズ歌ったところで、後ろのシートから大きな音がした。後ろのシートを振り返ると、大樹がありえない方向に首を曲げて爆睡していた。どうやら座席から荷物を蹴落としたらしい。

「終わり!」

「ん。」

 ちょっと照れたように無理やり終わらせた。CDからは曲がずっと流れている。圭介の横顔はちょっと赤くなっていた。

「いいねー。」

「恥ずいんだけど!」

「圭介におとされる女の子の気持ちがちょっとわかった。」

「いやいや。まじなとき、もっと真剣にやるから!」

「マジな時ってなんだよ!」

 私は大爆笑だった。危ない危ない。これは素でいたら圭介におとされる。確かに圭介の歌、聞いてて気持ちよかった。これ、カラオケでガチで聞いたらやばいかも。ってか、照れてる圭介が無駄にかわいい。

「もうこれおしまい!」

 そう言って、圭介はスマホに切り替えてアップテンポの曲をかけ始めた。

「照れてるし―。」

「照れるわ!」

 ハンドルに覆いかぶさるようにして前のめりになって運転をし始めた。あ、サーファー。ロング積んでんじゃん。小さくつぶやいているのは、やっぱり恥ずかしさを隠そうとしているのか。 

・・・こいつ、無駄にかわいいな。

人懐っこい圭介の、意外な一面を見たような気がした。



 地元までは残すところ1時間くらいだろうか。何もしゃべらない時間ができた。

 流れる車を見ていたら、私もちょっと眠くなってきた―――――


 帰宅して、ウエットスーツを干しながら、PCを立ち上げ、無意識にyoutubeを立ち上げていた。さっき、圭介が歌ってたやつ、もう一回聞いてみたい。

 いわゆるこれがネットサーフィンってやつ。

 なんでも好き嫌いしないで聞くけど、それこそクラシックからアイドルまで。さっきの、なんだったけ・・・。そうNALUだ。youtubeにあるのかな。お。あるじゃん。ライブ音源っぽい。

 私はイヤホンを装着して聞き始めた。


 ・・・なにこれ。いいじゃん。シンプルなバンド構成で、声がすごくステキ。一曲目からしていい。これさっきは聞かなかったかも。次のヤツはカバー曲か。おー。これもいい!ちょっと久々にヒットかも。音も安心して聞いていられる感じもいい。ライブだからちょっと外れるところとかも心地よい。

 ってかこんな人いるの知らなかった・・・いいじゃん。

 サーフィン疲れも忘れて、食い入るようにPCの世界に入っていった。



 次の日も帰ってきて、私は真っ先にyoutubeを立ち上げた。昨日聞いた曲が頭から離れなかったんだもの。


 解散したって言っていたよな。もう歌っていないのかな。解散して一人はまだ歌い手やってるんだ。この人の声好きだな。

 ちょっと検索してみる。

 CDは出てないのか。

 あ。今度ライブあるのか。いつ・・・って来週末じゃん!どこどこ?!都内か。チケット情報・・・ってチケットまだ取れるじゃん!

 行っちゃおうかな。いやいや。そんなミーハーでしたっけ?私。

 でも・・・私、なんで今ここにいるんだっけ。何に対しても後悔したくないって思ったから、今、ここにいるんじゃなかったけ?大げさかもしれないけれど、やろうと思った事、やりたいと思った事、片っ端からやらないと。

 ・・・でも、さすがに昨日の今日で、ちょっと早急すぎないか。

 うん。チケットの締め切り・・・明後日、か。よし。明後日なってもまだチケットが余っていたら予約しよう。そうしよう。それでだめならあきらめよう。




 ライブの前日、何を着ていこうから、すごく迷う。ってデートの前じゃないんだから。

 昼間だけどライブの見れるお酒が飲めるところってことだよね。そこそこちゃんとしたとこだよ・・・ね?スニーカーじゃ行けない。

 日焼けしている私にとっては、オールブラックのセットアップがすごくキレイに決まる。けど、ライブ会場ってことは、ステージ以外って、暗いよね。暗いところでブラックって、不気味・・・ってことは白・・・だな。どんなかわからないからパンツにするけど、ネイビー・・・でいっか。薄手のジャケットもネイビーにしよう。ジャケット着ればセットアップっぽくなってちょっときちっと見えるはず。だけどこのままじゃオフィスワーカー見たくなっちゃうから、バックだけはちょっと夏っぽいクラッチバックにしよう。

 って、なんでこんな、着てく服にこんな悩んでんの?ホント。ま、海以外に行くことがそもそも少ないしな。仕事もオフィスカジュアルだし・・・。なんなら車移動も多いからスウェットのことも多いしな。

 たまにはこういう格好する自分もいいよね。

 緊張するな。でも。

 楽しみだな。


************



 あーよかった!本当によかった!行くまで、自分が楽しめるか不安だったけど、このライブ、来てよかった。

 初めて行ったライブ。解散前からのファンの人も多いみたいで正直怖かった。知らない曲ばっかり。少しだけyoutubeで聞いた曲があったのが救いかな。音が良くて、自然に身体揺れる感じ。生バンドの音、久しぶりに聞いたかも。心地よい。

 立ち見で良かった。彼の目の前で聞いていられた。まるで目が合って、ずっと私の方を向いて歌ってもらっているような感覚だ。贅沢。


 終わってはけるとき、観客の何人かがハイタッチをしていた。にわかファンで申し訳ないけど、私も乗じてハイタッチしてみた。

 ライブ終わりの手の温かさと、久しく感じたことがなかったような温かさを感じたような気がした。すごく嬉しくて、バンドの人が見えなくなるまで、本当に拍手が止められなかった。

 拍手の意味。

 ――――称賛。


 アンコールになって、また出てきてくれた。嬉しかった。まだ聞いていられる。この幸せな時間の中に身を置いていられるのなら。それはとても幸せなこと。


 アンコールまで終わって、帰る時。歌い手さんが一人一人、出口でお見送りしてくれるスタイルらしい。すごくステキな時間を経験させてもらった後で、彼に対し、何を言っていいのか。本当にステキだった。それを伝えたいけど。持ち前の人見知りが発動してしまい、思ったように口にできない。それに、一人で来ているから、ドキドキしっぱなし。

「すてきでした。ありがとうございました。」

 それを言うので精いっぱい。本当にすてきだった。

「ありがとうございました。」

 優しく微笑んで握手をしてくれた。―――三浦悟さん。それが歌い手さんの名前。



 なんでだろう。よく分からないけれど、また会える気がした。また歌を聞きに来れる気がした。


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