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手をのばせば  作者: 長岡青
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ふざけたやつ

ふざけたやつ


 変なヤツ。

 初めて会った時、私があいつに思ったこと。

 後で聞いたら、あいつも同じことを思っていた。というより、初めてあった時のことはほとんど覚えていなくて、二度目に会った時の印象が強かったらしい。何考えてるのかわからないし、絶対かかわらないでおこう、と思ったらしい。

 初対面あんなだったのに、よく言えたもんだ。こっちのセリフだって話。

 

 昼過ぎにきた美園からのゴハンのお誘いに乗っかって、夕方から二人で会うことになった。

 美園と会うのは久しぶり。学生の頃に何回か行ったことがある居酒屋に入った。休みの日だからか、いつもより早い時間なのラフな格好をした人たちで店内は混みあっていた。

 カウンター席に通されて、まずはビールに枝豆、もろキュー。うまみキャベツも忘れることなく。メニューを覗きながら、早速きたビールで乾杯。

「最近ご無沙汰でしたね。」

「ほんと。なんでだろー?」

「いやいや。あなたがドタキャンしたでしょーよ。」

「憶えていました?」

「もちろん。」

「悠、急に連絡くれるんだもん。ま、いつでも歓迎ですけど。」

「美園いいやつー!!」

 

「でさ、最近悠は何やってたの?」

「ん?まーいろいろと。」

「全然伝わらないんですけど。」

 美園がジョッキを両手で持ちながらちらっと私を睨んだ。

「あ、これ食べたい。すみませーん!美園、何か追加ある?」

 店員さんへ声をかけつつ、目はメニューへすぐ戻す。

「うーん。お肉も食べたくない?」

「焼き鳥?塩がいい。」

「卵焼き食べたい。」

「おっけ。じゃ、このチーズ焼きと、焼き鳥盛り合わせの塩、あと・・・あ、卵焼き。これで。」

「ひとまずそれでお願いしまーす。」


「美園は最近どうなのよ。直人さん元気?」

「元気だと思うよー。」

「え、何それ。ケンカでもしたの?」

「ケンカじゃないけど・・・私と直人さんじゃケンカにもならない感じ。最近、あんまり話してないんだ。」

「え、そうなの?」

「うん。でもね。いっつも朝ごはんとお弁当は作って置いておいてくれるの。」

「何それ!最高じゃん!」

「だからこそ、だよね。ごはんは美味しいし、お弁当も美味しいの。でも直人さんと話してない、っていうね。なんか切なくなるわ・・・」

「・・・贅沢なこと言ってますけど。」

「・・・分かってますけど」

 美園から聞いたことがある。十歳年上のダイニングカフェで料理をしている直人さんに胃袋をつかまれた、と。もう一緒に住み始めて三年くらいたったはず。美園のSNSで見たお弁当の写真は、かわいらしいサイズのカラフルなおかず。見るからに女子が作ったような、丁寧なことがうかがえる代物だった。美園にそんな器用なことができないことを知っている私には、美園が作ったのではないことは一目瞭然で。いいな。私もあんなお弁当作ってくれる相方がほしい。

 そう思った事をよく覚えている。



「なに?オレンジ食べれないの?」

デザートのチョコレートケーキを頼んで、お皿の横にのっていたオレンジだけ残してフォークを置いたところで、そんな声が聞こえてきた。・・・様な気がした。

美園は電話がかかってきて席をはずしていた。

 知らない人に話かけられることなんて、あまりないわけで、まさか私に言われたとは思わず、空耳かと思っていたら。

「ね、オレンジ食べれないの?」

 空耳ではなかったらしい。カウンター席の隣の人が話かけてきた。

 「ですね。」

 声のする方へ顔を向けてみると、あらステキ。

・・・いや、だいぶ顔赤いぞ。コイツ。大丈夫か?

「なんで?オレンジ嫌いなのー?」

「嫌いなわけでもないけど。」

「ふーん」

そのまま私に向けた顔を正面に向けて、ビールを飲み続ける隣の人。

なんだコイツ?


「すみません。コイツ気にしないでください。」

 カウンターの中にいたエプロンをしたお兄さんがちょっと困ったような顔をして私に話してきた。

「酔ってるみたいで。」

「うん。酔ってる。ね、俺にもこのお姉さんが食べてるのと同じやつ。あとビールも。」

 カウンター越しに空いたビールジョッキを渡しながらエプロンのお兄さんにそう告げた。

「ビールにチョコって合うのかな・・・」

 私が聞こえるか聞こえないか、小さい声で呟くと、また顔の赤い隣の人がこっちを向いてきた。

「合うの。ビールとチョコ。」

「お前の場合は単なるビール好きでしょ。」

 カウンターの向こうからビールジョッキが差し出された。

「そうでしたー。」

 ニコニコしながらビールを受け取る顔が赤いヤツ。

 ついで差し出されたチョコレートケーキを受け取り、フォークでつつきながら、あまー、っと相変わらずニコニコとつぶやくヤツ。

 私がそいつをじっと見ていると、ちょうど美園が戻ってきた。

「どうしたの?」

 私にだけ聞こえるくらいの声で美園が聞いてきた。

「ん。この人に話しかけられただけ。」

「ふーん。」

 私は美園の方に向き直し、ヤツを視界から追い出した。

「電話大丈夫?直人さん?」

「ううん。弟。」

「そっか。そろそろ出ようか。すみません。お会計お願いします。」

 美園の返事も待たず、椅子にかけていたコートを手にとって、カウンターの先のお兄さんへ声をかけた。


 お会計をして席を立つと、隣のビール好きがこっちを向いてきた。

「何か?」

「やっぱりさ、チョコとビールは合わないみたい。」

「でしょ?」

「ほら。お客さん帰ろうとしてんだから、お前、邪魔しないの。すみません。ありがとうございました。またどうぞ。」

 ちょっと困ったような顔をしたエプロンのお兄さんに促されるようにして、私たちはお店を出た。


「ね、何あの人?かっこよかったけど。」

 駅までの道を歩きながら美園が言う。飲み屋街でもあるこの場所がら。あっちでもこっちでも、楽しそうな声が聞こえてくる。

「良く分かんない。なんか急に話しかけてきてさ。すごく顔赤かったし、酔ってたんじゃない?」

「確かに。すごく顔赤かった。」

「悠がナンパされたのかと思った。」

「まさか。そんなわけないない。」

 歩きながら噴き出してしまった。白い息が宙に舞った。

「えー。悠こんな可愛いのに。」

「美園ちゃん。年を考えなさい。年を。もう可愛いなんて年でもないでしょう。」

 苦笑いしながら美園を見ると、そう?と言いながら腕を組んできた。歩きながらくっつかれると、歩きにくくて仕方ない。でも今日はそれすら楽しい。程よく酔っぱらってる感じ。

「あんたは大丈夫。直人さんが可愛いって言ってくれるよ。」

「・・・最近言われてなーい」

「それ以前に話してなーい。」

 美園に次いで、私も声を出す。

「直人さんに会いたーい。」

「抱きしめられた―い。」

「ぎゅーってされたーい」

「チューされたーい。」

 腕をぐいっと引っ張られて一瞬立ち止まった。

「ちょっと!悠がなんでそんなこと言うのよ!」

「美園の気持ち?」

 ふっと息だけで笑って、一人ですたすた歩き出したので後ろから歩いていくと、直人さんにちゅーされたいーと叫ぶ美園。酔っ払い。恥ずかしいヤツ。大丈夫か?いい大人が。

 でも楽しい。

 久しぶりに会えた友達と、こんなこと。


「じゃね。また。」

「うん。気をつけてね。」

 改札口に吸い込まれていく美園を見送って、私は駅を背に歩き出した。お店とは別の方向だけれど、ここから歩いても十五分もかからない私の家は、一駅先が最寄駅だ。ちょっと寒いけれど、せっかく空がきれいなんだから、歩いて帰りたい。

 今日はいい波乗れたな。来週はあるかな。来週は朝から行けるかな。なんか予定あったけ?ないよな。うん。ない。ってことは来週は土日とも海行けるわ。

 そんなことを考えながら、ぼんやり歩いていると、左手に見えたコンビニから、一人の背の高い人が出てきて、ぶつかりそうになった。

「・・・っごめんなさい。」

「スミマセン。」

 同時に呟いて、立ち去ろうとすると、後ろから声が投げかけられた。

「あー!さっきのオレンジのお姉さん!」

 ・・・ん?

 振り返って声の正体を見ると、さっきのチョコビール男。

 げ。

「また会ったねー!」

 来るな来るな酔っ払い。まだ顔赤いじゃんか。座ってた時はわからなかったけど、背高いじゃんか。

 知らないふり。知らないふり。

 早足で立ち去ろうとする私に、さっきと変わらずニコニコしながら早足で近づいてくる。

 何これ!気持ち悪いんだけど!!

「オレンジさんちここらへんなのー?」

 私の必死な想いを知ってか知らずか、早足でついてくるチョコビール男。

 早いんだけど!私、必死で歩いてるのに、こいつ何?余裕でついてくるんだけど!

「ねーねー聞こえてるー?」

 あーうるさい!必死に歩いてるっつーの。なんだこれ。競歩か?

 だんだん馬鹿らしくなってきて、私は立ち止った。

「ついてこないでよ!」

「だって俺んちもこっちなんだもん。」

「聞いてないわ!」

「オレンジさん関西の人?」

「は?」

「これってボケつっこみ?」

 一人でケラケラ笑いだす変な奴。・・・相手にしない方がいいな。

 私は再び前を向いて歩きだしだ。

 冷静に考えれば、変なヤツがいたとき。家に帰ろうとするのではなくて、さっきのコンビニに駆け込むなり、やりようはあったはず。そんなまともなことを考える発想に至らなかったのは、それなりに私も酔っぱらっていたのかもしれない。

「オレンジさーん。またねー!」

 どうやらもうついてくる気はなくなったらしい。後ろから叫ぶ声に振り替えることなく、私は走りそうな勢いで歩いた。

「オレンジさーん!」

 後ろから変な声が聞こえ続けている。

「オレンジさーんまたねー!!」

 ・・・うるさい。近所迷惑すぎる!警察に通報されてしまえ!

 三度目の声が聞こえてきて、私はいよいよ走り出した。

 こんなヤツ。関わるもんか!!!


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