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手をのばせば  作者: 長岡青
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なじみのメンツ

なじみのメンツ


 冬場のサーフィンから帰ったら、熱いシャワーが欠かせない。ほかほかしたまま携帯を覗き込むと、ショップの店長から連絡が入っていた。

『鍋やるからおいで。』

 店長やさしい。いっつも優しい。厳しいこともいっぱい言われるけれど。店長に誘われたら行かないわけにはいかない。

 一人鍋は・・・また今度だな。

 買ったやつ、持って行こう。

 寒いな。外出たら寒いよな。

 窓から外をのぞくと、もう真っ暗で、冬の日が短いことを思い知らされる。

 ダウンジャケットを着こんで、またもやニット帽かぶって、マフラー巻いて、手袋して。足元はムートンブーツ。これ、サーファー御用達。それでも冬の外、自転車で出かけるにはなかなか勇気が必要。サーフショップもご近所だし、仕事で車を使う以外は、以外と自転車で全て済ませられてしまう。便利な土地柄だ。

 

 サーフショップに着くと、メンツは集まってきているみたい。お店の前にはチャリが数台止められている。なじみのメンツのやつすぐにわかる。黒のビーチサイクルの中に私の水色のビーチサイクル。やっぱ海と言えばビーチサイクルが便利なわけで。特に最近、黒が多い。そんな中、私の水色のビーチサイクル。うん。目立つ。絶対酔っ払いに乗って変えられる心配なし!

「おー来たか―!」

「こんばんわー!」

 迷わずバックヤードに行くと、店長・哲弥さんが仕込みの真っ最中。

「哲弥さんこんばんは。」

「お。悠来たか。」

「ねー、これも消費できる?」

「いいね¬ー。あ、シメジあるじゃん。買ってきてなかった。さんきゅ。」

「よかったー。あ、ビールもらいまーす。」

「おうよ。」

 私は冷蔵庫を開け、ビールを一本取り出し、目の前の豚の貯金箱に200円を入れた。中学の頃から通いなれたショップゆえ、ルールは熟知している。ジュース一本100円、ビールとエナジードリンクは一本200円。冷蔵庫から取り出したら自己申請でお金を払う。常にビール大好き哲弥さんが補充してくれているから、ここが空になったことはない。

 缶をプッシュっと開けて一口。寒いし身体は冷え切っているはずなのに、のどの奥を熱いものが流れ落ちるのが心地よかった。そのままぼーっとしながら哲弥さんがサクサクとネギを切る音を聞いていた。

「悠、俺にもビール。」

「はいよ。」

 どうやら鍋の仕込みは終わったらしい。私はビールを冷蔵庫から取り出し、手渡した。それを飲みながら、哲弥さん今度はかぼちゃを切りだした。

「かって。なんだこれ。」

「一回電子レンジでチンした方が切りやすくない?」

「そうなの?悠、パス。」

「これ何用?」

「・・・サラダ?」

「ポテサラ的な感じ?」

「いいね。」

 何も考えてなかったんかい。この兄さん。それにしてもずいぶん立派なかぼちゃだこと。

 私はビールを置いて、かぼちゃを大きめのラップでくるんで、そのまま電子レンジにつっこんだ。それが終わるとまたビールを片手に鍋の調子をぼーっと眺める。

「哲弥さん、沸いてきたよ。」

「おう。」

 お店の方へ出ていた哲弥さんがバックヤードに顔を出すと同じくして、電子レンジから終了をつげる音が無機質に聞こえてきた。

 近くにあったタオルを適当につかんで、湯気にくるまったかぼちゃを取りだした。あっち。無意識に声がもれる。軽く触ってみると、ほどよく柔らかくなっている。うん。これなら切れそう。ラップの上で、かぼちゃに包丁を入れると、サクッと刃を飲み込んだ。

「なるほどね。切れるわけだ。」

「でしょ?」

 大皿に小さめにカットしたかぼちゃを並べて、ラップをかけてもう一度電子レンジにつっこんだ。ちょっとだけ水をかけるのも忘れることなく。もう一回チンすればいい感じに柔らかくなるだろうな。

 包丁を洗ってついでに流しに置かれたごみを片付けている間に、ほどよく甘いかぼちゃの幸せな匂いが漂ってきた。

 ほくほくのかぼちゃにはマヨネーズがよく合う。塩コショウしたうえに、マヨネーズをぶわっとかけて、次いでに冷蔵庫にあったアーモンドも砕いて上に散らしてみた。うん。これだけで絶対うまい。うん。味見・・・うまい!

 私がそんなこんなでかぼちゃに手をかけている間に、どうやら鍋は完成したらしく、哲弥さんによってバックヤードからお店の方に持って行かれた。やばい。このままでは食いっぱぐれてしまう。空になった缶をゴミ箱に放り、二本目のビールとかぼちゃを持って、いそいそと私も店内へのドアを開けた。


「おう。これ。食え。」

 お皿をテーブルの上において、いつの間に登場していのか。大樹に渡されたお皿を受け取り、隣に無理やりお尻をねじ込んだ。鍋の周りには常連のメンツが5人、そろって、無言で鍋を食べている。

 お店の角に置かれた決して大きくないテーブルを囲むように置かれた2台のベンチ席に、齢30歳前後の輩が集まって無言で鍋を食べている姿は異様だ。しかも皆、なまじサーフィンなんてやっているから、身体がイカツイときている。

「狭いんだけど。ケツでかくね?」

「気のせいです。」

 私の飲みかけビールを奪って飲む大樹をにらみながら、私は鍋をすすった。うまい。あったかい。幸せ。

「悠、これうまい!」

 さすが哲弥さん。すぐに声をかけてくれる。

「だよね。かぼちゃがちょうどホクホクで。」

「俺持ってきたヤツ。」

 食べながら、仲間の一人が声を出す。コイツのおばあちゃんは農家だから、たまにいい感じの差し入れをくれる。


「今日さ、セット胸っくらいでさ、いい感じだったよ。」

「夕方?朝イマイチだった。オンきつくて。」

「夕方。ホント、日が暮れる前。」

「正面?」

「うん。地形もいいっぽい。」

「砂付いたかも。」

「明日、朝には落ちっかもな。」


 ふと話がはじまると、出てくるのはサーフィンの話になる。季節を問わず海に入る私たちにとって、地元の波の善し悪しは大事で、挨拶代わりにその日の波情報を話すことも日常のことだ。

 波のできる条件はいろいろある。沖合で吹いた風で海の表面がさざめき立って、それが徐々に重なり、陸地へ着くに従ってまとまり、やがて遠浅の海底にぶつかってサーフィンができるうねりを伴った波となる。沖合で吹いた風といえば、台風が最たるものだが、冬のこの時期、そんなことはあるはずもなく。西高東低の気圧配置が多い冬のこの時期、私たちの住んでいる太平洋側のこのポイントへ波をとどけてくれるような風は貴重だ。

 沖合から運ばれた波のうねりは、浜辺に近い所の海底にどういう風に砂が溜まっているかで角度が変わる。うねりの角度次第では、サーフィンがやりやすい、やりにくいとなってしまうわけで、それゆえに、私たちサーファーは、より海底の地形がいいサーフポイントを求めてしまう。海底が砂浜、いわゆるビーチである地元の海は、先日降った雨で、川から多量の雨とともに砂が海に流れてきたようだ。それで地形が変わった、というのはよくあること。

 波は一つとして同じ条件でできることはない。だからサーフィンは面白い。


 サーファーの会話なんてこんなもんだ。鍋をかっ食らいながら、話すことなんて、今日の波の話。これからの波の話。それだけで延々と話続けられる。


 集まった5人は、サーフショップ店長の哲弥さん、内装屋の大樹、会社員の英太、車屋の和也、そして私。私たちは幼馴染だ。中学の頃からサーフィンをやっていた私たちは、いつも海で会う友達だった。海以外では学校も違うし、なんなら私は海から離れたところに住んでいたから、サーフィン以外で会うことは少なかった。ただ、毎週土日の午前中は必ず会うし、夏になれば、平日の夕方も海で会う。そんな仲間だった。大人が多い環境だったから、必然的に子供は子供で集まるようになって、試合で会えば負けん気満々でバトルして、いつの間にか、会えば話す仲になっていた。

 

 成長するにつれて、サーフィンから離れていく仲間、引越してしまう仲間がいたりして、結局残ったのがこの5人、という感じ。前はもう少し女子もいたのだけれど、まあ、気づけば三十歳にもなるわけで、結婚した頃から少しずつ海から離れ、ママとなった今では、なかなか海に来ることが出来ない子もいる。そんな中。この五人、相も変わらずこうして集まってはこんなことばっかりしている。ちょっと兄貴分の哲弥さんが、オヤジ様がやっていたサーフショップを引き継ぐ覚悟で店長になってくれたことが幸いし、そんな私たちのたまり場は確保されているわけだ。


 生きていく上では色々なことがあるけれど、それでも幼馴染って大事で。会えば大概のことはどうにかなるように思えてくる。

 多分、このまま年をとって、ジジババになって、そうなってでも、やれあの波がいい、この波がいい、って言い続けるんだろうな。




「暑い。」

 英太が呟きながら立ち上がり、窓を小さく開けた。冷たい空気が一気に流れて、熱気が部屋から逃げた。

「どうする?しめる?」

 英太がお玉で鍋をさらいながらつぶやいた。

「まだ残ってんの?」

「白菜は切ればある。他は食べきっちゃった。」

「じゃ、しめで。」

「ゴハンは?」

「炊いた」

「英太。」

 哲弥さんの一言で、英太はしめを作るべく、鍋を持ってバックヤードへ消えた。目の前のテーブルには私が作ったかぼちゃのサラダだけが残った。とたんにみんなして箸を伸ばしだす。全く素直な奴らだ。

「うまいじゃん。」

「言うの遅いし。」

「ばあちゃんのかぼちゃだもん。」

 無意識にビールを飲みながら、かぼちゃをつまみながら。ただ鍋のしめが出来上がるのを待つ。なんて平和なんだ。平和すぎてビールが進む。和也が立ち上がって、ビールを6缶パックごと持ってきた。

「飲むっしょ?」

 誰もなんの返事もせず、大樹がただ、ビリっとパックを破いた。

 なんて平和な休日の夜。なんてビールがうまいんだろう。





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