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手をのばせば  作者: 長岡青
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地元波

地元波


 仕事を片付けよう、と思って、朝からパソコン作業に没頭することにした。日頃の仕事のせいにして、事務仕事を放っておいてしまいがちなのは悪い癖で。まずは使った経費の領収書まとめ。失くしちゃいけないこれらは、バックの中の決まった居場所に保管しているから簡単だ。まとめてクリップでとめて、いよいよ報告書の作成にかからなければ。出社を待ってもいいけれど、少しでも進めておきたい。

「よし。」

 コーヒーを入れて。IPodをつないで。気分を上げて。波情報を見て、波のアップがないことも確認して。


 私はとある機器メーカーの研究職についている。仕事の中では、決して近くない共同研究先の大学とメーカーとを行ったり来たりしながらデータ取りをしている毎日だ。大学がなかなか辺鄙なところにあるがゆえ、車での移動も許可してもらっている。一度、試験が開始されてしまえば、数週間は帰れないこともしばしばだ。おかげでホテル暮らしも手慣れたもので、私の車の中には常にお風呂セットが入ってるし、荷物をまとめるのだって手慣れたものだ。


 気づけばお昼を回った頃。くしくも世間は土曜日の真っ最中。テレビをつけたら関東ローカルの情報番組でほっとした。

「・・・お腹すいた。」

 ランチにでも行くか。

 仕事がら一人ランチには慣れているけれど、それはラーメン、ファミレス、牛丼屋、ちょっとしたパン屋くらいの話。ちょっと美味しいお肉を出してくれるレストランは無理。一人じゃ入れない。もちろん家の近所も例外ではないわけで。本当はなじみのレストランを作りたいのだけれど、未だ達成出来ずにいる。

 

 自転車に乗って、なんとなく走り出しながら、今日のお昼はパン屋さんに行こう、と決めた。

 よく買うカレーパンと、もうひとつ。シナモンロール。

 飲み物でカフェオレをつけてもらって、店内になんとか席を確保する。

 昼時だからか、結構お客さんもいて、賑やかな店内。

 カレーパンをかじると、中からとろっとカレーが出てきて、ついで、大きめにカットされたジャガイモが顔をのぞかす。これが美味しいんだ。カレーがちょっと辛めで、お芋の甘さが最高にマッチする。

 美味しいモノを食べると自然とニヤニヤしてしまうのはご愛敬。

 シナモンロールは久しぶりだな。上にのった真っ白なアイシングが濃いから、ぱっと見、すごく甘そうだけど、これはそんなことない。巻いてある生地をほどくように食べていくと、口に入れた瞬間にぱっと広がって消えるアイシングの甘さがたまらない。

 あー。あっためてもらえばよかったかも。いや。でもパリパリしているアイシングもおいしいよなー。

 食べ終わってぼんやりと店内を見渡す。

 さて。これからなにすっかな。

 仕事はまだ残りがあるけれど、せっかく外に出てきたし、このまま家に帰るのはなんだかもったいなく思えてきた。

 さーてなにしよっかな。お買いものに行こうかな。あ。そうしよう。冷蔵庫の中空っぽだし。なんかキノコ食べたい。うん。そうしよう。夜は鍋しよう。呼んだら誰か来るかな。・・・いや。今日くらい、一人鍋しよう。静かにしていよう。たまにはこんな日もあるってことで。


 パン屋さんから一番近いスーパーに寄って買い出しして帰ることに。

 白菜にシメジ。春菊とニンジン。あとはスープもいるね。何鍋にしようか。豚肉入れて、ミルフィーユっぽくするのも美味しいかも。ショウガも欲しいな。

 出張用に青汁も買っとこうかな。やっぱ野菜足りなくなりがちなんだよね。ジュースより青汁の方が、いかにも野菜とりました!って思わせてくれる。

 

 お会計を済ませてスーパーの外へでると、昼過ぎとはいえ、まだ冷たい風に思わず首をすくめた。荷物をチャリのハンドルにかけて、漕ぎだそうとしたとき、見知った顔に気がついた。

(はる)じゃん!」

大樹(だいき)じゃん!」

 声がそろった。

「お前今日入った?」

「ううん。仕事してた。」

「夕方入んべ。」

「・・・おっけ。」

「おうよ。じゃーな。」

 手を挙げてチャリを漕ぎだした大樹を見送って、私も家の方へ漕ぎだした。

 大樹、スケボ持ってたな。いつもんとこ行くのかな。パークとは逆方向だしな。


 サーファー同士の会話はいたってシンプル。真っ先に出てくる言葉は、波がどうだったのかを聞く単語だけ。単純に海に入りたくて仕方ない連中ばかりだから。もし、自分が海に入れない時、相手が入っていたのを聞いたら、何となく気分落ちることも日常で。特に自分が遠出している時、地元の波が良かったりすると、本当に落ち込む。そんな時に限って、仲間たち。SNSに波情報を上げてくれる。だから、忙しいときとか、SNSは見ないに越したことはない。精神衛生は大事だもの。

 仕事で海に入ることはあっても、地元の海はご無沙汰だ。冬のこの時期。太平洋に面した我がホームポイントは、サイズアップすることがあまりなく、上がるのを待ちわびている輩ばかり。今日に限っては、午前中から吹いていたオンの風が午後になっていい感じの波を作り出してくれいるようだ。

 私もサイズアップを待ち遠しく思っている一人であるわけで、仕事の合間に、波情報をチェックしていた。

 冬のオン。寒いし辛いことこの上ない。でも、入りたい気持ちはあった。

 大樹の一声は、まさに背中を押してくれた。

 一人だったら、何かと理由をつけて、行かなかったかもしれない。けれど、行かないとイライラしてただろうし、ましてや仲間から波情報が送られてきた日には誰かに八つ当たりしていたかもしれない。

 よし。行こう。



 夕方になって、いつものポイントに来てみた。家が近い私は、家からウエットを着こみ、板を自転車に乗せて行く地元スタイルだ。と言っても、やはり寒いので、ポンチョを来て少し防寒してみる。頭だってニット帽をかぶってみる。

 冬だもの。寒いに決まってる。


 自転車にを止めて波をチェックすると、誰だろう、すごくうまいヤツが入っている。腹サイズの波に、テイクオフしてすぐのトップアクションでスプレーを飛ばし、カットバック。見ごたえのあるライディングを見せてくれる。

 仲間なら、そのシルエットや、ウエットで何となく誰なのか分かるけど、あまり心あたりがない。

「よう。悠。」

 ちょうどそこへ大樹も到着。ヤツも自転車のご近所スタイルだ。

「波どうよ。」

「いいんじゃない。面きれいだし。」

 私の声が聞こえているのか、ひたすらに波を見る大樹。

「いいじゃん。入んべ。」


「あの人知ってる?」

 板を抱えてビーチへ降りながら大樹に問うてみる。

「え?誰?」

「あの人。あ、今乗った。レギュラーの。あれ。」

「・・・ん?あー・・・あ。翔平かな。」

「知り合いなんだ?」

「最近ね。元々、あっちの方で入ってたらしいよ。」

「ふーん。」

 大樹が指差すのは隣のポイント。なんだ。うまいじゃんか。近くで見てみたい。

 リーシュをして、いざ海へ入っていく。パドルをしながら近づくと、見慣れた仲間が入っている、ということで、安心が心を満たしていく。

「おう。悠!」

「こんちはー!」

 海仲間。世代もこえて、ただの海好きな仲間。小学生もオヤジ様も、年齢なんて関係ない。波を読めて、周りの波回しにも気を配れるような、うまい人だけが、「すごい人」としてみんなから尊敬の目で見られる。その場では、そういう人が一番偉い人。

 ラインナップの端っこにたどり着いて、周りを見て自分のタイミングをうかがう。セットが来て、ピークから人が減った時に、パドルして、ピークに近づく。

 入ってみると、思っていたよりもサイズがあるみたい。少し流れが入っているみたいで、気づくと少し流されている。波待ちをしながら、少しパドルで移動した。その合間に知り合いを見つけて挨拶してみたり。

「何時から?」

「さっき。まだ一本も乗れてません。」

「そっか。そっか。風止んできてよかったよなー。」

「朝入ったんですか?」

 と、そんな会話の途中で、セットが来た。今までの会話なんてほっぽり出して、みんな一斉にピークに向かってパドルをし始める。誰がピーク?うん。私かも。思いっきりパドルをしてフロント方向にテイクオフした。

 乗ってる間はホントに無心で、ただ、目の前の波しか見えていない。掘れてくる波に合わせて、身体が動くままに、ボトムターンからトップに当てて、テールスライド気味に板を返す。そんな中でも、インサイドの人は見えているわけで、ぶつからない様に避けつつ、でもスピードを落とさないように、落ちかけてきたらちょっと踏み込んで加速させてインサイドまで乗っていけた。

 思わずにやついてしまう。無意識に。だって、気持ちよかったんだもん!

 でも、すぐにそのにやつきを真顔に戻して、パドルアウトする。嬉しいけれど、ちょっと照れくさい。

「悠いいの乗ってたじゃん!」

 ラインナップについて、仲間に言われるのが、実はすごく嬉しい。

「えへへ。」

 一緒にプルアウトしたはずの大樹を探して周りを見渡すと、ちょっと離れたところで一人で波待ちをしている。少しアウト過ぎやしないか?そんなことないのか?なかなかセット間が長く、波待ちをしてる静かな時間がゆるりと流れていく。夕焼けの時間も近づいてきて、空が少しオレンジ色に近づいてきた。

 そして。セットが見えた。

 でかい。アウトであれだけ見えるってことは、間違いなくでかい。

 みんな一斉にアウトに向かってパドルし始める。大樹もピークへ向かってパトルをしているのが見えた。誰が乗るのか、邪魔にならないようにひたすらパドル。そして、横目に大樹がテイクオフしたのが見えたと同時に私はドルフィンした。

 浮き上がって目の前の次のセット目がけてみんながパドルしていくから、私はとりあえず邪魔にならないようにまたしてもドルフィンした。

 一気に人が散ってアウトにいるのは私も含めて数人。

 目の前にはセットのラスト。

 いける。

 回り込んで周りを見渡してからテイクオフ。

 でかい。怖い。けどビビるな。


 身体が冷えてきて、ささっと上がると、まだ大樹が波待ちしているのが見えた。そういえば、さっきのうまい人。海ん中いる時、全然分からなかった。ちょっとずれてたのかな。

 寒いなりに早く片付けたいのに、手がかじかんでリーシュをはずすのにすごくてこずってしまう。なんとかリーシュを外したら、今度はボードキャリアのゴムがうまくかけられなくて、笑えてくる。

 よく、冬にサーフィンします、って言うと、寒くないの、と聞かれるけれど。寒くないわけないじゃないか。寒いに決まってる。外気10℃以下、水温10℃あるかないか。ついでに風なんて吹いてくれた日には、30分も入っていれば冷え冷えでどうしようもない。ドライスーツだってあるけれど、なんにせよ、顔は出っぱなし。寒いよ?どうしようもなく寒いよ?それでもなんだろね。頭のネジが数本すっ飛んでいるのだろうね。寒くても、雪が降っていようとも、海に入らずにはいられない。多分、これをサーフィン馬鹿っていうのだろうね。

 現在、同じくサーフィン馬鹿。絶賛海にいっぱい浮いています。


 そんなことを思いながら自転車にやっとまたがった時、大樹が誰かと話ながら上がってくるのが見えた。

「よう!お疲れ!」

「無理!寒い!」

 笑いながら私は応えた。

「後でショップ来いよ。今日、鍋やるって。」

「鍋?まじか。うーん。気が向けば。」

「来いよー。」

 私は応えることなく、大樹の隣の人に軽く黙礼だけして自転車を漕ぎだした。


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