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妹が人類を滅ぼしかけていて、ヤバい。  作者: 束冴噺 -つかさしん-
第4章 やっぱり、人類は滅亡するしかないのですか?
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俺が現実から逃げた理由

「あの時のお兄ちゃん、結構カッコよかったよ。だってハヅキストがお兄ちゃんに向かって発砲しようとした、その瞬間、左肩と右腿を撃たれていたお兄ちゃんは、なんと左足でハヅキストを足払いした。それでハヅキストは転んだ。すてーんって、床に転んだんだよ」

「止めろ……」

「おかげでハヅキストが撃った銃弾は大きく反れてしまった。そしてハヅキストは床に後頭部を打ち付けちゃったから、脳震盪(のうしんとう)を起こしちゃった。その隙に、お兄ちゃんは床を這い、一度手放してしまった銃の元までいき、それを手に取った」

「止めろ……」

「でもハヅキストは脳震盪から回復して、頭を手で支えながらも立ち上がる。そして再び、お兄ちゃんに銃を向ける」

「止めろ……」

「お互いに突きつけられる銃口。さあ、どうなる? 死ぬのはハヅキストか? それとも、お兄ちゃんか?」

「止めろ……」

「もちろん、結果は言うまでもないよね。だってここにお兄ちゃんが生きているってことは、そう! 先に引き金を引いたのは、お兄ちゃん! つまりお兄ちゃんはハヅキストをぶっ殺した! でも一発目は脇腹っていうチョー中途半端な場所に着弾しちゃったから、一発でハヅキストに致命傷を負わせることができなかった。もしここでお兄ちゃんがヘッドショットに成功して、ワンショット・ワンキルを成功させていればサイコーにクールだったんだけど、まあ、お兄ちゃんにそこまでは求めないよ。例えワンショット・ワンキルに成功できなくても、結果、お兄ちゃんはハヅキストを倒した。脇腹を被弾して怯んでいるハヅキストに向かって、お兄ちゃんは何発も何度も、弾が尽きるまで引き金を引き続けた。そしてお兄ちゃんを殺そうとしていたハヅキストは、死んだ」

「止めろ……」

「そうだよ。お兄ちゃん。お兄ちゃんはハヅキストを殺した。殺したんだよ、この手でね。つまりお兄ちゃん、遊間(アスマ) (ヨリ)は、人殺しなんだよ」


「止めろー!」


 ついに、俺は叫んでしまった。

 耐えられない。

 自分で塗り替えようとした過去が、自分で埋葬したはずの過去が、ハヅキによって……いや、妹によって掘り起こされ、目の前に晒されることが、耐えられない。

 それは恥部が晒されること以上の屈辱。


 ――ああ。確かに、俺は人を殺したさ。


 自分の命を守るためとは言え、俺は人を殺したんだ。

 でも、そんな現実を受け入れ、遊間(アスマ) (ヨリ)という人間が汚れてしまうくらいなら、一層死んでしまえばいい。

 だから、俺は殺したんだ。

 ハヅキストがどんなクソな人間であっても、俺はハヅキストとなり、ハヅキストが遊間(アスマ) (ヨリ)を殺したと信じることで、俺はこの汚い過去に蓋をしたんだ。

 同じ人殺しでも、“本当の自分”の潔白だけは、守りたかったんだ。

 違う。守らなければならなかったんだ。

 そうじゃないと、俺は……俺は――


「お兄ちゃんは、 ひ と ご ろ し」


 既に顔の皮膚をほとんど失った妹は、チタン合金の頭蓋骨で“ひとごろし”の一文字一文字を、まるで舌の上でキャンディーを転がすように甘く囁く。

 その一文字一文字が、鋭い槍となって俺の胸に突き刺さる。


「でも、それは悪いことじゃない。むしろ、これは成長だよ。お兄ちゃんは自分を守るために、私利私欲にまみれた、クズな人間を殺した。それは童貞を捨てること以上に、勇敢で男らしい行為だよ。

 だって、考えてみて。戦争の進化は、いかにして死との距離をつくるかの進化だったんだよ。

 だって人間は、よほどの異常者で無い限りは、本能的に人を殺すことに抵抗感を覚えるからね。

 だから人間は長距離ライフルを発明し、爆撃機を作り、長距離ミサイルを作り、仕舞いには兵器を無人化した。

 戦争は人を殺す場であるのに、その死からできるだけ遠ざかり、死を目撃できないようにすることで、殺戮を簡単にした。グロテスクシーンに規制(マスキング)をかけたCERO-Cのゲームのように。

 なのにお兄ちゃんは、何の規制も無い、本物のナマの殺害を経験した!

 それはスゴイことなんだよ! お兄ちゃん!

 平和だったときはアレだったかもしれないけど、人類が滅ぼしかけちゃってるこの状況では、それは立派な勲章。人類の進化の過程で、人類が避けていた本質に、お兄ちゃんは体当たりでぶつかった。それでお兄ちゃんは一皮も二皮も剥けたんだよ。だからその瞬間――お兄ちゃんがハヅキストを撃ち殺した、その瞬間、私、ちょっと濡れちゃったよ。そのままエッチしたいって思ったほどだったよ。でも、お兄ちゃんはそれから錯乱状態に陥って、結局気絶しちゃったから、エッチはできなかったんだけどね」

「黙れ! ハヅキ!」


 俺は尻餅をついた状態から、ゆっくりと立ち上がる。


「もう、怒んないでよ」


 妹は笑いながら言う。

 顔の皮膚が無いから表情はわからないが、声は笑っている。


「ねえ、お兄ちゃん。病院ではエッチできなかったから、ここから早く脱出して、エッチしよ。でもその前に、さすがにこの体じゃお兄ちゃんは勃たないだろうから、この体は取り替えなくちゃね。カリフォルニアに私の型を製造できる無人工場(ライン)を残してるし、そこから新品の体を取り寄せるね。ピカピカでプニプニしてて柔らかいよ」

「黙れって言ってるだろ!」


 もう、我慢の限界だった。

 俺は妹に飛び掛かる。

 頭に血が上った、咄嗟の行動だだった。

 何も考えていない。

 だから結果なんて、目に見えている。

 案の定、俺は妹によって弾き飛ばされてしまう。

 まるで指でオハジキが弾かれるように、簡単に。

 俺の体は呆気なく後方に飛ばされ、床に崩れる。

 そんな俺に、妹は歩み寄ってくる。

 途中、俺が落としてしまったリボルバー式の銃を拾いあげる。


「もう! また失敗?!」


 妹は癇癪を起したような口調で叫ぶ。


「今回で14,578回目のリトライなのに! どうしてこうも、いつもお兄ちゃんは強情なの! 私の言うことをきかないの! っていうか、いつフラグが立つの! もう! このムリゲー!」


 それから妹は俺の前で立ち止まり、まるで子供のように地団駄を踏んで見せる。

 でも急に熱が冷めたように、呟くようにこう言った。


「まあいいや。今回失敗しても、またやり直せばいいし。次で14,579回目だから、ぶっちゃけ、もう飽きてきちゃってるんだけどね。次は、もっと強引な手段で落としちゃおうかな?」


 俺は全身に走る痛みに耐えながらも、妹を見上げる。

 妹は、俺に銃口を向けている。


「ばいばい、お兄ちゃん。今回のお兄ちゃんも、まあまあ面白かったよ。でも今度会うときは、もっと面白くなるように、私が育ててあげるからね。そして今度こそ、エッチしようね」


 銃のトリガーにかかる妹の指に、じわじわと力が籠る。

 この事態を、どう切り抜ける?

 何度か、こういった事態はかろうじて切り抜けてきた。

 でも、今回はわけが違う。

 相手は妹で、その妹は人類を滅ぼしかけている、最強のサイボーグだ。

 しかも、仮に切り抜けられたとしても、問題がある。

 ノアの船内で鳴り響く警告音に、こんなアナウンスが被さったからだ。


 〈墜落まで、あと3分〉

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