再会
俺たちは細心の注意を払いながら、これまで以上にゆっくりとした足取りで、社長室の中へと足を踏み入れる。
しかしそこで見たのは、くの字型のデスクの奥にある、椅子の背もたれだった。
兵士の一人がフラッシュライトをつける。
そしてそのライトが照らし出したのが、それだったのだ。
椅子は革張りで、背もたれが1メートルはあろう立派な社長椅子だ。
だが椅子は後ろを向いている。
だから、こちらからは誰が座っているのかがわからない。
俺はその椅子に向かおうとするも、リザが無言で止める。
それからリザは、俺の後ろにいた兵士の一人にハンドサインを送り、椅子を調べるよう指示する。
その兵士はライフルを前に構えつつ、銃口を微動だにせず固定したまま、ゆっくりと足を進め始める。
やがて兵士は後ろ向きになっている椅子にまでたどり着く。
それから背もたれにそっと手をかけ、その椅子を慎重に、ゆっくりと180度回転させる。
椅子は無音で回転する。
そして座っていた者の正体が明らかになった。
それを見た瞬間――
「……シィット!」
リザが溜息交じりに、そう言った。クソだと。
まあ、リザがそう言うのも無理はない。
だって椅子に座っていたのは、死体だったからだ。
それもかなり腐敗した死体。
白骨化が始まり、髪はほとんど抜け落ちている。
かろうじて男だったということはわかる。
そして額には、小さな穴が一つだけ開いている。
まさに額を銃で一撃ち。
そんな感じ。
じゃあ、誰の死体だろう?
よほどこじれた事情がない限りは、社長以外に社長室が死に場所にならないだろう。
でも、一体誰がこんなことを?
「ノックもしないで勝手に人の部屋に入るなんて。失礼な人たちだよね」
声がした。
俺たちの後ろからだ。
だから俺たちは、一斉に振り返る。
そして俺たちは目にする。
――ドアの傍で、一人佇む少女の姿を。
それが誰なのか、俺たちは知っている。
でも少女の名前を口に出す前に――
――突然、左右の壁が破られた。
壁がまるで障子でできていたかのように、いとも簡単に破られる。
そして破られた壁から出現したのは、なんと――
――2体の〈ガルディア〉。
左右の壁から1体ずつ。
計2体の〈ガルディア〉が出現する。
しかもその〈ガルディア〉たちは、何の容赦もなく、俺たちを攻撃し始める。
なぜそんなことができる?
盾である俺が、目の前にいると言うのに。
答えを探す暇はない。
咄嗟の判断で、俺は床に伏せる。
それからは、何が起きているのかがわからない。
だって俺は床に伏せたと同時に、頭を両腕で覆いながら目を瞑ったからだ。
それでも無数の銃弾が俺の頭上を飛び交っていることは、空気が切り裂かれる音でわかる。
その空気と一緒に、いつ俺の肉が、骨が砕かれてしまうのか、恐怖しかない。
だから俺はこう叫ぶしかない。
「止めてくれ!」
それは本心からの願いだ。
だって俺は、こんなところで死にたくはない。
だから、
「頼むから、止めてくれ!」
俺は叫び続ける。
たとえそれが、意味のないことだとしても。
しかし、どうだ?
どういうわけかは知らない。
でも実際、銃声が止んだ。
突然訪れた静寂。
俺は目を開け、頭を覆っていた両腕を解き、ゆっくりと顔を上げる。
すると、そこには倒れた兵士が見えた。
二人だ。
強化外骨格を身に纏っているにもかかわらず、二人の兵士が、床に倒れている。
その中に、リザがいる。
でも、それ以外に兵士はまだ二人いる。
そのうちの一人だ。
勇敢なその兵士は、脇腹を被弾しながらも、少女の背後に回り込み、ハンドガンを少女のコメカミに突きつけている。
それがここにいる〈ガルディア〉たちを牽制させているのだろうか?
でも、少女は参ったという表情を一切見せていない。
むしろ笑っていた。
そこには、ダメだったら、またやり直せばいいか、なんて余裕も見え隠れしている。
ゲームに負けても、またやり直せばいい、そう言いたげな表情。
その表情を、俺は知っている。
それは“あのとき”、病院で見たものと、全く同じ表情。
やがて少女は床に伏せている俺をじっと見つめ始める。
俺は少女の瞳から目を逸らしたかった。
だが、できなかった。
まるで体が金縛りにあってしまったかのように、全身の筋肉が硬直し、眼球さえも動かすことができない。
そして少女の視線が、俺の心の奥を覆っていたベールを少しずつ剥がしていくような感覚に見舞われる。
その感覚が収まらないうちに、少女は俺に向かって、こう言った。
「久しぶりだね。お兄ちゃん」




