ブリーフィング
「ハヅキを確保しろ」
オールバックの男は、確かにそう言った。
確かに、それは俺の望みでもある。
あいつには、言いたいことがいっぱいある。
だが“病院”での出来事以来、俺はあいつに会っていない。
会えていない、と言った方が正しい。
あの日以来、あいつの〈ラジオ〉は鳴っていないし、今、あいつがどこで何をしているのかなんて、わからない。全く。
「どうやって探す?」
俺はオールバックの男に聞く。
すると彼を含めた、ここにいる男たちは全員、片方の耳だけにイヤホンを入れた。
きっと彼らも翻訳アプリを通じて、俺と会話するつもりなのだろう。
「手はある」
オールバックの男は言った。
「我々はもう何世代前の電子回線のシステムを再構築し、この“ノア”を作り上げた」
「ノアってのは、この乗り物か?」
「そうだ。そして破棄寸前だった古い人工衛星をハックし、監視衛星として利用していた。量子ネットワークではなく、旧回線、つまり電子ネットワークで起動する人工衛星」
そこまで聞いて、俺は何となく想像がついた。
つまり、
「その人工衛星で、ハヅキの形跡を発見した」
俺の言葉に対し、オールバックの男は無言で頷いた。
その通りという具合に。
それから女のアメリカ人に指示し、ホログラムディスプレイに一枚の衛星写真を投影させた。
ただし、
「確かな確証はない」
オールバックの男はそう言った。「だが、可能性はある。人工衛星が捕えたこの画像は解像度が低く、高度な分析に耐えられるデータではないが、推測を裏付ける状況がある」
「……というと?」
「ここだ」
オールバックの男が、ホログラム上の写真を指さす。
そこにはまるで宇宙人が残していったミステリーサークルを彷彿とさせる、複雑な曲線を描いた庭。
その中には大きな池もあって、大きな〇の形をした巨大な社屋もある。
そんな巨大な社屋から少し離れた場所に、黒いホクロのような粒が見えた。
「ここはインドにある《Q-TeK》本社。そこに一機のティルトローターが着陸した。数ヶ月前のことだ」
《Q-TeK》……その言葉を聞いて、俺の胸がざわつく。
その企業名を知らない人間は、ほとんどいないだろう。
なぜなら、《Q-TeK》はハヅキの名ビジネスパートナーで、あの量子Wi-Fiをとんでもない投資で実用化し、さらには大人気VRMMOFPSゲーム『THE WAR LEFT -残された戦争-』の開発費までハヅキに提供した、いわばハヅキの最強の出資者だ。
きっと、親よりも信頼していただろう。
だから自ら人類を滅亡させる状況を作っておきながら、《Q-TeK》だけは守ろうとしているのかもしれない。
もしくは、この状況を作り出しているのは、もしかしたら《Q-TeK》の仕業だってこともありうる。
そしてハヅキは、《Q-TeK》に利用されているだけなのかもしれない。
……わからない。
いずれにせよ、今から《Q-TeK》に向かう以外の選択肢は無いわけだ。
少なくとも、こいつらには。
「オーケー。わかった。お前らが《Q-TeK》に行くのは勝手だ。でも、何で俺が必要なんだ?」
「《Q-TeK》の社屋には、相当数の〈レオ〉と〈ガルディア〉が配置されている可能性がある。衛星の解像度が悪くて正確な数字は出せないが、恐らく、数百単位だ」
オールバックの男は、女に指示を出し、衛星写真をズームアップさせた。
○の形をした社屋の中心部、中庭の部分が拡大される。
そこに映ったのは、黒い影だった。
いや、影と言うよりは、黒い粒子の集まりだ。
まるでドーナッツの中心に群がっている大群の蟻のように、黒い粒子がギッシリと《Q-TeK》社屋の中庭を埋め尽くしている。
それを見て、俺は口笛を吹いてみる。
映画とかでアメリカ人がよくやる、あれを真似したつもりだった。
しかし俺のパフォーマンスは完全にスルーされる。
乾いた口笛が、虚しくこの場に響いた後、消えた。
だからと言って、俺は動じない。むしろ、
「お前らの考えは、わかった」
俺ははっきりと言ってやった。
「すごく単純な考えだ。つまりお前らが《Q-TeK》に行きたいがために、俺はお前らの盾になる。そのためにお前らは俺を拉致った。どうだ? 俺の脳ミソは“優秀”だろ?」
「そうだ」
アメリカ人は言った。
しかしそれはオールバックの男ではなく、女の方だった。
「人類を救うために、お前は我々アメリカの盾になるんだ」
それを聞いて、俺は鼻で笑う。
人類を救う……これでホントに、人類を救えるのか?
確証はない、全ては推測でしかないのに。
「もし、俺が嫌だと言ったら?」
「断る権利が、お前にあると思うか?」
突然、女は俺に銃を向けた。
「確かに、〈レオ〉や〈ガルディア〉はお前を殺せない。だが、我々はお前を殺せるんだぞ。それも、簡単にな」
ああ、わかってるよ。
どうせ俺に、選択肢はないんだ。
あったとしても、どうせ俺は放射能に蝕われてしまったこの体で、あと数年しか生きられない。
もう俺に、幸せを手にすることなんて、できやしないんだ。
だったら、ほんの少しでも可能性があるなら、こいつらに利用されたっていい。
だから俺は、こう言ってやった。
「なんて平和な国なんだ。アメリカは」
するとオールバックの男は、
「ブリーフィングは終わりだ!」
と言って手を大きくパンパンと叩いた。
声も部屋中に響き渡るほど大きい。
そんな声で、彼はもう一言だけ付け加えた。
「さあ、出撃の準備を始めろ!」




