宇宙人の目的
「……は?」
宇宙人は確かに日本語を喋っている。
でも、言っている意味がわからない。
アメリカの、盾になれ……俺が? どうやって? つーか、何で?
しかし宇宙人は俺の返事や質問の機会すら与えることなく、
「立て!」
と言って俺をこの白い部屋から連れ出そうとする。
「ちょっと待てよ!」
俺は抵抗する。が、宇宙人は俺の腕を強く掴み、離さない。
離そうとしても、離れない。
まるで手錠並みの固さだ。
きっとこの宇宙人は、服を脱いだらゴリラの格好をしているに違いない。
それからどこに連れて行くのかも告げられないまま、俺たちは部屋を出る。
パイプが剥き出しの狭い廊下を抜け、いくつかの階段を上り下りした末に、広い部屋にたどり着いた。
しかし、そこは普通の部屋ではなかった。
壁一面は小さなモニターで埋め尽くされていて、中央にはビリヤード台のような大きなテーブルがある。
そのビリヤード台のようなテーブルの周りには、なんと、見覚えのある軍服を着た、男の姿をした宇宙人たちが、5人ほど立っている。
しかも全員が白人。
おまけに、みんな俺を睨んでやがる。
なんだ? お前らは地球人のファンか?
だから地球人をさらい、地球人のコスプレまでしてんのか?
能天気な連中だな。
ここは宇宙人のコミケのコスプレ会場か?
だがコミケのコスプレ会場のように愉快なムードは皆無で、例えるなら、不良少年が職員室に呼び出されて、指導教員に囲まれ、これから説教されるかのようなムード、と言えばいいか。
「何だよ? 今から体罰か?」
俺は言った。
しかしここにいる宇宙人たちに、俺の言葉を理解している様子はない。
怪訝な表情のまま、黙って俺を睨んでいるだけだ。
俺は苦笑いをして誤魔化そうとしていると、俺をここに連れてきた女型の宇宙人は、何かを喋った。
でも、その言葉を俺は理解できなかった。
理解できなかったけど、これだけはわかった。
女型の宇宙人が喋ったのは、英語だった。
すると、ここにいる男型の宇宙人たちもまた、女型の宇宙人に対して英語で返事をした。
つーことはあれか? ここは宇宙人の英語サークルなのか?
「おい! だったらせめて、俺を日本語サークルに呼んでくれ」
俺は言う。「そこだったらあんたら宇宙人に、ネイティブの日本語ってやつを教えてやるよ。ついでに“燃え”と“萌え”の違いについても教えてやってもいいぜ。丁寧にな」
すると俺をここに連れてきた女型の宇宙人は、二つの眉毛を激しく歪めながら、
「なにか、勘違いしているようだな」
と言った。
それから溜息が漏れる。
「いいだろう」
女型の宇宙人は言った。「お前のような“優秀”な奴には、1から全てを説明する必要があるからな」
気に入らない言い方だ。
しかし俺は言い返したいのを我慢し、言葉を飲み込んだ。
ここでケンカを買っても、俺にメリットはない。
お前らが思っているほど、俺は“優秀”じゃない。
女型の宇宙人は、ビリヤード台のようなテーブルに取り付けられているタッチパネル式のキーボードを操作し始める。
すると突然、テーブルの上に光が浮かび上がってきた。
浮かび上がってきたのは、なんと地球上で一番有名なパソコンのOSの名前だった。
しかし、バージョンはだいぶ古い。
そしてそれが消えた後には、いろんな画像が浮かび上がってきた。
燃えるホワイトハウス。
上半身が折れてしまった自由の女神。
死体が積み上がったセントラルハウス。
HOLLY WOODの「OLL」と「WOO」が欠けた看板。
街を埋め尽くしているサイネージが、全て暗く消灯してしまったタイムズスクエア。
……
それらは全て、アメリカを象徴する光景……だったものの残骸だ。
「これが今のアメリカだ」
女型の宇宙人は言った。「これが……今のアメリカなんだ……」
もう一度、同じことを言った。
その後、さらに言葉を続ける。
「遊間 葉月という、天才を再現したたった一つの〈疑似人格AI〉が暴走してしまったが故に、世界が、アメリカまでもが、滅亡に瀕している。だが!」
突然、女型の宇宙人はテーブルをドン!と叩いた。
俺を睨みながら。
そして、言った。
「このままでは終わらない! 我々は――アメリカは、遊間 葉月には屈しない!」
ああ、そういうことか。
俺はようやく理解した。
つまりこいつらは宇宙人ではなく、アメリカ人なんだ。
それも、やっとの思いで生き残った、アメリカ軍の兵士たち。
ということは、ここはUFOじゃなくて、アメリカの飛行機なんだ。
とてつもなくバカデカい、アメリカサイズの飛行機。
デカいステーキとデカいハンバーガーばっか食ってたら、飛行機までデカくなったのか?
知らねーが、
「で?」
俺は問う。
「俺は、何をすればいいんだ?」
すると男が英語で何かを言った。
この中で一番ガタイが大きく、短い金髪をオールバックに整えている男。
しかし俺には英語がわからない。
そんな俺に、女型の宇宙人、改め、名前の知らないアメリカの女から、何かを渡された。
それはビリヤード台のようなホログラムディスプレイの上を、それこそビリヤードの玉のように滑り、俺の手元に届いた。
それは、俺のケータイだった。
しかもケータイは、既に翻訳アプリが起動していた。
翻訳アプリでは、他の言語を検知すると、自動で和訳され、スピーカーから音声が流れ出る。
だから俺は、それを耳に当てながら、もう一度男を見つめた。
男はさっきと同じ英語を喋った。
それを、翻訳アプリは和訳し、俺にこう告げた。
「ハヅキを確保しろ」




