ハヅキスト
「どんな気分だ? 親子揃って、人類から狙われる気分は?」
“俺と近しい関係にある人“――そんなの、オカンくらいしか考えられない。
親父が生きているかどうかは知らないが、生きていたとしても、血は繋がっていないから、あり得ないだろう。
「でも、そんなに焦る必要もないか。仮にオカンが新しいターゲットだとわかったとしても、その外見や特徴なんてすぐにはわからない。なんせネットは今じゃ〈妹ラジオ〉と〈W-E〉の独占インフラだからな。風の噂以外で情報交流ができない」
「甘く見ない方がいいわよ。ヨリ」
「……え?」
「“ハヅキスト”たちが、私たちを狙ってるからよ」
「……マジかよ……」
俺の全身が凍る。
ハヅキスト――それは妹の熱狂的なファンたちが結成したサークルのことだ。
しかし、ただのサークルじゃない。
わずか7歳で量子Wi-Fiの基礎を築いた超天才少女。
それと成長するに従って魅惑的な容姿を兼ね揃えていた妹は、ある日から自身のソーシャルメディアのアカウントに、毎日のようにラブコールが寄せられていた。
しかし当の妹本人はそれらを一切無視し、一切リプライしなかった。
どうして妹がそんな態度を取っていたかは知らないが、そんなドライな態度がファンたちに逆に火をつけ、「なんとしても妹に振り向いてもらいたい」というモチベーションに変わった。
まあ、釣れない女ほど、口説き甲斐があるってことなのかもしれないが……
そこで一部のファンたちは“ハヅキスト”というサークルをつくり、妹への猛アタックを開始した。
しかし、その猛アタックが厄介だった。
ソーャルメディアのダイレクトメッセージに普通の言葉を送っても、妹は何のリアクションも示さない。
だから奴らは、ハヅキストの凄さをアピールすることで妹の気を引こうとした。
それが面白動画といった笑えるネタであれば、さして問題にならなかった。
むしろ愉快で、もしかしたら妹はそれを見て笑ってくれたかもしれない。
生きていた頃の妹は、ほとんど笑わなかったから。
でも実際は面白動画ではなく、犯罪の報告だった。
特にハヅキストは有名企業のサーバにハッキングを繰り返し、重要機密プロジェクトの情報や、顧客データのような個人情報を盗みまくった。
さすがにこれは社会問題となり、サイバー警察が目を光らせハヅキストの検挙に乗り出した。
しかしハヅキストは巧妙なテクニックで量子ネット上の足跡を消し、今現在も誰一人パクられていない。
つまりハヅキストとは、頭のイカれた超スーパーハッカー集団なんだ。
もちろん、妹はそんなハヅキストにも完全無視を決め込んでいた。
それがドM体質のハヅキストの情熱をさらに燃やし、活動をエスカレートさせていた。
「といっても、量子ネットは妹に完全にコントロールされている。いくらなんでも、それじゃハッカーは何もできないだろ? 水のない所で、魚は泳げない」
「量子ネットが使えなくても、電子ネットは使える。〈ユニバース・リンク〉が導入される前世代回線のインフラ自体は、まだ地下に残っている。それを使って、奴らは独自のネットワークを形成し、あなたを追ってる」
「……嘘だろ?」
「本当よ。既に電子ネット上にはハヅキストのホームページが存在している。そこにはあんたの目撃情報だったり、あんたのスマホ端末を特定してあんたの位置を特定するプランの進捗状況だったりが公開されている。私もこのページを見て、あんたを探し出せたのよ」
「ちょっと待てよ!」
そこまで聞いて、俺はつい声を荒げてしまった。
だってそれは、凄くヤバい状況だってことだから。
つまり、
「オカンが俺を見つけられたってことは、ハヅキストも、もうすぐそこまで迫ってるんじゃないのか?」
「そういうことよ。だから早く、ハヅキストを突き離さないと、私たちは――」
オカンの言葉が、そこで途切れた。
なぜかって?
俺たちが乗っている車が、突然、宙に浮いたからだよ。
当たり前だが、この車はSF映画のように空を飛べる仕様じゃない。
じゃあ何で車が宙に浮いたかって言うと、簡単だ。
突然、大きな網が下から車を覆い、その網が、この車を釣り上げたんだよ。
つまりどういうことかって言うと、
俺たちは、
罠にかかったんだ。




