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ボーナスチャンス

「行くわよ、ヨリ」


 向こうでオカンが言った。

 しかし俺はすぐには動かず、裏庭に作った墓に手を合わせていた。

 そんな俺にオカンは歩み寄り、俺の肩にそっと手を置いた。


 昨日の夜、タケシとチエちゃんは死んだ。


 だから俺は一晩かけて、墓を作った。

 墓といっても、灰家の裏庭に穴を掘って、そこに埋めて、その上にそこらへんに咲いていたタンポポの花を置いただけだ。

 裏庭の倉庫にスコップがあったから、土はそれで掘った。


 土を掘るのに、オカンも手伝った。


 でもオカンは一言も喋らずに、黙々と穴を掘るだけだった。

 そして朝日が昇り始める頃には穴は掘り終わり、俺とオカンは二人をそこに埋めた。


「もう行くわよ、ヨリ」


 墓の前で手を合わす俺に、オカンはもう一度、そう言った。

 俺は相槌を打つこともなく、無言で立ち上がる。


 空はからっと晴れている。

 太陽が、化粧の剥がれ落ちたオカンの素顔を照らす。

 久しぶりに見るオカンの素顔は、以前見たときよりも随分と老けて見えたし、以前よりも少し痩せたようにも感じた。

 少し、筋肉がついたようにも見える。


 灰家にはオカンの車、ベンツが横付けされている。

 天井窓(サンルーフ)付のEクラスだ。

 オカンはその運転席に乗り込み、俺は後部座席に座る。

 本来は広いはずの後部座席だが、今は狭い。

 M16自動小銃が2挺あり、その予備マガジンと食料が無造作に積まれ、それがシートの3分の2を占領している。

 だから凄く圧迫感がある。

 走り出したら、この山が崩れて、俺は生き埋めになってしまうんじゃないかと心配になったが、その心配が解消される前に、車は走り出した。


 車内は終始無言だった。


 誰もいない半壊した住宅街を、車はただ走る。

 低音のエンジン音が車内にずっと響いてくるだけ。

 この静寂が、ちょっと苦痛だった。

 ラジオをつけても、営業している放送局なんてない。

 かと言って、鼻歌を歌う気分なんかじゃ、到底ない。

 気を紛らわせる適当な“何か”に飢えながら、後部座席に揺られているときだった。


 〈妹ラジオ〉が始まった。


『皆さん。調子はどうですか? 立派に戦ってますか? それとも死んじゃってますか?』


 もはやテンプレ化している挨拶が終わった後、妹は続ける。


『おかげさまで“ユーザー”さんたちのログイン数が増え、人類滅亡は順調に進行しています。

 でも人類が一方的に死んでばっかじゃ可哀想なので、私がお兄ちゃんに“(チート)”をあげて、そしてお兄ちゃんを殺した方に漏れなくこの“(チート)”を差し上げる、という一大キャンペーンをブッ込んだのですが、逃げたり隠れたりするのが得意なお兄ちゃんは、まだ誰にも狩られていません。

 これじゃ、このゲームもマンネリ化してきて、せっかく“ユーザー”さんたちの満足度やログイン数が上がっているにも関わらず、飽きられてしまっては、元も子もありません。

 そういうわけで、ちょっと刺激というか、カンフル剤になるようなボーナスチャンスを、ここでブッ込むことにします!


 それはズバリ、お兄ちゃんを殺す以外に、無敵“(チート)”をもうひと方にプレゼント! です。


(――パチパチパチ!)


 ……え? どうやったらそれに当選できるかですって?

 もう、そんなに焦んないでくださいよ。

 ちゃんと今から言いますから。

 いいですか?

 耳の穴をかっぽじって、よく聞いていてくださいね!

 無敵“(チート)”の当選方法とは――


(――ドラムロール)


 ジャーン!


 “ある人”を殺すことです!


 ……え? 誰を殺せばいいかですって?

 そうですよねー。それが知りたいですよねー。


 でも、教えません!


 な~んて、ウっソでーす! 冗談でーす!

 あ、ムカついちゃいました?

 ごめんなさいね。

 ちゃんと教えますよ!

 でも、はっきりと答えは言いません。

 それじゃあ面白くないですし、いきなり無敵能力者(チーター)がもう一人増えたとなると、“ユーザー”の皆さんから顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまいますからね。

 そこはご理解ください。


 というわけで、ヒントを差し上げます!

 誰を殺せばこのボーナスチャンスをゲットできるのか?

 そのヒントとは――


(――ドラムロール)


 ジャーン!


 それは、“お兄ちゃんと近しい関係にある人”です!


 ……って、これってヒントって言うか、もはや答え言っちゃってるようなものかもしれませんね。

 はははっ!

 まあ、いいや!

 とにかく皆さん、検討を祈ります! 生きていれば、またいつか!』


 前回と同じテンプレ台詞を言って、〈妹ラジオ〉は終わった。


 それからしばらく沈黙があった後、


「聞いたか? オカン」


 半日ぶりに、俺はオカンと口を聞いた。


「ええ」


 オカンは返事をする。「聞いてたわよ」

 それに対し、俺はシートにグッタリともたれながら、こう言った。


「どんな気分だ? 親子揃って、人類から狙われる気分は?」

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