謎の敵
兄:ヨリ(主人公)
妹:ハヅキ
親友の妹:チエちゃん
――危ない!
俺はチエちゃんを庇おうとする。
しかし間に合わない。
それは一瞬の出来事。
頭上のシートから突き出てきた槍のようなものは、瞬く間にチエちゃんの頭に向かう――
――時間が、止まったように思えた。
同時に、槍も止まる。
緊張が、俺の息を殺す。
槍の尖った先端は、チエちゃんの額スレスレ、俺の眼前で静止していた。
あまりにもの恐ろしさに、チエちゃんの鳴き声は止んだ。
チエちゃんは大きく目を開かせ、自分に迫った槍の先端を眺めている。
それは俺も同じだ。
「しー……」
俺に似た男は、口に人差し指を当て、静かにするよう促す。
さっきまで男に嫌悪感を抱いていた俺だが、この状況では、さすがに従うしかない。
「いいか……」
俺に似た男は言う。「静かにしているんだ……。お前へのプログラムは……まだ完全に適用されていない……」
何を言っている?
でも俺は、その言葉を飲み込む。
「修正パッチがまだ処理中の段階だから……誤作動を起こす可能性が残されている……。だから今……“あいつ”に見つかれば……殺される可能性がある」
“あいつ”って、何だ?
しかし、それを聞くまでもなかった。
俺の目の前に静止していた槍は、頭上にあるシートに吸い込まれるようにして消えた。
その直後だ。
頭上が少し揺れたと同時に、割れたフロントガラスの前で、何かが降り立った。
それは動物のように見えた。
それも四本の脚で立つ、デカい動物。
脚は太く、尻尾は長い槍のように細く尖り、大きな頭がある。
きっとあの尻尾が、このトラックを突き刺して俺たちを襲ったのだろう。
そして大きな頭には反射板のような素材が鬣のように取り付けられている。
まるでライオンだ。
「〈レオ〉だ……」
隣で男は言った。「物資運搬用の軍事ロボットを改良した……四足歩行型汎用兵器……あいつに噛まれたら……一巻の終わりだ」
一巻の終わり……じゃあ、俺たちは、どうすればいいんだ?
だって〈レオ〉は唸り声を上げながら、トラックの中を覗き込んでいるんだぜ?
まるでどちらから食おうか、品定めをしているように。
〈レオ〉の口は閉じているものの、規則的に並んだ鋭い牙を見せつけてくる。
〈レオ〉の瞳は赤く光る小さなレンズが6つもあって、その中の一つと、俺は目が合った気がした。
その途端、鬣の反射板が一斉に逆立つ。
エリマキトカゲを怒らせたように。
チエちゃんから悲鳴が漏れ出さないように、俺はチエちゃんの口を強くおさえる。
チエちゃんの体は、震えている。
「俺が気を引き付けている間に……逃げるんだ……」
男は〈レオ〉の前で大きく腕を広げながら、小さく言った。
オーケー。俺は無言で頷く。
だが、お前はどうなるんだ?と、俺は目で訴える。
すると男は、俺の意図をくみ取ったのか、こう言った。
「安心しろ……俺は、ロボットだ……」
その言葉が終わった途端、〈レオ〉は男の頭に齧り付いた。
「見るな!」
俺はチエちゃんにそう叫ぶ。
と同時に、割れた窓からトラックを飛び出す。
しかし――
――俺の足元に、一発の銃弾が着弾した。
横を見れば、トラックの傍に、一体の〈ガルディア〉が立っていた。
そして〈ガルディア〉は、俺に向かってライフルを構えている。
バディプレイで挟み込むつもりかよ!
とにかく、俺はチエちゃんを抱えて逃げる。
背中から銃声は聞こえない。
きっと俺に狙いを慎重に定めてるんだ。
クソッタレ!
結局、俺はここで死ぬのかよ!
ふざけやがって!
そんな風に胸の中で悪態をついていたときだ――
トラックが、突然爆発した。
しかもその爆発は凄まじく、空気の塊が俺の背中を強く殴る。
そのせいで俺は転び、地面を滑る。
そして体が止まったところで、トラックの方を見る。
するとトラックは、跡形もなく吹き飛んでいた。
それはガソリンに引火したとか、そういうレベルじゃない。
きっとこうなることを予測して、あの男はありったけの爆弾を積んで、爆発させたんだ。
おかげで、俺とチエちゃんは助かった。
〈レオ〉も〈ガルディア〉も、爆発に巻き込まれて、トラック同様、跡形もない。
でも、助かったという安心感に身を寄せるには、まだ早かった。
俺の目の前には、黒い灰と瓦礫に覆われた大地が広がっている。
核爆弾が俺たちの町を、俺たちの歴史を、一瞬にして消し去ったのだ
キノコ雲は、薄っすらとだけど、まだ空に形を留めている。
そんな光景を見て、俺は涙すら出ない。
悲しいはずなのに。
怒り狂ってるはずなのに。
一切の感情を、虚無感が呑み込んでしまっている。
だから俺は、ただ茫然と、目の前の光景を眺めるしかない。
そして、こう思う。
俺たちは、これからどうすればいいんだ?
そう思った時だった。
タイミングを見計らったように、ポケットの中のスマホが鳴った。
スマホを手に取ると、ビデオ通話アプリが起動していた。
だがそれを見て、俺は酷く落胆せざるを得ない。
ビデオ通話アプリの相手は、俺の妹からだった。




