衝突地点
兄:ヨリ(主人公)
妹:ハヅキ
〈フーム〉:人類を滅亡の危機に追い込んだ謎の生命体
一瞬、俺の意識が飛ぶ。
でも何とか、俺は自分の意識を繋ぎ止める。
しかしこの一瞬が、形勢を逆転させた。
〈フーム〉に馬乗りをしていた俺が、今度は〈フーム〉に馬乗りをされていたのだ。
さっき首筋に走った衝撃は、フームによる手刀だったのだろうか?
わからないが、俺が置かれた状況が、極めてヤバいことだけは、わかる。
だって俺が〈フーム〉にしていたことを、俺がされているんだから。
〈フーム〉が俺の顔を殴る。
その度に、俺の脳は激しく揺れる。
これをあと数回繰り返されれば、俺の意識は間違いなく“あっち側”へゴーだ。
あともう少しで……あともう少しで〈フーム〉との戦いに決着をつけられるところだったのに……
このままじゃ、どういう方法かはわからないにせよ、〈フーム〉が加速器を使って、再び人類を滅亡の危機に追い込んでしまうかもしれない。
無念が、悔しさが、大きな蛇となって俺の体に絡みつき、そして締め付ける。
こんなんで……こんなんで終わってたまるかよ! 畜生!
脳を揺らしていた衝撃が、止んだ。
どうした?
ついに俺の意識が、“あっち側”へ行っちまったか?
そう思った。
そう、思った……が、違った。
「お、お兄ちゃん……」
霞んだ視界に映ったもの。
それは〈フーム〉を羽交い絞めにする、妹の姿だった。
「お兄ちゃん……今のうちに……早く……」
しかし妹の脇腹からは、夥しい量の血が流れ出ていた。
さっき撃たれた箇所だ。
まだ止血剤も塗られていない。
このままじゃ、妹が――
〈フーム〉が暴れる。
しかしそれを何とか制しようと、妹が後ろで踏ん張る。
それが妹の出血をさらに激しくさせる。
俺はそんな妹を庇おうとするが、
「早く行ってよ! お兄ちゃん!」
今まで見たことが無い剣幕で、妹が叫んだ。
その気負いに押された俺は、急いで立ち上がる。
そして〈フーム〉から離れる。
いま気付いたことだが、俺は途轍もなく広い空間にいた。
天井が物凄く高い。
5~6階建のマンションくらいなら、すっぽり入ってしまいそうなほどの地下空間。
そこに巨大な機械と、それを取り巻くように無数に張り巡らされたパイプ、そしてその間を縫うように設置された、複雑な階段の網目。
まるで摩天楼だ。
俺はそう思う。
そんな摩天楼に、一つの黒い〈影〉があった。
〈フームα〉
間違いなく〈奴〉は、ここにいる。
きっとここは、妹が言っていた加速器の衝突地点。
素粒子と素粒子がぶつかる場所。
そこで〈奴〉は、何かをしでかそうとしている。
それはブラックホールを作ることなのか、異次元の世界とコンタクトを取って仲間を呼ぶことなのかは、わからない。
どちらにせよ、〈お前ら〉の好きにはさせない。
だがその前に、妹だ。
俺は床に転がっていたロケットランチャーを拾う。
その銃口を、〈フーム〉に向ける。
しかし狙いが定まらない。
妹の羽交い絞めを振り解こうと足掻く〈フーム〉と、〈それ〉に必死にしがみ付く妹。
そんな二人が大きく動き回るせいで、〈フーム〉だけに照準が合わせられない。
下手をすれば、妹にグレネード弾が直撃してしまう。
だからいつまでたっても、俺はトリガーを引けない。
妹の体力だって、限界のはずだ。
いずれ妹の羽交い絞めなど、〈フーム〉は振り解いてしまう。
じゃあ、俺は〈フーム〉と妹を道連れにすればいいのか――
頭上で、何かが軋む音がした。
見上げれば、巨大なクレーンが迫っていた。
まるで首長竜の頭部だ。
それが俺たち目がけて近づいてくる。
その光景を眺めながら、俺は気付く。
それは妹が講じる、最後の手段――
今の時代は、モノは全てインターネットにつながっている。
それはコンピュータだけでなく、ネジの一本にいたるまで行き届いている。
だから全てのモノが、遠隔で操作可能だ。
それは《ユニバース・リンク》と呼ばれる完璧なIoTプラットフォーム。
そのIoTプラットフォームに妹がハッキングし、あのクレーンを操作しているのだ。
しかし、それだけなら、まだいい。
問題は――
「ハヅキ! 早まるな!」
俺は叫ぶ。
そうだ。妹はあのクレーンを妹自身に落下させ、〈フーム〉を道連れにしようとしているのだ。
「ハヅキ! 止めろ!」
「これしか方法がないもん! 早く行って! そして、人類を救って!」
「できるかよ!」
「できるよ! お兄ちゃんなら!」
また頭上でクレーンが軋む音がする。
それはクレーンを支えているジョイントが解除されている音。
つまりクレーンが、今にも妹に落下しようとしているということ――
「ハヅキ!」
「離れて! お兄ちゃん!」
首長竜の頭部に似たクレーンが、ついに頭上でリリースされた。
と同時に、それは重力に従って落下し始める。
もう……どうすることもできない――
だから俺は、妹の顔を見続けることしかできなかった。
妹の最期の姿を、目に焼き付けることしか、できなかった。
なのに……だ。
こんな状況にも関わらず、妹は俺に向かって、微笑みかけた。
そして妹は、最後の最後に、俺に、こんなことを、言った。
「大好きだよ。お兄ちゃん」
直後、落下したクレーンが、妹と、〈フーム〉を、押し潰した。