揺れ始める心
遅れてごめんよ(´・ω・`)
テスト期間やら風邪やらで書けなかったのです(´;ω;`)
普段よりも随分と早い、朝の閃光。
一身にそれを浴びて、田舎独特の新鮮な空気を吸いあげるべく、布団を抜け出す。
不意に鼻腔に運ばれる、久方ぶりのい草の香り。
古風ながらも、日本人としての安息を呼び起こされる。
静けさの境界に、二つ静かに聞こえる音。
一つは、早朝を感じさせる上品な雀の囀り。
一つは――隣で静かに立てられる、彼女の寝息。
どこかあどけなさの残る寝顔に、視線が釘付けにされる。
「ん、みゅぅ……」
思わず鳴ってしまう喉。あまりの可愛いらしさに、意識まで刈り取られてしまいそうになる。
さすがに就寝時は帽子を枕元に置いているようだ。
きめ細やかで、柔らかそうな黒髪が、朝の陽光によって煌きを帯びている。
心拍は跳ね上がり、落ち着くことを忘れてしまっていた。
心地良いはずの、い草の香りは感じられず、甲高くか細い囀りも聞こえない。
ただ目の前の女性にのみ、俺の全神経は集中される。
ここで、自分の中での欲が湧いた。
襲ってやろう、などという愚行ほどではないのだが。
自らの指を彼女へと伸ばし――頬を軽く突く。
ふにっと柔らかな感触が指先から広がり、僅かな熱も。
形が変わる頬に、少しづつ沈みゆく指を眺める。
「ん、んぁぁ……」
「ぉっと……」
漏れ出した彼女の声は、妖艶とも思えてしまう自分が汚い。
寝顔の可愛さに溺れ、程よい弾力の頬を突いて何しているのか、自分でもわからなくなりそうだ。
が、意に関わらずに動き続ける指。
もうそろそろ起きてしまいそう。いつバレるのだろう。
そう考えると、今起こす行為に高ぶりを感じた。
突いていたい、もっと可愛らしい顔を見たい気持ちに、スリルの拍車。
織りなす相乗効果の波に、抗えない自分がいた。
「ぁ、んぅっ……」
「やっぱ、可愛いよなぁ……」
呟き、気付く。
これ、犯罪チックになってきた、と。
どう考えても言い逃れは不可能、さすがにそろそろ自重すべきか。
彼女の寝顔を背にして、部屋を出る。
そして、俺は事実を見逃していた。
――布団が一弾指、ほんの僅かながら動いたことに。
―*―*―*―*―*―*―
まだまだ特有の寒気が残る空気。
掠れて感じるそれを、布団の中で仰向けのまま、肺いっぱいに吸い込む。
少し、早く起きすぎただろうか。
肺に取り込んだ普段のそれよりも、温度が低い。
静かに物語る空気を意識から遠のけ、移動する意識は隣の音へ。
まだ起きていないようで、規則正しい呼吸音が聞こえてくる。
「あ……寝てる、のかぁ」
昨日の呼吸音からは予想できない、可愛らしい細い呼吸。
つい、笑みが溢れてしまう。
と、突然。
隣の布団が大きく擦れる音がした。
内心驚いて、狸寝入りを始める。
音を一切立てず、呼吸はなるべく自然に。
恐らく、見られている。
その空想に思いを馳せていると、急に恥ずかしくなってきた。
狸寝入りとはいえ、寝顔を見られてしまっていることに。
……なんで。どうして、こんなことをしているんだろう。
わざわざ、隠れる必要なんてないのに。
そんな疑問が横行したとき、無意識に変な声まで出てしまう。
「ん、みゅぅ……」
さらに辱めを受けたように羞恥。
頬が赤く、熱を帯びていることが自分のことながらわかってしまう。
彼が部屋を出てしまうまで、このままでいよう。
そう思ったとき、頬が押された。
微かな暖かみがあるそれに、決して強くはない圧力をかけられる。
それ押しては引きを繰り返され、頬は凹んで戻ってを繰り返す。
……指?
「ん、んぁぁ……」
「ぉっと……」
頬を突かれて、私の声は漏れだす。
それに反応するように、彼の声も弾む。
彼に、私の頬を突かれている。その事実の認識は、私に更なる羞恥を植え付けた。
「ぁ、んぅっ……」
くすぐったさか、はたまた別の何かか。
私の心をざわつかせて、かき乱してゆく何か。
もどかしく、恥ずかしいのに、快感にも似た感覚は駆け抜ける。
そんな落ち着かない私に、さらに追い打ちをかけられる。
「やっぱ、可愛いよなぁ……」
……ドキッ、とした。
可愛い、なんて言われたことがない。
いや、少々訂正しようか。『異性に』言われたことがない。
まさか、頬を突かれながら異性に可愛い、なんて言われるとは思わなかった。
――そしてその一言だけで、自分の心がこんなにも揺れるとは、思わなかった。
頬が熱い。心臓が早く、煩い。
耳元で鳴っているんじゃないかと、錯覚してしまう。
静かに意識した呼吸も、少し気を抜けば音を立ててしまいそうだ。
半ば耐えるような時間を過ごしていると、指はやがて離れた。
畳の足音の次に、戸の開く音、そして廊下の足音と続く。
その瞬間、虚無感。
不意の訪れに、不安定な疑問を抱く私。
寝返って、戸を背に向ける。
高鳴る心臓、胸の前をきゅっと押さえつけた。
心拍数は異常なほどの数に達し、血液は活発に循環する。
そして、また一人呟く。彼のいない、この部屋で。
「どうしちゃったんだろう、私……」
―*―*―*―*―*―*―
朝食をとって、彼女の部屋にて談笑。
食事の時間はズレた。彼女には、朝にも入浴を楽しむ清潔な習慣があるようで。
彼女の入浴の間に食事、彼女の食事の間に荷物整理。
よく考えなくとも、かなり図々しい。
人様の家に上がり込んでおきながら、食事をズラすとは。
自分でもそう思い、抗議にも似た声を上げた。が、両親は口を揃えてこう言ったのだ。
『むしろ、そうしていただけると助かる』、と。
そこまで言われて、断るのは逆に失礼になるのでは。
考えた俺は、ご厚意に甘えることになったのだが。
「いやぁ~、朝が和食ってのも、久しい気がするよ」
「そうなのですか? うちは毎日和食ですよ?」
「まぁ、大体わかるよ。うちは基本パンかそもそも食べないからな~」
ここでもジャパニーズ精神は訪れる。
和の朝食も、中々に美味だった。
「ダメですよ~? どんなに忙しかったりお腹が空いていなくとも、朝食を抜いたら~」
白ハットを付けたワンピースの彼女のお説教も、中々に美味。
いつまでも受けていたい、という甘い願望も抱いてしまう。
午前八時三十分を回った。壁掛け時計の針はただ一点のそこを指す。
まだまだ日は上がっている途中。今日もこれからだ。
爽やかな、夏の涼しい風も吹き付ける。
この時間の風が、一番涼しく気持ちがいい。
「――あっ、そうだ! お昼に、外に出かけませんか?」
「ん? いや、まぁ俺は別にどこまでも」
「ふふっ、いいところに連れて行ってあげますよ!」
両腕をいっぱいに広げながら、似合う笑顔を携える彼女。
さて、今日の昼の予定は決まったようだ。