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八月の夢見村  作者: 狼々
28/31

別れと白い切符

 朝の訪れは、既に察知していた。

 けれども、どうしても目が開けられない。

 開けることを、後悔しているのだろう。

 この村を去る日の来訪を、拒んでいるというのか。


 俺だって、できることなら去りたくはない。

 しかしながら、夢とはいずれ覚めてしまうものだ。

 覚めない、冷めない夢なんてものは紛い物であり、それはとうに夢を逸脱してしまっている。

 本物の夢と比較して秀逸なようで、実際には幻想的という意味でひどく劣っている。


 見ていた夢を幻想から外さないために、布団から抜け出した。

 やがて重い瞼も開くようになり、ふらついていた足取りも普段通りに。

 朝食の匂いにつられながら、リビングへと向かう。


「おはようございます」

「えぇ、おはよう。今日、帰ってしまうんでしょう?」

「あっ……すみません、言い忘れてしまいました」

「いいってことよ。しっかし、俺としても寂しいものだな」


 この家族は皆、温厚で溢れる方ばかりだ。

 自分の虚ろな心さえも、浄化される気がする。


 席に座って、朝食を取る。

 彼女も既に席についているのだが、どこかそわそわとしている。

 それを横目で一瞥してから、口に食べ物を運んだ。


 彼女の落ち着かない様子は、食事を終えるまで続くことに。

 そのせいか、彼女の食べる速さも若干速くなってた。

 予定よりも速く部屋に戻り、出発の準備。

 まだ午前の九時くらいだが、速く準備することに。


「え~っと、服に携帯、カメラに……あっ、そうだったか」


 持ち物の確認を一つずつ丁寧にしていて、思い出す。あの切符のことを。

 結局、あれから何がわかったわけではない。

 今更考えたところで、謎は解けるどころか複雑に絡まるだけだろう。


 携帯も、この村だと圏外だろうと思って、今日まで全く使っていなかった。

 案の定と言うべきか、確認しても圏外のマークが浮かんでいる。


「ちょっと、いいですか?」

「うん? どうした?」

「いえ、その……外に、一緒に来てほしいのです。少し、話をしたいんですよ」


 彼女の要求にわかった、と言って、手を引いて玄関へ。

 戸を開けると、だるくなりそうな快晴が広がっていた。

 思わず手で光を遮りながら、風通しのよい道へ。

 迫力ある入道雲が縦に巻き上がりながら、空で踊っている。


「もう、あと数時間ですね」

「そう、だな。なんだ、寂しくて泣きそうなのか?」


 ふざけて、からかう。


「別れは何度も経験しましたが、泣いたことはないですよ。でも、今は泣きそうなくらい辛いです。胸だって、苦しいくらいなんですから」

「だったら、今ここで泣いても――」

「ですけど別れのときくらいは、泣いちゃだめってことは、わかりますから」


 彼女は、俺が思っているよりもしっかりとした女性だった。

 空に揺蕩う眩しい太陽に目を細めながら、切に願う。

 これが、彼女のこれが、これからも続きますように、と。


「あと、手術……受けてみる、かもです」

「本当か? 大丈夫なのか? 無理しているのか?」

「いいえ、無理もしてないです。その代わりと言ってはなんですが、交換条件です。私は、貴方の姿が見たい。なので、来年も来てください」


 ひと夏の出来事は、未来へと。

 空に霧散することはなく、ゆったりと流れることを彼女から条件として出された。

 だったら、俺の答えは一つだ。


「勿論、君がそう言うなら。よければ、来年もお世話になるよ」

「えぇ、私もお世話になりますね。ただ、私は心が弱いので、手術できないかもしれませんが」

「その時は、その時だ。俺がまた、君の『目』になるよ」


 彼女の『目』となって、この村を(めぐ)る。

 最高の夢を、また味わう。

 甘蜜の体験の予約は、さほど悪くなかった。


「貴方が訪れた日には、花火大会でも開いて歓迎しますよ」

「できるのか?」

「さぁ? どうでしょうね。もう、戻りましょうか。暑くて倒れてしまわれては、困ったことになりますから」


 再び彼女の手を取って、家の中へと戻る。

 準備を再開しつつ、一つの言葉を思い出した。

 彼女の告げた、この村の噂。


『この夢見村の出来事が、全て夢になる、と』


 そして俺は、ふっと笑ってしまった。

 なるほど、確かにこの村は夢のように楽しかった、と。


 昼になるまで、切符を無気力に眺めていた。

 考えても一緒なことはわかっているが、どうしても気になっている自分がいる。

 逆に眺めるだけで何かわかるかと言われると、そうでもなし。

 

 時々に彼女と会話していたら、もう昼の時間はやってきた。

 今この瞬間さえも例外なく、時間は過ぎゆくものだった。


 重い荷物を持って、彼女と一緒に駅へ行く。

 ご両親は家事に畑仕事と、忙しいらしい。見送りの言葉だけ、ありがたく頂いた。

 俺と彼女二人共が、終始無言で駅へと歩んでいった。

 荷物を持って、交差する畦道の中、一つを選んで進む。

 気がついたら既に、駅の前へと到着していた。

 時刻は一時。電車が来るまで、あと数分もない。


 先に切符を買おうと、ホームに入る。

 そして、驚いた。

 何故なら、この間はいなかったはずの駅員が、いるのだから。


「この村を、出られるのですね?」

「え? あ、えぇ、はい」

「切符の、料金を」


 言われて、小銭を数枚財布から出して、手渡す。

 白髭を携えた、無口な五十代後半から六十代前半の、スーツ姿が映える男性。

 料金分の切符を受け取って、疑問が浮かぶ。


「あれ、切符が二枚も? それに、一枚は……真っ白?」


 文字も、数字も、何もかもが印刷されていない。

 形こそ切符のそれだが、表面も裏面も真っ白な紙切れだ。

 もう一枚は、俺が買おうとした切符で間違いない。ちゃんと印刷もされている。


「あの、これは――」

「降りた駅で、印刷された切符をお渡しください。白の切符は、貴方が望むのなら、これから肌身離さず持っていてください」

「望むの、なら? はあ、わかりました」


 意味がわからずに腑に落ちないながらも、彼のもとを離れる。

 そして間もなくして、踏切の警鐘が高鳴り始める。

 もう、あと数十秒で列車はこの駅を訪れ、去っていく。


「あ、あの! 待ってください!」


 彼女が大きな声で呼び止め、こちらへ駆け寄る。

 思い切り走っていて、かなり危ない。

 俺からも全速力で彼女へと走り、抱き止める。


「危ないじゃないか。そんなに急いで、どうしたんだ?」

「これを、受け取ってください」


 そう告げられながら、彼女にある物を手渡される。

 白い洋封筒で包まれた、何か。これは、恐らく。


「手紙……? で、でも君は――」

「はい。慣れないながらも、わからない漢字は母に感覚だけ教わって、頑張って私が書きました。よろしければ、列車の中でお読みください」

「……ありがとう。じゃあ、また来年。会おうな」

「えぇ。ありがとう、ございました!」


 彼女の目から、一筋だけ、涙がこぼれ落ちる。

 様子からして、彼女自身も気付いていないのだろう。

 その健気な姿を見て、俺も涙を誘われたが、昼の彼女の言葉を思い出し、決心する。

 泣くのなら、列車に乗り込んだ後にしよう、と。


 列車に入って、足がコンクリートから無機質な鉄へと降りる。

 扉を向いて、彼女へとできる限りで大きく手を振った。

 そして、彼女からも、大きく手を振られる。

 見えないはずなのに、俺の姿が見えて、反応しているようで嬉しかった。


 扉は、煙の音を立てながら閉まってゆく。

 完全に隔絶された後、ゆっくりと列車は加速する。

 彼女が見えなくなるその時まで、ずっと手を振り続けた。


 手を左右に動かした彼女が見えなくなって、無感動に手を降ろす。

 心が虚無で塗りつぶされながらも、席へとつく。

 行きの列車と同じく、乗客は誰一人としていなかった。


 はぁっと溜め息を吐きながら、手元の封をされた手紙を見る。

 涙が流れ落ちる前に封を開いて、手紙を開いた。

ばいばい、彼女(´;ω;`)

まだ最終回ではないですが、かなり近づいて参りましたぁ!(`・ω・´)ゞ

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