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八月の夢見村  作者: 狼々
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処世術

 今日、思えば初めて彼女と共に食事をした。

 いつも彼女が早いか俺が早いかで、噛み合うタイミングはなかったのだ。

 その分、新鮮さと嬉しさが相まって気持ちが上がってしまう。


 メニューは、ハムやトマト、レタス等、色々な具材が挟まれたサンドイッチ。

 サンドイッチはサンドイッチでも、食パンではなく、バゲットのような細長のパンに切り込みを入れ、その中に具を入れた形だ。

 それを、彼女は目の前でゆっくりと、両手で持って食べている。


 彼女のお父さんの方は畑に仕事、お母さんの方は買い物の準備。

 ということで、二人は早々に昼食を終えて外と部屋に行ってしまったのだ。

 結果、食事の遅い彼女と、それに合わせた俺しか残っていないわけだが。

 それにしても、見ていて飽きない。

 本当にゆっくり、可愛らしく食べていく姿は、愛らしさに溢れている。


「ご、ごめんなさい。待たせてしまっていますよね」

「いや、いいんだよ。今日は沢山話すってことになっているし、俺もまだ食べている途中だし」


 言った後、手元のサンドイッチをひとかじり。

 ハムの柔らかさ、パンの軽々しくもふわりとした食感。僅かに塩味の効いた味。

 黒胡椒の辛味がアクセントとなっていて、塩味はさらに深みを増してある。

 歯切れのよいレタスが、爽快な音を立てて水分を放出。

 やはりというべきか、美味しい。


 俺が食べ終わろうとしたときには、彼女もあと少しで食べ終わるというところ。

 彼女が喉を動かして飲み込む度に目線は吸い込まれる。

 妙な艶めかしさが、ひしひしと感じられた。


「ん……お待たせしました」

「大丈夫だって」


 待っている側としても、決してつまらなくはなかった。

 何の話題にしようか悩んだり、残りの日数、彼女と何をしようかと考えたり。

 あるいは、当初の目的である小説の内容を思案したり……切符などの不可思議を考察したり。


 ただ彼女を眺めるのでさえ、待機が徒労だとは思わなかった。

 そも、待つことを努力とは呼ばないのだが。


「じゃ、話そうか。君は何の食べ物が好きなんだ?」


 結局、こんなテンプレートな話題しか候補が挙がらなかった。

 ここで気の利いた質問ができれば彼女も退屈しないで済むのだが、どうにも俺が相手だと我慢してもらうしかないらしい。


 けれども、彼女をこと知るきっかけとなるならば、特別何がいいというわけでもない。

 こういう一般的・普遍的な質問でも、相手を知ることができないわけではない。

 むしろ、知ることができるから王道と化したのだろう。


「え~っと……私は、和食が好きですね。特に嫌いな食べ物がある、というわけでもないのですが」

「へえ、正直意外だった」


 全くない、というのは本当に予想外だった。

 勝手な印象なのだが、ピーマンとか食べられなさそうだ。

 食べられても、顔が可愛く歪みそうだと思っていてた。


 苦手な食べ物がないというのは、思いの外珍しかったりする。

 ゴーヤだったり、キノコ類だったり、納豆だったり、それこそピーマンだったり。

 口当たり・味や香り、さらには見た目。アレルギーは別だとしても、個人の多種多様な嗜好が絡むからだ。


 かくいう俺も、誠に遺憾ながら、口出しすることは一切できないのだが。


「むう、その意外って何ですか、意外って。そう言う貴方はどうなんですか?」

「ん~、俺も朝は言った通りパン派だが、和食も同じくらいに好きだ」

「嫌いな食べ物は?」

「…………」


 当然の如く、答えることができなかった。

 いやあ、どうしようもないよね。苦手な物は苦手なんだ。

 人には一つや二つ、苦手な物があってもいいと思うんだよ、うん。

 やっぱり、完璧な人間っていないよね。そうだと信じているよ。


「あるん、ですよね?」

「いや、それはだな……はい、揚げ出し豆腐の舌触りが、駄目です」

「和食派でしたよね!?」


 自分でも思い切り矛盾しているとは思う。

 揚げ出し豆腐は、れっきとした代表的な日本の家庭料理で、和食の一種であることは承知の上だ。

 けれども、別のものに入れ替えて例えると、何ら不思議なことではない。


 数学が好きだけれども、図形やグラフが絡むと全くできなくなるだとか。

 歴史が好きだけれども、日本史・世界史どちらかが苦手な部類に入るだとか。

 学生を経験した人類の中でも、理解できる人は少なくないと俺は信じている。


「確かにそうなんだが……いやはや、もっと言うのならば、あんかけもどこか好きになれそうにない」

「私としては、そちらの方が意外ですよ。貴方は何でも食べてしまわれる方かと。ヤシの実とかそのまま食べてそうです」

「ちょっと? それは過剰じゃないかい?」

「ふふっ、冗談ですよ」


 どう聞いても冗談には思えなかったのですがねえ。

 彼女が明るい笑みをハットの影下で光らせているが、俺としては複雑な気分だ。

 考えてもみてほしい。目の前にいる自分の恋の対象である異性に、ヤシの実を丸かじりしそうだと言われる気持ちを。


 ……複雑、だよねえ。


「それにしても、本当にあんかけが駄目なんですか? 和食じゃなくとも、天津飯とかあんかけのかかったパスタとかは?」

「無理だね。皿うどんも、八宝菜も、あんかけ焼きそばも。何なら、みたらし団子もちょっと危ういな」

「多いですね!?」


 自分でもふと、実際のアウトゾーンの広さに驚いてしまった。

 思っている以上に、苦手な食べ物が大量にある事実。

 嘘だとも思えるそれには、我ながら片腹痛いにも程があるだろうに。


 何か特定の料理に限定された話ではないからだろう。

 あんかけが駄目だと、あんかけに関した全ての料理が芋づる式のように駄目になる。

 だからといって、食わず嫌いでもなさそうなので、一層と(たち)が悪く思えるのだ。


「……でも、みたらし団子ならまだ大丈夫なのでは?」

「食べられることには食べられる。美味しいとも思うが、あんかけを連想したら駄目になりそうだな」

「あんなに美味しいのに……何だか残念というか、可哀想です」

「そこまでかよ」


 ともあれ、これからもあんかけと縁を切った状態を維持するわけにもいかない。 

 悲しきかな、上司との食事で、あんかけが食べられないとなると不都合は少なからずある。


 今からでも食べ物業界での処世術を、少しずつ身に着けていかねばならないようだ。

実は苦手な食べ物、私の話だったり(´・ω・`)


あんかけは食べれなくもないですが、食べなくてもいいなら食べぬ。

みたらし団子は普通に食えるようになったのよねん(*´ω`*)

しかし揚げ出し豆腐、てめえはダメだ(`・ω・´)キリッ

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