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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

とりとめのないエッセイ・短編集

下級魔法使いの小さな復讐禄

作者: 秋月

ローファンタジー復讐物です。

※明確な差別などの表現があります! お嫌いな方はお気をつけください

 また、企業名がでてきますが、実在の人物・団体・企業とはなんら関係はありません

今日も今日とて、ボロボロになって下校する。いつものことだが、今日は特に酷い。歯が一本へし折れて、ジンジン痛んでいる。頬もズキズキ痛むし、腹に至ってはもう、感覚が無いぐらいだ。


「あぁ、くっそ…」


 思わず悪態が口から漏れた。これで何度目だろうか。覚えてない。まぁ、どうでもいいことなんだろう。にしても痛い。あいつら、見つかっても問題ないと分ってるから、治癒すら掛けやしない。こんな事になったのは、絶対に異世界人たちのせいだ。


 世界に異世界人が現れてもう12年。魔法を使うのは当たり前になり、学校も魔法の為のそれが作られている。使える魔法の段階での差別は次々進み、下級しか使えない俺は差別の対象だった。母も父も最上級魔法使いだし、正直いって家族の中でも最下位だ。扱いが姉と、兄と、そして妹と凄い違いがある。


 妹は2歳年下、高校1年生で、まだ下級魔法しか使えないが、そろそろ中級に届くだろうと言われている、優秀な子だ。でも、俺と偏見なく話してくれるから、自慢の妹だ。きっといいお嫁さんになるだろう。賭けても良い。


 それはそれとして、腹も痛み出した。俺を散々殴るのは中級魔法が使える準優等生達だ。そのくせ、何か苛立つことがあるとこっちを殴ってくるのだから腹が立つ。教師達も俺が下級しか使えないのを知ってるから、差別して何も見てみぬ振りをしている。


 魔法が使えればと言っていた昔と違って、今の俺と、俺と似たような奴らは皆魔法さえなければと悲しんでいる。酷い話だとおもう。


 どいつもこいつも、なんだか力に酔っているような、そんな気がする。妹は違うが、なんで魔法が使える使えないで差別なんかするんだ? こんな物なかったほうが、まだましだったんじゃないだろうか。まだ十七歳の身だが、世界を見てる限り、やっぱり皆、おかしいような気がする。大きい国は大魔法使いの育成に力を入れているし、軍事に傾いた小国が洗脳と薬によるドーピングで人間砲台を作ろうとしていると言う噂もある。なんだか、魔法という謎の光に引かれる虫みたいに見える。


 差別とかも昔より進んでいる。黒人差別とか、昔はもっと酷かったらしいが、それを彷彿とさせる(と、経験した人たちが言っている)。いい会社には中級か上級の魔法が使えないと就職できないし、レストランも魔法の使える段階で分けられていたりする。喫煙席と禁煙席みたいに、上級魔法が使える方、中級魔法が使える方、見たいな感じで。水飲み場とかも、その内分離させられるんだろうか? そうなったら嫌だな、面倒くさいし。


 とと、いけないいけない。道を間違える所だった。これで門限を越えたら親父(おやじ)がなんていうか。もしかしたらぶん殴られるかもしれない。説教はごめんだ。


 直に家が見えてきた。少し大きめの家、屋敷と呼ぶのが近いのかもしれない。全て両親の財産からできたのだとおもうと、結構な金持ちだとおもう。門限は、間に合ったらしい。玄関に親父がでてきていなかった。間に合っていないと玄関に出てきて暫く家に入れない。


ドアを開けて、そっと玄関に入った。静かだ。いや、いつも通りなのだが。


「ただいま…」


 …いや、いつも通りではない。あまりにも静かだ。姉とか兄がゲームしてる声も音も、妹のおかえりも聞こえて来ない。何があったのだろうか? とおもっているうちに、沈痛、と言った感じの表情をした親父がでてきた。何故俺に受けつがれ無かったのかと思うほどナイスガイだ。


「…何かあった?」


 基本、俺が質問すると自分で考えろと言われる。妹には教えるのに。だが、今回ばかりは別だ。考えて分かる事ではないような気がした。親父は暫く何も言わなかったが、その内に口を開いた。


「――桃が、死んだ」


一瞬、風が俺の体を突き抜けて行った様な感覚。頭の中で、その言葉が反芻される。桃が死んだ。桃が。桃が? 気が良くて、優しい、あの妹が? 死んだ? そんな、馬鹿な。冗談が苦手な父なりの冗談なんだと信じたかった。だが、親父が俺にだけそんな事をしないのは知っていた。それに、常に強面を崩さない親父の表情が、今にも泣き出しそうなほど歪んでいた。嘘だ。その一事が出ない。ただただ呆然としていた。


 自殺だったらしい、と言う親父の声は耳を通り抜けて聞こえなかったが、その後の今日はもう寝ろと言う声だけに反応して、ふらふらと離れに向かった。


 家族と隔離する為に作られた離れは狭くてボロッちいが、いつも以上にそれを感じる。殴られた腹や顔の痛みさえ何処かに飛んでいってしまったような気がした。彼女がしんだ。そんな馬鹿な。好きな人ができたと喜んでいたあの子が死んだ? 悪い冗談の様にしか思えない。だが、事実なのだろう。糞ほど真面目な父の表情と声色が、痛いぐらい教えてくれていた。


「クソッ!」


 どうしようもなく、苛立ち紛れにベットを叩いた。すると、ベッドの枕の下から一枚の封筒がはみ出た。


「……なんだ、これ」


 兄様へ、桃より。そうかかれた封筒だった。茶色の何の茶目っ気もない封筒だが、それだけに、可愛らしい桃の、妹の字に迫力を感じる。気にしてなどいないだろうが、親父に悟られないよう静かに封を解いて、中の丁寧に折りたたまれた紙をぺらぺらと解いた。


「…"兄様へ。これを読んでいると言う事は"……」


 定型文から始まったそれは、こう続いていた。"私は死んだか、もしくはこれを忘れている頃だとおもいます。"


「なんだよ、これはよ……!」


 かかれていたのは、妹へのいじめの事実。しかもいじめていた連中は、三年のトップ魔法使い、御門栄治の取り巻き女子と、そのまた取り巻きの男だったと言う。怒りがマグマみたいにドクドクとあふれ出した。だが、それを全力で押さえ込んで、続きを読んだ。賢い妹は、自分が死ぬ事すら考慮して、名前と考察を書き込んでいた。皆、優秀な妹に栄治が奪われると言うような懸念ばかりで犯行に及んだようだ。腸が煮えくり返る思いだが、それでも何とか押さえつけた。


 全部読み終える頃には、歯を全力でかみ締めていた。妹がいったい何をした。お前らがかってに嫉み、かってに恨み、かってに殺しただけだ。妹がしんだ。そんなくだらない理由で。争っても居ない男を狙って。あぁ、腹が立つ。視界が真っ赤に染まるようだ。こんなに怒ったのは中学生以来だ。その時より酷い。殺気を持つ日が来るとは夢にも思って居なかった。


 ただ、思考を支配したのは一つだけ。


「……殺してやる」


 全員、問答無用で殺してやる。桃が味わった苦しみを、恐さを、倍与えて殺してやる。人殺しの禁忌を、ただ怒りが凌駕した。法律なんて知った事か。どうせ下級魔法しか使えない俺と、まだ中級は使えなかった妹の事なんて聞いてくれはしない。オトナなんていつもそうだ。結局一つの事しか見てなくて、それ以外で価値を計れない。人を殺しておいて、何食わぬ顔であいつらが堂々と歩いて行くなんて許せない。あぁ、あぁ。もうどうでも良い。


皆殺しだ。


 もはや何も考えず、俺はパーカーを着てフードを思いっきりかぶり、偶々気付いた親父の制止を無視して、夜の街に走り出す。奴らの居場所も、行動も、全て分っている。殺してやるぞ。てめぇら全員。




 夜の街は意外と明るい、と知った。今、夜七時。活気が夜を覆い始める頃合いなのを知る。このぐらいなら、こんな格好をしていても怪しまれない。ポケットに手をつっこみ、繁華街をうろつき始める。衝動的に出てきてしまったが、実行犯の一人が夜、この辺りで遊ぶのは妹のノートに書いてあった。実行犯の一人だ。今日も、かつ上げしているのか? 妹を殺した、その腕で。


 ……いた。めがねの気の弱そうな男子を引き摺っている、あの茶髪の奴だ。裏路地へと入って行った。今の顔だけは桃には見せられないな。怒りに任せて動く、悪鬼の様な顔になっているんだろうから。こんな表情みせたら、泣いてしまうだろうな。なんていったって。


「…ク、クク……」


今から人を殺すのに、笑いがこみ上げて来ているんだから。




 裏路地に入ると、茶髪の奴がめがねの奴を蹴っているのが目に入った。そうやって桃も殺したのか? まぁ、どうでも良いか。


 俺は茶髪の肩を叩いた。と同時、下級魔法の詠唱を終わらせる。


「あぁん?!」

「『燃える掌(エルベ・ラトラ)』」


 振り返ったバカっぽい茶髪の野郎の顔を、燃え盛る右手でわし掴む。抵抗できないように、左手は首に回した。どちらとも、全力で締め上げる。


「がぁっ?! あがぁぁああぁ?!」


 両手で必死にどっちかはがそうとしているようだが、熱くて触れないようだ。当たり前だ、燃えている炎に手を突っ込む馬鹿はそういない。


「死ねよ、なぁ。桃はきっとこれ以上苦しんだぞ? さっさと死ねよ、ほら」

「おっ、お゛ま゛えごんなごどじでただでずむとおもって――」


 その汚い声を聞かせるな。右手で頭を地面に叩き付ける。ゴンッと鈍い音。

返事は聞いてない。さっさと死ね。


 言外にそう伝えるように、右手を離して、全力で蹴りを叩き込んだ。鼻が折れる音が軽快に響く。茶髪の鼻から血が漏れてきた。ハハ。屑野郎でも血は赤いんだな。そのまま何度も何度も、蹴りを入れ続ける。暫く音があたりに撒き散らされる。ゲシッ、ベキッ、ミシッ、ゴキャッ、グチャ、グチャ、グチャ、グチャ…




 気が付くと、俺は脳味噌がぐちゃぐちゃになった肉塊を踏みつけていた。自分を忘れ、恨みを叩き付けていたらしい。自分のなしたことに吐き気がこみ上げるが、めがねの奴がもう居ないのを知り、急いで逃げ出す。ここにいて、警察に捕まるわけには行かない。まだ殺さなければ鳴らないものが3名も居る。


 走り出して暫く、人気のない公園に辿り着く。街頭もなく、完全に暗い。此処なら、返り血も目立たない。そこであらためて。


「う…おえぇぇぇぇ」


 吐いた。なんだろうな。吐きながら、ブチ切れながらなのに、やたら冷静に頭が回る。人殺しを犯した罪悪感と嫌悪感。この足にこびりついた脳漿の感覚。全部冷静に把握できる。暫くして吐く物も無くなったころ、いい加減意識も戻ってきた。


 あぁ、人、殺しちまったんだな。そんなタンパクな感想が思わずもれて出る。これで俺もシリアルキラーの仲間入りか。ハハ。笑いがこみ上げてくる。自嘲の笑いが。


「フフ……ハハ、ハハハハハハッ!……ハハ…」


何やってんだよ、俺はよ。


 人殺しちまったら、あいつらと一緒じゃねえかよ。論理感とか、何処いったよ。あぁ、ぶっ飛んだか。そうかよ。今もタガが外れてしまっているような気がするから多分そうだろうな。思考が危険な方向に向かっている。


 もう、戻れないんだなぁ。そんなことをおもった。


 どんなにボロボロでも笑っていられて、明るい桃がいてくれて、少しでも希望を持てて、明るくて、眩しい。そんな場所は、もう。俺には、ないんだなぁ。


畜生。糞ったれ。


もう、戻れない。


 誰にも聞こえないように、真夜中、一人公園ですすり泣く。本当は吼えたい。人でなしになってしまった屈辱を。本当は吼えたい。こんな事をしても桃はもう居ないと分ってるんだと。本当は吼えたい。今すぐ誰か、俺を刑務所に、牢屋にぶち込んでくれと。


 けれど、奴らがのうのうと生きているのだけは許さない。全部全部、元はと言えばあいつらのせいだ。せめてあいつらだけでも、明日の朝日を拝めなくしてやらねばならない。最悪、道連れでも構わない。


もう、戻らない。


最後に、涙が一筋だけ落ちた。


後、二人だ。




 夜が明けて、しばらく。ピンポーン、とインターホンの音がが辺りに響く。マンション十一階。高いと感じるのは、住んでいたのが低い場所だからだろうか? まぁ、どうでもいい。


暫くすると、インターホンのマイクから声が漏れ始めた。


『…どちら様ですか?』


 今の俺は配達員の姿をしている。非常に申し訳無い事だが、トラックの運ちゃんから剥がさせてもらった。


「おはようございます。LL運送です、お荷物を届けに参りました」


 何か頼んでたかしら、と言うような声が少し聞こえた後、じゃあとりにいくわね、と言い、こちらに向かってくる足音が聞こえる。あぁ、そろそろか。帽子を目深にかぶった。今の俺は運送社員、LL運送社員だ。もどきだけど。少し下を向き、顔が見えないように徹底する。


 がちゃりとドアの開く音。視界の上端で、ゆっくりと開いていくのがみえる。この女は一人暮らし、家が大富豪なので金に困らぬ一人暮らしだという。随分と――


――静かに殺すには、おあつらえ向きだ


「何? 荷物なんて何処に――」


 そこで、会話を引き千切るように、手で女の口を塞ぐ。男子の握力の全力発揮だ。詠唱ができなければ強化などできはしない。なにやら喚こうとしているが、それを無視して下級魔法を唱える。


「『燃える掌(エルベ・ラトラ)』」


 瞬間、炎が俺の手を覆う。顔を焼かれながら女が目を見開いて凄まじい表情でこちらを見ている。どうだ? 苦しいか? 桃はもっと苦しかったんだろうよ、だから死ねよ。何か喋ろうとしているようだが、口を押さえているので分らない。聞く気もない。


 自分がやらかしているのを理解しながら、なんだか何も感じていない。これはやらなければならない事なんだと、頭の何処かで声が聞こえる。んな訳ないだろ。どんな理由があったって、人殺しはしちゃいけねえ事なんだよ……。


 にしても、この女、意外としぶとい。まだ足をじたばたさせている。もう酸欠のはずなのだが。全力で締め上げる此方の腕を、その細い腕で女とは思えない膂力で振り切ろうとしている。火事場の馬鹿力、と言う奴か? 確かに痛いし、鍛えてなかったらもう離していることだろう。だが、それでも此方の腕は外れない。


「死ねよ。さっさと」


 思わず、そんな声が出る。自分がだしたとは思えない、冷ややかな声だった。思わず自分でゾワッとする。なんだろう、吹っ切れたのだろうか? やたらと、人殺しに抵抗が無くなってしまった気がする。まだ二人目、いや、もう二人目か。一人殺したら二人も同じ、と言うような思考になっているのだろうか? 危険な思考だな。ハハ、本気でシリアルキラーの仲間入りだな。糞が。さっさと死ねよ。どれもこれもてめえらのせいなんだ。自業自得だとおもってさっさと死ね。


「ィ、ぁぇ……」


 怪鳥の様な声をあげている金髪の女の首を、全力で締め上げる。頼むから、さっさと死んでくれ。もう嫌なんだよ。桃が優しくて綺麗と言ってくれたこの手で人を絞め殺すのは。


 暫くして、女の体が力なく垂れ下がる。汚い物を触っているような気分になって、部屋の奥に死体を投げ入れた。本当に汚いのは、俺か。どうでもいい。そんなこと……どうでもよく、ないか。まぁ、いい。


「『燃え盛る壁(ファレ・ラトラ・エル)』」


 今は考えないようにして、死体を投げ込んだ部屋に下級魔術で火をつけた。魔力でできた炎の壁が、箪笥を舐めた。そして、床を舐めた時に着火。いっきに燃え広がっていく。証拠とか、そのあたりが跡形もなく燃えてくれる事を祈りながら、大声で叫んだ。


「火事だ!火事だぞぉ!」


 俺の体をせっついているのは、小説とかでたまに見るような憎しみとか、怒りとか言う奴なんだろう。でも、無関係の人まで死ぬのはごめんだ。せめてそれだけは、徹底したかった。俺って、弱虫だったのか? 人殺してる時点でそうでもないか? 今の捻じ曲がった論理感だと、何が正しいのか、分らねぇなぁ。




 マンションから遠く離れた場所に走ってきて、ベンチに座り込んで溜め息を付く。俺の人生ってこんな糞どものせいでおわるのか? いや違うか。俺が悪いんだな。怒りに突き動かされた、俺が。親父に相談すればよかったかもしれない。親父は最上級魔法使いの一人で、広範囲系の魔法は下手すると核兵器一発分に相当するらしい。親父の権力なら、俺が殺した二人とこれから殺す一人ぐらい簡単に刑務所にぶち込めたかもしれない。


 やっぱり、俺が悪いな。もっと考えればよかった。もうどうにもならないけどな。ハハ。俺、糞野郎だな。世間一般で言ったら、"一時の衝動に身を任せて、犯罪を犯す近頃の若者"って所か。


 開き直るつもりは、ない。人を殺すのは犯罪だ。そうでなければ、あの3人組となんら変わらないじゃないか。これが終わったら、警察に自首しなきゃだな。ん? そういえば、自首ってどうやればいいんだろうか? 交番にいって、私は人を殺しました、でいいんだろうか?


 ……くだらないこと考えてるな、俺。意外と、心に余裕があるのかもしれない。もしくは、余程ぶっこわれたか。まぁ、自分でわからないってことは壊れてるんだろうな。心底どうでもいい。


此処まで来たら、後戻りだけはしたくない。


後、一人だ。




「……よぉ。久しぶりだな」


 俺は片手を挙げて挨拶する。俺の前にいるツインテールできりっとした目付きの女は、一応俺の幼馴染である。ただ、俺には一回、自己紹介されたぐらいでそれっきりだ。顔だけは覚えていたが、名前は思い出せなかった。接触が極端に少なかったせいだろうか。ま、それはおいておこう。ツインーテールは、こっちをキッと睨みつけている。


「……豪と春香を殺したのは、アンタ?」


 直球な問いに、俺は「あぁ」、と返事する。豪と春香とか言うのが誰か、一瞬分らなかったが、すぐに殺した二人だと理解した。そして、俺の答えにツインテールはビキリ、と音がするような動きで顔を歪めた。


「元から気に入らなかったけど、そこまで…」

「どの口が言うんだよ」


 言葉を遮り、言い放つ。一瞬、ツインテールの体が跳ねた。動揺で、だろうか。どうでもいいが。この女は、特段何もしなかった。ただ、やったことが酷く悪質で、殺意を覚えるだけだ。


 この女は手を出さなかった。だが、春香とか言う奴を唆したのは、こいつだ。こいつのせいで。髪の毛が逆立つような感覚と共に、ドス黒い殺意が俺の奥から溢れてきた。


「な、なんで」

「気付かないとでも思ってたのかよ、あの聡い子が」


 言葉を遮り、殺意を押し込めて言い放つ。全てこいつが、栄治の傍にずっと居たいがために画策した事だと、気付かないと、思っていたのかよ。俺は掌に爪が食い込むぐらい、強く拳を握り締めた。ギリギリ、と音がなる。そのまま、下級魔法の詠唱に写る。


「『燃える掌(エルベ・ラトラ)』」

「ッ!?『我が身は雷光を纏うアトレ・ヴェル・エーヴ』!」


 流石に上級魔法使いと言うべきか、俺よりも展開は速く、構築は精密で頑丈だ。ツインテールの体を、バチバチと紫電が走る。


だから、どうした。俺の手を飲み込んでいる炎が、より熱く、赤く、大きく燃える。


「俺は、てめぇを、許さねぇ」




「おらァッ!」


 俺の拳が、酷くスローに目に写る。それは、ツインテールの拳が早すぎるからだ。それでも、クロスカウンターの形で無理やり命中させる。それでも、身を捩られてたいしたダメージは与えられない。若干の火傷は負わせたが、帯電した拳による感電ダメージの方が大きい。右目の視界がチカチカと明滅している。


 だが、頭を振ってそれを追い出すと、また殴りかかる。今度のストレートはバックステップで避けられた。糞、すばしっこい……!


「ラァッ!」


 再度密着してボディブローを放つが、此方が帯電するだけで上手くいなされてしまった。体がバチバチとなるたびに痙攣している。


「ってぇな、糞がァ!」


 そう叫びながら、また構える。ボロボロだが、知った事か。相打ちでも構わん。ぶっ殺してやる! ツインテールは俺の周りを縦横無尽に飛び回りながら蹴りだのパンチだの色々放ってくる。魔法を放って来ないのは、高出力過ぎて俺が死ぬと分っているからか? お優しい事だ。死ね。


 横っ面を蹴ってきた所を、必死に電撃と殴打の痛みに耐えて足を引っつかむ。だが、マーシャルアーツの様に掴まれた足を軸にサマーソルト。俺の顎に命中してふらつく。ツインテールはその間に二回ほどバックステップし、また距離を離される。


あぁくそ、鬱陶しい…!


また突っ込んでくるツインテール。いい加減に…!


「し、ろぉッ!」


飛んできた拳に、渾身のヘッドバッド。


「ふぁ――ッ?!」

「捕まえたぞォ?」


 ビキリと額と拳が激突し、一瞬硬直したツインテールの体に、全力で踏み込んでの左手ボディブロー。メシィ、と凄まじい音がして俺の拳が腹にめり込む。血を吐き出して吹っ飛びそうになるツインテールの体を右手で押さえた。そのまま、左手でもう一発、少し上にボディブローを放つ。苦悶の表情と共にくの字に曲がるツインテールの体。


「逃がさん…ッ!」


 一発、二発、三発、四発、怒りに任せて、次々とパンチがツインテールの腹に向かって乱れ飛ぶ。これで死ねよ――ッ!


「『――――』」

「がぁっ?!」


 糞、こいつこんな状態になって雷ぶっ放してきやがった! 自分も巻き込んでたからか出力は低かったが、それでも滅茶苦茶痛い。だが、手を離してやらない。むしろ、襟首を掴んでもっと殴りやすい姿勢に変えさせる。


「てめぇに、裏切られた桃の気持ちが、分かるかよ?」


 裏切られたと知った桃が、どんなに嘆いたか、お前に分かるのか。俺にはわからん。だけど、これだけはいえる。お前は相当、桃に恨みを買ってるんだろうってことを。


「分らねぇんなら…死ねよ」


俺にも、わからないけど。左手が、顔面を捉える――

――前に、俺は横合いから吹っ飛ばされた。


「ぐっ?!」


 慌てて転がり立ち上がると、其処にいたのは、くせっ毛の青年。いけ好かないイケメン野郎。高校のトップ魔法使い、御門栄治だった。


「……何か、用かよ」


 怒りを、殺意すら込めた視線を御門に向ける。後少しで、そいつの息の根を止められたのに。


「こんな事をして、何になる」


 対して御門は信念の篭った、怒りの目線を俺に向ける。凄まじい威圧感だ。さすが、若くして上級がつかえる天才魔法使いと言った所か。刺すような威圧だが、それでも俺は退かない。


「……何にも。何にも、ならんだろうなぁ」


 心の其処から、そうおもう。そうだ。3人を、実行犯も首謀者も殺しても、桃はもう帰って来ない。微笑みかけてくれる事もない。だからこれは、ただの自己満足に過ぎない。そんなことは、分っている。


「じゃあ、何で……! 桃はこんな事のぞんじゃいない!」

「だからどうしたァ!」


 即答。当たり前だ。桃はこんな事を望まない。御門がたじろいだ。


「だって、もう死んじまった」


 死人は、何も望まないし、願わない。何も言ってくれはしない。分かりきっている事だ。死人は何もやってはくれない。でも、生きている人の中には、死んだ人がやれなかったことをやってあげる奴も居る。たとえば、ちょっと花に水をやったり、花を添えたり、景色を守ったり。


 俺も、糞みたいに汚いけどその一人なんだと、思う。桃は、きっと願っている。復讐ではなく、これ以上こんな事が起きないようにと願うだろう。普通なら下級魔法使い(オレ)一人じゃ、世間様は見向きもしてくれないだろう。だが、差別の問題になれば話は違う。世間様はこぞって同情してくれる。"差別のせいで法を侵した少年"だ。いかにも飛びつきそうじゃないか? 最初はそんなこと、考えていやしなかったけど。


「これ以上こんな目にあう奴をなくす為には…これしか、ない」

「もっと他に方法があっただろ!」


 御門は、尚も俺に語りかけた。あぁ、あったさ。他の方法もな。だけど、だけどな。それはやれる力を持った奴の話だ。


「これしかないんだよ!下級魔法使い達(俺たち)が世間に意見を届けるにはよ!」


 派手な事をやるしかない。それも、とびっきりに。俺のやってることは間違ってる。それは正しい。でも、でも。それ以外にできない。それ以外にやらせてもらえないんだ。


「お前は……恵まれてるから、わからないんだろうな」


 お前に分かるかよ。殺意を更に強く込めた視線を御門に向けた。お前に分かる物かよ。上級ってだけで優遇されている奴らを、下からうらやんでいる奴らの気持ちが。どれだけ頑張っても底が見えている苦しさが。そして、自分の道すら選ぶ事ができない辛さが。どれだけ分かるって言うんだよ、天才魔法使いさんよ。


「『燃える掌(エルベ・ラトラ)』」


 俺の拳が静かに、そして力強く燃え上がり始める。何時の間にか握り締めていた拳からは、強く握りすぎたのか血が滴っていた。


「"最後"に一つだけ言っておくな」


 苦虫を噛み潰したような顔の御門に向かって、大きく息を吐いて、吸う。これで、おしまいだ。


「俺、お前が大嫌いだったんだ」


 何処までも恵まれた、お前が。




「『朝8時のニュースの時間です。あの痛ましい、高校生連続殺人事件から1ヶ月がたちました』」


ちょっとポンコツ気味なテレビから、珍しく滑らかな音が出始めた。ニュースキャスターが、ちょっと渋い顔をしている。その後、男性司会者がでてきて、解説を始めた。


「『下級魔法使い差別から犯行に及んだ少年A。しかも、妹を殺されてカッとなっての犯行だったという話ですね』」

「『相談所などは両名から相談を受けていたものの黙止していたと言う証拠もあります。近年の差別は特に酷いですからね…』」


男性司会者が分ったような口ぶりで、悲痛な表情で語っている。滑稽にも写るが、それほどの大事件であったという事だ。


「『これを受けて、日本政府は下級魔法使いに対する差別の撤廃を進めていると言う話も有ります』」

「『どうなるかは分りませんが、差別による第二の犠牲者が生まれない事を祈ります』」


男性司会者がそう締めくくると、ニュースキャスターが次のニュースに移った。それと同時に、視線を外す。せっかくの飯が冷めてしまう前に、さっさと食わなければ。この場所に来て、初めての飯になる。お世辞にも美味しそうとは言えないが。


口に含んで噛むと、味の薄い病院食か老人食みたいな味がする。育ち盛りとしてはもう少しボリュームが欲しい所だが……まぁ、贅沢を言うべきではないだろう、場所が場所であるし。仕方なく黙々と腹に収めながら思った。


「クサイ飯っていうけど、そこまで臭くないんだな……」


そんな言葉が独り言として出るくらいには、余裕が在るらしい。

いかがでしたでしょうか?

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[良い点] 場面展開の速さと丁寧さ [気になる点] 少し話のまとめ方が……… [一言] 全体的に楽しめた
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