奥山さんのユウウツ。
奥山さんは雨が苦手。
「あかりちゃん、おはよう」
「おはよう、奥山さ……ちょっと!水浸しじゃないの、どうしたの?」
小雨が降る日。奥山さんは盛大に濡れて出勤してきた。
「確かに雨だけどそこまで濡れる?そのシャツ何色かわからないよ?」
「これはオレンジ色に小さなミカン模様だよ」
「分かりにくい模様ね、せめてレモン模様とかなかったの?もうオレンジ色じゃなくて赤だよ、ミカンも見えないよ、オレンジ色にミカン模様!?」
相変わらずの独特なセンスはさておき、奥山の濡れ具合は尋常でない。
「どうしたらそこまで濡れるの?」
「髪がさ、濡れたら真っ直ぐになっちゃうから、髪が濡れないように歩いていたら体が雨に負けてた」
「そこまでしてそのキノコみたいな頭を守る意味がわからないな」
「すごく直毛だから毎日ぐわんって丸めてるんだけど濡れたらすぐサラサラになっちゃうんだよ、せっかく丸めたのに損した気分になるから濡らしたくないんだ」
奥山さんの髪型はつやつやしたマッシュルームカットで、毎朝大きなブラシとドライヤーを巧みに使いきれいに頭に乗っている感を出している。
「直毛とかどうでもいいけど着替えあるの?」
「ない、とりあえず店で買っていい?ツケで」
「えー、やだ」
「えー」
「えー」
「えー」
「こだま遊びいらないから、お給料から引くよ?いいの?」
「やだ」
「なら払いなさいよ?」
「安くしてね」
店の片隅に少しだけある服から奥山さんは選んだ。オーナーが海外から買い付けてくる服は、あかりちゃんから見ると全く魅力的ではなく、常に売れ残っているようなものだ。以前は今よりたくさんの服を置いていたが、あまりにも売れないので仕入れを控えるようにオーナーに伝えた。
奥山さんが選んだ服は、ポットからこぼれたコーヒーがリアルなコーヒー染みを付けているような下が茶黒く滲んでいるベージュのシャツと、ベーグルのワッペンが付いたダメージデニムだった。お腹が空いているチョイスだ。
「千円で!お願いします!」
しわしわの千円札を差し出し、合掌する奥山さんから「いいよ」と悲しい目をしながら受け取った。どうせ売れないのだ、奥山さんの貴重な千円でも売上になるのだからよしとしよう。
「オーナーの服って趣味いいよね」
着替えた奥山さんはニコニコしながら言った。
「そうね、オーナーと奥山さんは趣味が合うみたいだしね」
あかりちゃんはどうでもいいやと思いながら返事をした。もう服を置くのは止めよう本当に止めよう、実際に着ている人を見て、あかりちゃんは強く決断した。
「それにしても、なんでその頭にこだわるの?」
「似合うから」
「世迷い事言ってる」
「これ大変なんだよ、パーマにしようとしたら竹を割ったみたいな髪だからうまくいかないって言われたけどなんとかやってもらって次の日には真っ直ぐになっちゃってて」
奥山さんは前髪をなでながら憤慨していた。
「竹を割った……ああ、真っ直ぐってこと?」
さすが奥山さんが行くサロンだ、喩えもおかしい。
「散髪だけなら1500円だからもういいやって感じだけどね」
「やっす!どこそれ!?」
「商店街のカタヤマ理髪店」
「……」
あかりちゃんは絶句した。違うって、本当に遣うお金とか気力とか、全部違うって。タバコ吸ってビール飲んで趣味がガパオでカットはカタヤマ理髪店て。
「奥山さん、頭おかしいって!マジで」
急に大きな声を出すあかりちゃんに、奥山さんは驚いた。
「やっぱり濡れて真っ直ぐになっちゃってる?」
奥山さんは雨が苦手。