【二十二、ディスエイブル】
毎年七月七日の七夕にSF短編を投稿するという『七夕一人企画』を実行しています。今年もなんとか「星に願いを・2016」をお届けできそうです。七夕の「織姫と彦星の物語」に因んだSF短編をご堪能くださいませ。【七夕一人企画・2016】
陽の光がラウンジの天窓から差し込んで、白い床に窓の面積と同じオレンジ色の影を作っていた。私は窓際のテーブル席に座ってコーヒーをすすった。窓の外に見える罠場にはまだ四体のブタドックリが横一列に並んでいた。
「お疲れさま、そして、ありがとう」
私はブタドックリたちに向かって小さくつぶやいた。
「おはよー。早いわね。よく眠れた?」
ルキァが目をこすりながら、私の目の前に座った。
「えぇ、眠れたわ。でもルキァ、もうお昼よ」
「あら、ホントだわ。だからおなかが減っているわけね……昨夜はたくさんの出来事があったからねぇ」
ルキァは、時計に顔を向けて髪の毛をかき上げだ。
「ホントにそうね、昨日の夜はたくさんの出来事があったわね」
私は、罠場のブタドックリたちに視線を戻しながら昨夜の出来事を思い出していた。
わきの下にコードを取り付けられた白いアンドロイドはピクリとも動かずに、ストレッチャーに乗せられたままの姿でそこにいた。
「うーん、端子がつながっていて反応は確かにあるのですが、アクセスを拒否されている感じです。プロトコルは検索して調べた通りなのに何かが違うみたいですね。何がダメなのか、さっぱり分からないのですよ」
クリーンルームの仕様を解除したラボで白いアンドロイドの前に、うんぬんと悩む私とルキァとアクティがいた。
私たち三人は、アンドロイドを分解して修理することをあきらめ、せめてキーンのバックアップだけでも、とアンドロイド内部へアクセスを試みていた。アンドロイドにつながっている走査端末の前でコントローラを操りながら、アクティは眉間にしわを作っていた。
「やっぱり『パスワード』みたいなモノが必要なんじゃないかな?」
ルキァがあごに手を当てながら発言する。
「今時、パスワードですか? 生体認証ならうなずけますけますが、フレーズやナンバーキーでの認証は脆弱すぎると思いますが」
「でも、この状態のキーンはセンサー、つまり目とか耳とか鼻とかの感覚器官は全て使えないわけでしょ? その端末からできることと言ったら文字入力しかないから」
「いえ、そんなことはありません。ラスターデータつまり写真とか、ウェーブデータつまり音声とかもデータ化して入力すればアクティベーションとして使えますよ」
アクティの説明を聞いて、私の中で何かがひらめいた。
「アクティさん、私の声を認証に使ってみてください」
アクティはルキァと顔を見合わせた後、アクティとルキァは同時にコクリとうなずいた。
「それは妙案です」
私はすぐにヘッドセットを装着して、話しかけた。
「キーン君、聞こえる? 私のことが分かる? オーリヒ・メです。お願い、応えて!」
アンドロイドと端末画面とを交互に見ながら、私たち三人は反応を待った。端末の排熱ファンの音が数分間、静かなラボに響き渡った。
「やはり、ダメか……」
肩を落としてアクティがつぶやいた次の瞬間だった。
「ピーッ!」
端末が突然に反応したのだった。画面には『オーリヒ・メ』の文字が画面を埋め尽くした。
「やった!」
アクティは歓喜の声を上げ、私とルキァは手を取って笑顔で喜んだ。しかし、端末画面を見続けているアクティの顔からは、次第に喜びの表情が消えていった。
「あまり思わしくない状態ですねぇ」
その後に表示されたアンドロイドのテレメータは、そのほとんどが『ディスエイブル』を表示していた。
「それはとても残念だわ」
沈痛な言葉で応えるルキァだったけれど、私は『私に反応してくれたこと』がうれしかった。
端末は一つのデータセルを吐き出してからその反応を止めた。そのデータセルを私に渡して、アクティは静かに私に告げた。
「これは、オーリヒさんへのメッセージのようです。これも独特なロジックでロックされているので、アテクシには開封できません。おそらく、オーリヒさん自身はこれの解除方法を知っていると思われますから、自室でゆっくりと閲覧してください」
告げ終えるとアクティは立ち上がった。
「夜もかなり遅い時間ですから、もう就寝しましょう。ブタドックリの撤収と染料の回収と分配、そしてこのアンドロイドの梱包は、明日の作業としましょう」
そう言って、アクティは早々にラボから退出した。
「そうね、今日は疲れたわ。もう休みましょう」
アクティに続いて、ルキァもラボから出ていった。
私はしばらくの間、データセルを見つめていた。そしてそれを強く握りしめてラボを後にした。
「メッセージは観たの?」
ルキァはジュースをすすりパンをかじりながら、私に質問した。
「うん。内容はケーンからのメッセージだったわ」
コーヒーをすすりながら、私は笑顔で答えた。
「え? ケーンからの?」
「うん。『キーン』はケーンのコピーロボットだったの」
「そうだったんだ」
「私が時々危なっかしいことをやるから心配だったらしいわ。だから私を監視するヒトを送ったんだって」
「へぇ、やるわねぇ」
「ボクも頑張るから、君もルキァのところで頑張れって」
「またまた、のろけ話をごちそうさまです」
「茶化さないでよ!」
「あはは、照れてる!」
「ずい分と楽しそうですねぇ」
少し疲れの見えるアクティがラウンジに入ってきた。
「すみません。寝坊をしてしまいました。これから撤収作業をして、夕方にはここを出発しますので」
予定を告げるアクティに、私は駆け寄って深々と頭を下げた。
「アクティさん、いろいろとありがとうございました」
私の言葉でアクティは悟ったらしい。
「バレてしまいましたか。アテクシ、ケーン様にはずい分とお世話になっていまして、一つでもご恩をお返しできればと思い、ご協力いたしました。ですが、キーンのことはアテクシの不行き届きです。ケーン様にはきっちりと報告をして……」
私はアクティの言葉を制した。
「ううん、いいの。たぶん、ケーンはこうなることを予測していたのよ。そうでなければ、私自身が大変なことになっていたはずですもの。だから、お気になさらないで」
私はアクティの手を握った。
「ケーン様がおっしゃっていた通りの、お優しい方なのですね。分かりました。事実だけを報告することにします。それでいいですか?」
アクティの優しい笑顔に、私はうなずいた。
私は、アクティが操作してブタドックリを一体ずつトコトコと歩かせてコンテナ船のカーゴベイへと入るのを見届けてから、アクティとルキァが連携してこちらの船のタンクに染料を積み替えるのを見届けた。そして、三人で白いアンドロイドをカプセルに納め、緩衝材を封入して梱包を終えた。
「それではお二人様、お元気で」
アクティがこちらに通信した直後に、コンテナ船は舞い上がり、来た時と同じようにオレンジ色の空で銀色の点になってから消えた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
【七夕一人企画の宣伝】
毎年七月七日に個人で勝手に騒いでいる『七夕一人企画』です。
今年で十年の節目を迎えるこの企画、一人で勝手に七夕SF企画なのですが、自分の小説が毎年一つずつ積み重なっていく楽しい企画です。




