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第一章:息継ぎの幕間

第一章:息継ぎの幕間

     *

 盛大な爆音が響いた。

 四方一キロを囲まれた巨大な空間。

 天上と壁は金属に似た特殊な素材で覆われており、床の部分だけが森林となっている。

 鬱蒼と茂るその森には川や池、丘陵や小さな崖まであり、複雑な地形を空間の中に全て詰め込んでいた。その端整な造りは、箱庭にしては十二分に高い完成度だった。

 だが、その美しい森の中央で砂煙が舞い上がっていた。高さ十メートルに上る巨大な煙の柱だ。庭の景観を犯す煙だが、よく見れば砂煙は、様々な場所から昇っていた。

 そこは、地下階層深くに造られた演習場だった。

 新東合学園の地下。現在の神州を実質統べるとされる神州神話機構、その本部が置かれる地下階層。最深部に当たる第四階層が、この演習場だ。

 現在は二学年の第一中隊――五個小隊、二百人ほど――が合同演習中である。

 第一中隊は陸上科のみで構成される部隊で、演習課目は森林内での乱戦・遭遇戦だ。基本のルールは一対一だが、乱入・支援もありで、敗北判定に達した者は場内のキャンプ地に後退。最終的に一人になるまで行われる。

 演習は開始から一時間が経過。開始時は二百名近くいた生徒たちも、すでに十名以下に減っている。そろそろ決着が着くかという中で、一際激しい戦闘をしている者らがいた。それは、

「は――っ!」

「まだ追い込みが甘いぞ波坂」

 波坂と遠野だ。

 接敵から十分。どちらも有効打がない状況ながらも激しい攻防が続いている。内容は主に波坂が魔弾を絶え間なく放ち、遠野が生身の状態で避け続けている、と言ったところ。

「さっきから逃げてばかり。いい加減にワタクシの餌食となって散りなさいな!」

 叫ぶと同時、波坂は右手に圧縮した魔力弾を投射する。紫電の如き速度で魔弾は奔り、森の中を駆ける遠野目掛けて飛んだ。

 ……射線が真っ直ぐ過ぎるんだよ。避けるに決まってるだろ!

 尻目に弾速を捉えた遠野は、自前の脚力のみで前に跳躍。木の幹を踏み台にして、自身の進行方向を九十度曲げにいく。木を蹴って、彼は魔弾の射線から離脱した。が、その直後、

「爆ぜろ〝一つひとつび〟!」

 波坂の柏手に呼応して、放たれた魔弾が遠野の至近距離、それも背後で破裂した。

「……っ!?」

 予想外の衝撃に対応が一瞬遅れた。遠野は衝撃の痛みを、奥歯を噛んで堪え、ずれた空中の軌道を視覚の情報だけを頼りに修正する。すぐさま受け身の体勢に入った。しかし、

「貴方には負けませんわよ!!」

 視界の端で、遠野は魔弾を認めた。波坂の全力を込めた一発だった。

 ……波坂の野郎! 俺が護符以外は生身だって分かってんのか!?

 高速の魔弾。着弾まで残り二秒ほど。迷うだけの時間はなかった。

 直後。森の一部が吹っ飛んだ。

     *

     *

 巻き上がる砂塵。

 直撃を確信した波坂は手を握った。

 ……判定勝ちですけどまだワタクシの方が強い。これ以上離されては堪りませんわ!

 ちょっとやり過ぎた気もするが、彼に敗けるよりかはマシだろう。

 久しぶりの模擬戦。怪我のブランクもあり無理は禁物だが、残る個人的な目標は空のみ。以前喧嘩した際は対策もなかったが今回は違う。それに飛竜種は地上戦が不利だ。これはもう、

 ……ワタクシの圧勝ですわ。

 期待と愉悦に胸が高鳴る。縛った水色の髪を揺らしながら波坂は、他の生徒に見付かる前にこの戦域から離脱しようと踵を返した。が、その時だった。

「……!?」

 背後から異様な気配を感じ取り、咄嗟に彼女はその場を飛び退いた。

 わずかな差だった。うつ伏せになった彼女の後方で、砂塵は内側からの爆風で瞬時に吹き飛ばされる。 頭上を奔った爆風を、頭を抱えて波坂は凌いだ。

 爆風が過ぎ去ってから、彼女は後方に視線を飛ばした。スカートが捲れているも気にせず、波坂はそこに起つ者に声を荒げた。

「遠野・和時! 貴方何故立ってますの!?」

 倒した筈の遠野は、地面に倒れ込む彼女の姿を捉えるとすぐさま指で差して、

「危ないからもっと力の加減をしろ! それと今日の魔力をどうしてくれるんだ!?」

 遠野はその全身から漲る魔力を周囲に放っていた。

 彼の少ない魔力全てを費やして発動される神力〝大地功だいちこう〟。そして、それによって使用可能になる彼の奥の手が異能〝有者ゆうしゃ〟。この世に存在する全ての異能が使えるといわれる。

 そんなものを使われたら、こちらが勝てる訳ない。内心彼の指摘に頷きつつも、波坂は圧倒的な魔力に向かって無理くり喚いた。

「ぅう、――勝てばいいんですわ勝てばッ!」

「なら俺が勝って文句を言えないようにしてやるからな!」

 ああ、怒っている彼もかっこいい。

 精神的な意味では常時敗けですわ、と高鳴る鼓動にときめきながらも波坂は全力で相手する覚悟を持った。伏せた状態から立ち上がって、真正面から遠野と相対する。

 彼は強大だ。先までとはまるで違う。魔力を発し、覇気を纏い、そして尚且つかっこいい。

 油断はならない。息を整え、体内の魔力代謝を均一にし、眼球裏に魔力を集めていく。

 異能〝邪眼束縛じゃがんそくばく〟。相手に金縛りを掛ける異能。遠野相手に何秒保つか未知数だが、時間が稼げるのなら十分だ。

 ……全く。ゾクゾクする戦いになりますわね。

 今日は金曜、四限目までは全て演習。まだ二限目で、この遭遇戦は最後の一人になるまで続けられる。自分たちの戦いに乱入するほど馬鹿な人間もいないだろうから、

「存分にやりますわ!」

 ならば先手必勝。と、波坂は両の五指の先に、それぞれ二重圧縮で小型化した魔弾を形成する。初撃から全力で撃ちまくった。

 まずは全弾斉射。反応速度を確かめてから、次に遠野の回避行動を目と身体で追う。片手五発を順次連射し、もう片手の魔弾を充填していく。弾幕を張り続けて反撃の余地を与えない。

 だが、彼は相変わらず馬鹿げた男だった。

 ……何で当たりませんの!? というか速すぎますわ!!

 神力を発動させる前もそうだが、彼の動きはおかしい。魔弾の速度は銃弾には及ばないものの避けるのは困難。森林地帯で足場が弱いというのに、こうも着弾しないのはおかしい。

 ……ああ和時さん、そんな魅力も痺れますわ!

 口端を吊り上げて、波坂は己の眼球に魔力を通した。途端、彼女の瞳が黄金色に輝く。

「縛しますわ! 異能〝邪眼束縛〟!!」

 魔力や霊体を構成する霊子を読み取り、その運動に介入する事で相手の動きを縛る。

 魔弾の回避を動きに合わせて、波坂は遠野の霊体を縛った。これなら、

「全弾直撃ですわ!!」

 走る体勢のままつんのめった遠野は、後方より来た魔弾の弾幕に襲われた。波坂は歓声を上げる。今日初めてのヒットだ。威力は弱いがダメージはあった筈。

「さあ、なら次はデカいのをどんどん行きますわよ!」

 手中一杯になるほどに膨らませた魔弾を連続で六発。、全て至近での着弾を確認した。

 確かな手応え。これで当たっていなければ彼は滅茶苦茶な性能だ。

「でも、これで終わらないのがあの人ですものね」

 そう呟いて、波坂は見計らったようにバックステップで跳んだ。直後、先まで彼女がいた場所に火炎弾が隕石のように落ちてきた。視界が一瞬で赤に染まる。

 追撃を警戒した状態で波坂は邪眼で辺りを探り、一際大きな魔力の元を探る。遠野は手間もなく見付かった。正面のやや左、茂みに隠れる形でしゃがんでいた。

 ……どうやって移動したかは企業秘密として、傷が治ってるのはやはり異能の力ですのね。やっかいですわ。でも、

「……ワタクシにも隠し玉はありますわよ」

 向こうが神力ならこちらも神力。少し手荒だが仕方ないと諦め、波坂は邪眼の霊子視認を全方位に最大展開した。

「霊子空間捕捉。気流、運動方位特定。――神力〝黄泉津追縛よもつついばく〟!!」

 距離三十メートル。茂みに潜む遠野の四方を囲む形で、波坂は空間を束縛した。

 ……強くとも当て続ければ勝機はありますわ!

 魔弾の威力を上げるために異能を一時解除。両手に魔力を集中させて、彼女は圧縮した魔力の弾頭を乱射した。

      *

      *

 異能をかわし、数秒だけ地中に潜った遠野は火炎弾の投射と共に地上に出た。

 茂みの中に隠れて、今後の作戦を考える。

「あまり火力の高い攻撃は避けたいな。土か植物かを操作する異能で仕掛けるか」

 この演習場は地下で、ただでさえ崩れやすい。馬鹿な出力で魔術や異能、異業を放とうものならすぐ崩壊。故にここでの演習は常に、出力調整を強いられる状況を想定したものとなる。今回の場合は、敵数不明の遭遇乱戦。魔力消費を抑える戦いを求められている。

 波坂が魔弾や異能を中心としているのもそのせいだ。地上での彼女ならばまず異能で足止めし、そこに火炎と水撃と雷撃と、取りあえず火力の高いものを撃ちまくってくる。

 ……上手い戦い方とは言い辛いが、なまじ勝てているから困る。

 取りあえずは移動だ、と遠野はつま先に力を込めた。が、その瞬間、

「くっ、――波坂の神力か!?」

 一瞬で四方を厚い壁で囲まれてしまった。以前よりも格段に精度が増している。

 なぶり殺しは御免だ、と遠野は身体を保護して、狭い空間内にありったけの魔力を解放させた。魔力の内圧が急激上昇する事によって、空間にわずかな亀裂が入る。

 ……そこだ。

 亀裂を拳で叩き割り、遠野は波坂の束縛を無理やり解いた。

 すると、それを見計らったように彼目掛けて魔力弾が襲い掛かってきた。魔力を放出し切ったばかりの遠野にそれらを弾き返す余裕は無かった。が、

「長々と続けたくないからな……っ!」

 被弾する事を諦め、遠野は地面を蹴って、その中で魔弾の軌道を目で追った。

 速い。

 襲いかかる魔弾を紙一重で避けていき、途中一発肩に食らったが気にせず、遠野は波坂を探した。彼女はすぐ見付けられた。故に、

「こっちの勝ちだ。波坂!」

「きゃ――――」

 地面すれすれで疾駆した彼はそのまま波坂の懐へ潜り込み、その腹部へ軽い掌底を見舞ってやる。腹部への攻撃は有効打だ。

      *

      *

「はぁ、また敗けてしまいましたわ……」

 森の中、地べたに座り込んで腹部を擦る波坂はそうぼやいた。傍にいる遠野は、

「隠密や機動性はこっちの方が得意だからな。それでも何度かヒヤッとしたところはあった。まだまだ伸ばす余地はある」

「それが皮肉でない事を願いたいですわね」

 そう言うと、波坂はひょいと立ち上がり、スカートに着いた汚れを叩いて落とす。

「では、ワタクシはそろそろキャンプ地に戻りますわ。おそらく蒼衣・空はまだ残っているでしょうから、対人戦の手ほどきでもして差し上げなさいな」

「どうだかな。あれはあれでやり辛い」

 肩を竦める遠野は苦笑し、波坂もまた口元を緩めた。が、ふと不意に、波坂はある事を思い出した。少し頬を朱に染めて、彼女は、

「あ、そ、そうでしたわ。遠野・和時。今日は、放課後などに予定はありますこと?」

「いや、特にはないが。また何かの手伝いでもすればいいのか?」

「ち、違いますわよ! ……その、話したい事があるので、夜、御自宅を訪ねてもよろしいかと……」

 遠野はあくまで平静だ。そのせいで余計に緊張してしまった波坂は、顔が赤くなるのを半ば諦めて、彼の回答を待った。

「このあとじゃ駄目なのか?」

「駄目ですわ! 是が非でも貴方の御自宅で話したい事がありますの。なんなら夕餉でも作って差し上げますわよ!」

「そ、そうか。なら分かった。有難くご馳走になる」

 若干引かれ気味だったが気にせず、波坂は頭の中でガッツポーズした。

 知り合って一年。ようやっと彼の家に上がれる時がきたのだ。しかも彼は独り暮らし。何が起こるか分からない。そう、何が起こるか分からない。とても大事な事だ。

 ……まぁたぶん何も起きないですわね。和時さんのお料理頂いてみたかったですけど、ワタクシの料理でぎゃふんと言わせてみせますわ! 

 こんな時のために母から料理を学んできたのだ。放課後が来るまでにメニューを考えなければ。――内心で色々考えつつ、波坂は口を開いた。

「では、詳しい所は後ほど言いますわ。敗けないよう頑張って下さいな」

 と、彼女は遠野に微笑で、踵を返そうとする。が、その直前、

『わァ―――! どいてどいてぇえッ‼』

 突然、念話の叫びが二人の脳内に響いてきた。

「な、今のは蒼衣・空!?」

「どこから叫んだ!?」

 慌てて周囲を知覚しようと首を振る遠野と波坂。

 その数秒後、上空から滑り込むように飛竜種が二人目掛けて墜落してくる事に、二人が気付いた時には対処するにはすでに遅かった。竜との接触まで、あと何秒もない。

 ……マズいですわ! このままでは二人一緒にペッタンコ。彼女には悪いですけどワタクシの異能で!

 一か八かで空を停めようと波坂は、瞬時に眼球に魔力を集めた。が、その時、

「波坂掴まれ跳ぶぞ!」

 彼がこちらの腕を掴んで叫んだ。突然の感触に波坂は驚き、思わずその掴まれた方に顔を向けてしまった。視界に、遠野の霊体が見える。自分の瞳はすでに拘束の魔を放とうとしており、引き金を引いたも同然だ。彼の身体は、当然のように束縛される。

「おまっ―――」

 遠野の罵声が途中で止まり、同時に動きもまるで時が止まったかのように停止する。

 直後。

『だから逃げてええ‼』

 三人仲良くペッタンコになった。

      *

      *

 快晴の日差し。

 初夏も過ぎ、七月の中旬に入ろうかという頃。外はけたたましい蝉の音が鳴り響いていた。

 日本海、そして湖に挟まれた陸地があった。

 そこには、陸地を横に貫く形で建つ空港があった。

 空港自体の規模はそれほどでもないが、接続する国軍の航空基地も含めればかなりの大きさになる。旅客機や輸送機、哨戒ヘリが絶え間なく空の港で離着陸を行っていた。しかし空港の役割は意外と少ない。変革前に比べれば国際便はチャーターのみとなり、国内の便数も多いとは言えない。

 が、北の方角からは、この時分には珍しい小型の旅客機が飛んできた。

 チャーター便であるその旅客機は、管制の指示に従い海上から着陸態勢に入る。

 十分後、機体は大したトラブルもなく着陸を遂げ、空港のターミナルに進入した。

 小型ゆえ、ターミナルではなく地べたに搭乗客は降りるようで、専用の階段が接続された。

 締められていたドアが解放される。降りてきたのは二人だけだった。

 初夏の熱さだというのに、二人は長衣を纏っており、フードを被っているせいで顔もまともに見えない。性別すらも判断が困難だった。

「着いたね」

「そうだな」

 二人は軽く言葉を交わすと、一緒に降りてきた乗務員と共にターミナルへと歩いた。

 先頭を歩く方の長衣、フードからわずかに覗く肌は白く、唇は薄紅色。口元を弓にして、

「――ふふ、久しぶりに楽しめそうだよ」

 出雲の空港に、長衣の二人が降り立った。


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