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さても鳴らんや蝉の声

作者: 能登月子

夏。

猛暑日は、こんな廃れた場所にある療養所まで容赦なくやってきた。

先の長くない人たちが心健やかに過ごせるようにと建てられた場所なのに、蒸し暑い風と煩いまでの蝉の声が襲い掛かってくる。


昨日、そう遠くない病室の患者さんが亡くなった。



清潔にされ過ぎた病室でひとり、窓を開けて外を眺める。

そう長くない私の命が、こんな時間にも少しずつ減っていっている。

蝉の声が鳴き出して止むまでに、どれくらいの命が減っているんだろうか。

世界では3秒に1人が亡くなっているとか聞いたことがあるけれど、実感が沸かなかった。

目の前で起きていなければ、きっと真実なんだと思えないんだ。

戦争も、紛争も、どこかで起こった事件も、小説の中の出来事に思えるのはそうに違いない。

そんなことを考えていた時だった。


じじじじじじじっ。


酷く不愉快に耳に障る音と一緒に、パサッと何かが落ちてきた。

窓の外、目の前に広がる土がむき出しの地面に、茶色の塊。

また、じじじっと音を出して透明な羽をばたつかせ、蠢いた。


蝉だ。


とても馴染み深い存在なのに、実際に姿を見ると少し驚く。

想像していたものよりも姿は大きく、色は辞典で見たよりも茶色く、とてもではないが美しいとは思えない。

でもとてもよく知っている、不思議な存在の、蝉。

そんな蝉が目の前で、羽を時折バタバタさせながら地面を這っている。

ああ、なんだか私と、この療養所の人たちと似ている。


そう、思ってしまった。



風が心地よくなってきた夕方、蝉はもうぴくりとも動かなくなっていた。

夕闇が迫る赤い地面を、ソロソロと影と共に蟻が迫る。

妙に長く影を伸ばした蟻が一匹、また一匹と増えていく。

それはまるで、葬式の列のようだった。

蝉の命だった羽がもがれ、運ばれ、足も、体も、頭も、少しずつ運ばれていく。

長い長い葬式。

きっと明日の朝にはもう、その場所に蝉の姿は無いのだろう。

地面の下で数年何を思い、青空を見て何を考えたのか。

最後の姿は少し無様だったけれど、蝉が幸せだったならいいな、と思う。

普通の人が聞いたら笑うだろう。

虫に気持ちなんて無いよ、と。

それでも思わずにはいられなかった。


きっといずれ私も、あの蝉のように、いつかは黒い服の人たちに運ばれて、生を終え、姿を消すのだろうから。

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