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エターナルルート

作者: 夏乃凪楽


昔の文献を読み返すと、私達人間は、現代では想像もつかないようなコミュニケーションを図っていたようだ。


『言葉』というものを離れた相手に届ける為に、『電話』というものを必死になって発展させていたらしい。その名残が現代の相手に文字を届ける技術なのだから、一概に馬鹿には出来ない。


それでも、現代との技術の違い、意志疎通の方法の違いは、知れば知るほど笑ってしまう。それは嘲りであると同時に、憧れでもあるのだけれど。


『また原始的な物を読んでるね?』


頭の中にそんな文字が響く。この機械音は、いつまで経っても馴れない。長時間聞き続けると、頭痛がする。


『楽しいから。昔は苦労してたって知ると』


視野変換機能を使い、背後の様子を見る。ワンピースを着た、儚いという表現が似合う男の子が、二本の足を使って立っていた。アンドロイドだったようだ。


『僕にはわからない』


『いや、いい』


これが、私と彼の出会いだった。



・・・・・・・・・



『書物』と言う紙に描かれた絵の集まり、文字。その文字を音にしたものが、『言葉』だ。『書物』を読み、独自に解釈した結果、そのような結論に至った。


昔は当然のように『言葉』が使われていたらしい。その『言葉』が人類から失われた理由は、マザーコンピューター『エルーシャ』にあるとか。脳内制御機構を使用している為、文字を音にする必要がなくなったからだ。


とても長い間『言葉』を使わなかった結果、『声帯』とか言う――詳しくは不明だが、文字を音にする過程で必要な物だと仮定する―――ものが失われたようだ。


しかし、不思議なのか当然なのか知らないが、文字は失われなかった。つまり、『声帯』を再現することが出来れば、『言葉』を使うことが可能になるかも知れないのだ。


他にも、アンドロイドは古代の人類を再現した姿である為、二本の『足』で立っている。つまり、人類に『足』が戻れば、アンドロイドの如く、『歩く』ことが出来る。


補足だが、現在の人類は自動自転装置で移動をするようになった為、『足』は退化したのだとか。因みに、アンドロイドを見ればわかるが『手』もあったらしい。



比較的新しい文献を読み返すと、『人類は科学の進歩により多くの利益を得たが、代償として全ての可能性を失った。その根幹には全て、マザーコンピューター「エルーシャ」がある』という言葉が頻出する。


だがしかし、私はそうは思わない。


確かに科学の進歩により、人類は『声帯』や『足』や『手』を無くした。


しかし同時に、今の私のように、失ったものを再現する可能性を手に入れたのだ。


私の推測に過ぎないが、きっと、これらの『書物』を描いた者達は、『声帯』や『足』や『手』を生み出す努力など、したことがないだろう。


ならば、私の願う『現在では失われた物の再現』は、人類の持つ、新たな可能性の一つではないだろうか。


アンドロイドのように、『足』を使って『歩き』、『手』を使って物を『掴み』たいと思わないか?きっと昔の人類は、このような願いは持ったことがないだろう。


それはつまり、私達が『エターナルルート』の概念から抜け出すことを意味しているのだから。



・・・・・・・・・



『足で歩くこと?』


『どんな感覚?』


『普通のことかな』


思った通りの答えは得られないが、大方予想通りだ。


アンドロイドは皆、揃って『普通のこと』『当たり前のこと』と答える。つまり、それが答えらしい。


そこで直面するのが、「当たり前のことを説明する」難しさだ。アンドロイド達は「普通に」歩くのだから、「解りやすい」説明は出来ないのだ。


そんなものを、どうやって再現するのか。それ以前に、私は『歩くこと』を理解出来るのか。


その苦悩を解決する為、マザーコンピューター『エルーシャ』に製作依頼したものが、『感覚共有機能』。私とアンドロイドの感覚を共有することで、『歩く』感覚を理解しようとした。


結果は失敗。


『歩くこと』は、説明不可能な、電気信号や学習行動とは別の何かだと判明する。


結論として、現在の技術レベルでは『歩く』は無理と判断した。


ならば、『手』を動かすことも不可能か。いや、違う。


『手』は別名『アーム』らしく、それは生産機械の一部と同じ名称であることに、偶然ながら気が付いたのだ。確かに、機械のアームの先端部が細かく動き、半ばで力強く屈折する姿は、さながら大きなアンドロイドの『手』にも見える。


これは、大きな進歩だった。


そこから、様々な論証、実証を繰り返し、幾度もの失敗をした。しかし、人類に残された僅かな進歩の可能性を、そう簡単に諦めるわけにはいかない。


そして、たどり着いたのが、アンドロイド型機構・モデル「アーム」。その名の通り、アンドロイドの『手』を模した自動機械だ。


機能の説明として、『「アーム」の動く姿を想像すれば、その通りに「アーム」が再現する』というものがある。これは以前、感覚共有機能で体験した、『歩く感覚』に酷似していた。


そこまで至れば、『足』を再現するのは容易だった。同じ理論、『思考表現機構』の応用である『思考再現機構』を転用することで、『足』を動かすことに成功する。


こうして、『足』と『手』の再現に成功した。



・・・・・・・・・


『右足』が前へ、続いて『左足』が前へ。


繰り返し想像することで、私の『足』は理解、再現し、私を前に進ませる。そう、私は今、『歩く』ことをしているのだ。


しかし、私の場合は「歩く」を想像するというよりは、感覚共有機能で体験した「歩く」を思い出しているという方が近い。


おそらく現代の人類で、私が最も本来の「歩く」に近い感覚で歩いているだろう。『手』についても同様だ。


この感覚共有機能に新たに、『手足』を動かす感覚を付け足すと良いかも知れない。


『後は、「声帯」』


『そうだね。でも、容易なことではないよ。「手足」のようにはね』


私の隣を歩く、ワンピースを着た少年型アンドロイドは、名を「マサヒロ」という。感覚共有機能を私と接続した、『現代では失われた物を再現するプロジェクト』に初期から関わる、相棒と呼べるアンドロイドだ。


『わかってる。無から造るのは難しい』


未だに『歩く』ことに集中する必要のある私達人類とは違い、マサヒロ達アンドロイドは歩きながら意志疎通が出来る。アンドロイドには、それが『普通』なのだろうけれど、私はその姿に憧れ、『失われた物の再現』を始めたのだ。


『だけどマサヒロ、私の行動を手伝ってほしい』


私は頭に響く現在の『文字での意志疎通』が嫌いだ。そのせいで、相手に伝える文字を減らしてしまい、結果として『意志を伝えるのが苦手な人』と言われるようになってしまった。


しかし実のところ私はあれこれと考えに考え、一文やそこらでは伝え切れない量の文字を起こす。それを削りに削って伝えた結果、上手く意志が伝わらないのだから、本末転倒も良いところだ。それでも、文字が頭の中に響くのは嫌いなのだけれど。


『言葉』での意志疎通は、頭痛を起こすことなく使用できるのだろうか。


『もちろん。僕は貴方といつまでも共にいる。僕は●&◎▲●☆#*から』


えっ?途中、文字がぶれて、読み取ることが出来なかった。


『もう一度』


『&#◎**&●』


『どうして?読み取れない』


あの文字を解析しようと何度、脳内制御機構を働かせても、解読出来ない。しかも、何度も繰り返すうちに『警告文・秘匿領域侵入』と脳内に響いた。


こんなことは初めてだ。


『失われた文字を使用してしまった。その文字は、忘れてほしい』


失われた文字。その単語がやけに引っ掛かったが、マサヒロが考えることを否定するつもりはない。


『文字で伝えることが出来ないなら、行動で示すのが一番だね』


そう文字を送ってきたマサヒロは、私の首に『手』を回し、マサヒロに引き付けられた。力強く、上手く、『手』を使っているなと、再度憧れた。


『何がしたいの?』


マサヒロがいつまでも『手』を動かさないせいで、私は動くことが出来ない。文字で伝えることが出来ないから行動で表すと言っていたが、こんなことで一体何が伝わるというのか。


『共にいようという意志の、強調文だと思ってくれたら構わないよ』


それならばと、私もマサヒロの首に『手』を回すところを想像し、『手』を動かす。


すると今度は、マサヒロが私の唇に、自身の唇を合わせた。食べられるのかと思い、慌てて上体を引く。


その時、『警告文・規定外行動侵犯』と頭の中に響く。が、直ぐに消えた。


『今のは、更に強調した行動だよ。僕が作られた頃の人類は、皆そうやって気持ちを表していたんだ』


昔の人類は、共に居たいと伝える為に、相手の唇を食べていたのか。新たな情報に、驚嘆する。


『きっと、貴方の想像とは僅かに違うよ。何故なら、さっきの行動はあれで完了しているからね』


つまり、唇と唇がただ触れ合うだけ。たったそれだけで、本当に意志が伝わるものなのだろうか。


いや、それを考え始めるとキリがない。現代の人類だって、頭の中に文字が響くだけで意志が伝わるが、何故伝わるのかと問われると、『そういうものだから』としか答えようがない。つまり、そういうことだ。



・・・・・・・・・



『手足』と違い、『声帯』というものの情報は一切ない。古代の人類を真似て作られたアンドロイドにも、『声帯』はなかったのだ。


『文字を音に変えるもの』それが『声帯』。


たったそれだけの情報しかない『声帯』の再現は、非常に困難を極める。


その前提で始まった『声帯』の再現は、非常に容易に進展していった。


先ず、真っ先に気付いたのは、『音は振動で伝わる』ということ。それに気付けば音を出すのは簡単で、薄い膜を震わせることで音を出すのに成功した。


これは古代の文献にある『スピーカー』というもののようで、『声帯』は『スピーカー』の別名であるという結論まで導き出した。


ここまで来ればもう再現出来たも同義。後は、『言葉』の感覚をなんとか出来れば完了。


誰もがそう考えていた。


しかし、誰もが想像し得なかった問題が、私達の前に立ちはだかってしまった。それは本来、「『言葉』とは音である」という情報から推察する必要のあることだったのだが、私達は気付くのが遅かった。


その問題に気付いたのは、『言葉再現班・音化係』。


そう。文字をどのような音にすれば『言葉』と言えるのか。それが、わからなかったのだ。


この問題は、何人にも越えることの出来ない壁だった。誰も『言葉』を聞いたことがないのだから。



・・・・・・・・・





『手』と『足』を再現するより遥かに困難な壁にぶつかり、私達の活動は停滞を余儀なくされた。そもそも、アンドロイドの有する『古代の人類』の感覚を再現しようとしているのに、アンドロイドの持っていない物を再現するなど、土台無理だったのだ。


きっと私は、このまま『言葉』を再現することはできない。『声帯』まではたどり着いた。しかし、所詮はそこまでで止まっているのだから。


文字もある。文字を音に変える『声帯』もある。『言葉』は文字を音にすれば出来上がるはずなのに、何故『言葉』が出来ないのか。


正直なところ、意味がわからない。準備は整っているのに、踏み出すことが出来ない。ならば、何か足りないものがあるはずなのに、それが何か全くわからないのだ。


『貴方なら、いつか必ず答えを出すと、僕は信じているよ。そしていつか、失われた文字を「言葉」を介すことで伝えよう。だから、貴方は「言葉」を再現して欲しい。いつまでも僕は、貴方の側にいるから』


マサヒロはいつもそう言って私にスーエをする。


スーエとは自身の唇を他人の唇と触れ合わせることで、便宜上、そう読んでいる。古代はその行為にも特有の名称があったようだが、その名称もまた、失われた文字であった。


スーエをする度、脳内に『警告文・規定外行動侵犯』の文字が響くが、それ以上の問題は起きない為、気にしないことにしている。


スーエは側に居たいと願う人と行うものであるらしく、私に進んでスーエを行ってくるマサヒロの気持ちは、明確に理解している。つまり、マサヒロは私の側に居たいということを。


互いに『スーエは側に居たいと伝える為の行為』と理解していれば、明確な文字にせずとも伝えられる。これが、古代の人類の意志疎通であると理解した。


それは、文字についても言えることだ。『側に居たい』という文字を互いに知っていれば、その文字を見ただけで意志が伝わる。


…………それが、『言葉』ではないだろうか?


そう。スーエのように、共通の認識を持つことで、意志を伝えることが出来るのではないか。


例えば、「あ」という文字に固有の音を設定する。その音を響かせることで、音を聴いた者が「あ」という文字を連想する。


同様にして、「い」という文字に固有の音を設定、音を響かせ、聴いた者が「い」という文字を連想。


当然、音は『声帯』を使って発信する。様々な固有の音を連続して響かせれば、文字は伝わる。それが、それこそが『言葉』なのではないだろうか。



・・・・・・・・



『マサヒロ。準備いい?』


『大丈夫』


マサヒロの答えを受け、プラグを接続する。ナノマシンを『声帯』と共有させ、思い浮かべた文字を音にする装置だ。


『声帯』のナノマシンに文字を送ると、膜が振動し、音を鳴らす。私が想像した通りの音だ。


『「マ……サ……ヒ……ロ」……で、あっているかな?』


成功だ。私が想像し、響かせた音を聞き、同じ文字を呼び起こした。これが、文字を音にして伝える『言葉』で、おそらくあっている。


成功を祝し、私はマサヒロにスーエを行う。マサヒロの唇の感触を感じる度、私はマサヒロと意志を共有していることに喜びを感じる。


きっとそれこそが、本来のスーエで目的である『側に居たい』の強調なのだろう。


『僕も、使ってみていいかな』


マサヒロは私からプラグを抜き、自身に接続する。私とマサヒロは感覚共有機能で繋がっている為、実験以上の成果は得られないのだけど、『言葉』を使ってみたいという気持ちは理解できる。


『じゃあ、いくよ』


そして、『声帯』から響く、断続的な音。


『ア……イ……シ……テ……イ……ル……?』


そんな単語、見たことがない。まさか、失敗したのだろうか。


『あっているよ、それで。それは、文字で伝えることの出来ない、失われた文字なんだ』


これが、スーエを一言で表す文字だと言う。「アイ」をしている。スーエで伝えたい文字ならば、私もこの文字をマサヒロに伝えるべきだろう。


『私も、「あいしている」わ。マサヒロ』


その瞬間、脳内に『最終警告・消去対象』という文字が次から次へと響き、脳内が埋めつくされる。頭に激痛が走るほどだ。


私の首に『手』を回すマサヒロも、同じような感覚を持っているようだ。


『βアンドロイド、識別名マサヒロ。機能停止』


感覚共有機能を通し、マサヒロの脳内に響いた文字を読み取る。その時も持ってマサヒロは機能を停止した。


『被験者番号-800300。規定外言語使用による罰則。メモリー・フォーマット』


そんな文字が脳内に響き、抵抗しようと脳内制御機能に働きかけるが、応答はない。


そして、この日、私が「あいしている」という失われた文字を使用した時。私とマサヒロは活動を終えた。


結局、私達人類はマザーコンピューター『エルーシャ』の叩き出した『エターナルルート』から、抜け出すことは出来ないのだろう。全てが、『エルーシャ』の思い描くままなのだから。



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