はじまり
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あの忌まわしき日から10年。
私は、『あの日』の丘に立っていた。
父の丁度10回目にあたる命日の日。
私は父の好んでいた白い花を捧げ持ち、歩を進める。
そして目的の物の前で立ち止まる。
それは、他人にとっては何の変哲も無いただの岩。
けれど、私にとっては何よりも大切な『特別な物』。
父の墓。
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私の父は、王だった。
世が世なら、私は王女という立場だったのであろう。
いや。事実、姫と呼ばれていた時期も存在した。
目に映る何もかもが、自らの周囲の物全てが、美しく汚れのないものだと信じていた。
そんな夢のような日々―――。
けれど、そんな日々も悪夢とともに終わりを告げた。
私の10歳の誕生日。
王と言う立場の父と、政治全般を取り仕切る、父の片腕と呼ばれた叔父。
いつも忙しく、それこそ休みなどないのではないかと思えるほど働き詰めの二人。
そんな二人がその日、私のたっての『お願い』のために、わざわざ休みを取ってくれた。
誕生日のお願い。
『みんなでピクニックに行きたい』
それは、誕生日という特別な日のお願いにしては、なんてささやかなものだったのだろう。
そんなささやかな願いを、父と叔父は快く受け入れてくれた。
『そんなものでいいのかい?』と。
そしてその日、私は父と叔父、いとこのカノンと一緒に北の丘まで遠乗りに行った。
楽しい1日になるはずであった。
少なくとも、私はそう思っていた。
けれど、そんな希望は儚く散った。
北の丘に着いた私たちを待ち受けていたのは、数多の刺客。
彼らは父の姿を認めると、脇目も振らずに駆け寄り、剣を振りかざす。
―――ほんの一瞬の出来事だった。
一瞬で、白い大地が朱色に染まった。
『イヤーっ!!!』
目の前の光景が信じられなかった。
純白に緋色をまき散らしながら、転がる丸いもの。
首から上を失い、くずおれる体。
そして―――
父の命を奪った者に跪かれる、叔父。
何故?ナゼ?なぜ?
ひたすら泣き叫び続ける私に、叔父は冷たい瞳をむける。
『遺恨を残すと面倒だ。やれ』
次々と振り下ろされる刃。
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「レイラ様」
ふと、呼びかけられて瞠目する。
「ルドヴィックか」
「左様でございます。レイラ様のお戻りがあまりに遅いため、お迎えにあがりました」
「そんなに遅かったか?」
「はい」
まじめくさった調子に、けれどそれが事実なのであろうと予想がつく。
自分で思っていたよりも、ずいぶんと長い間思考の底に沈みこんでしまっていたらしい。
「大丈夫ですか?」
心配そうな瞳に、問題ないとだけ答える。
そう、全く問題はないのだ。
やっと、待ちに待ったチャンスが訪れようとしているのだから。
「そうですか。ならば、良いのです。陛下の無念、必ずや晴らしてみせましょう」
力強く頷く。必ず成功させてみせる。
「父上、必ずやよい知らせを持って参ります」
岩に向かって宣言すると、踵をかえす。
もう振り返らない。
次訪れる時は自らが王となった時だ。
そう、心に固く誓って。
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