4.ファビウスの目
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「だいたい、なんだって言うんだよ! このヤマはこちとら一課の仕事だろうが! どんなやり口でそっちに回ったか知らないが、ちょっとおかしくないか?」
中年で脂ぎった額をした刑事は、バン、と二階堂警視のデスクを叩きつけ叫んでいる。
僕は缶コーラを飲みながら、その様子をいぶかしげに眺める。君島は唇にリップクリームを塗っている。美晴は知らん顔して文庫本に目を通す。大林さんは腕組みをしながら、二階堂警視のやり取りを見つめ、そして田中さんは「やれやれ」と言わんばかりな苦笑いの表情でそれを見つめていた。
そして、見慣れない顔がいる。
金髪の少年で、年齢は僕と同じかもしくは少し年下かと思われる、童顔だけれども、薄らと笑みを浮かべたその表情は、どこか大人びた印象を受ける外国人だ。二階堂警視と刑事のやり取りを嘲笑に似た笑みで頬杖をつきながら見つめていた。
「……このヤマは単に検挙するだけのものではありませんから。それに、ポテンシャル絡みの案件は特務一課に委ねられるという超法規的措置が取られるのは承知のはずと思われますが? 田所警視」
二階堂警視はデスクに両肘を立てて、手を合わせながら、田所という刑事を一瞥する。
「だいたい、警察はいつから子供のたまり場になったというんだ? ポテンシャル? そんな眉唾物の能力、役に立っているのかよ! こんな子供まで使いやがって……」
田所という男は、僕と君島、そして美晴を一瞥してきた。さも厄介者を見つめるかのように。
「危険で違法な人体実験やっているんだろ? そんなもん、令状持って一斉検挙しちまえば済むだけの話だろう? それを半年もダラダラ引き延ばしやがって」
「事はそんな単純なものではないのですよ。田所警視。その背景にある組織の全貌の解明を最優先するからこそ、慎重に事を運んでいるわけですよ。ご理解いただけますよね」
二階堂警視は眼鏡の奥にある細長い目を光らせながら、田所警視を見つめる。
「なにがポテンシャル絡みの案件だよ! そっちがその気なら、こっちは独自の行動をとらせてもらうからな! いいな!」
バタン、と強烈な音を立ててドアを閉めて出てゆく田所警視。
「日本の警察組織は、縄張り意識が非常に強いと伺っています。あの方もその典型なのでしょうね」
クスっと一瞬笑いながら、外国人の少年は呟いた。初めて声を出したわけだが、まったく訛りのない流暢な日本語だ。
「お見苦しいところをお見せしたようですね。ミスター・ファビウス」
二階堂警視は少し苦笑いをして、ファビウスという少年に声をかけた。
「見たところ、私と年代が同じエージェントが多いようですし、ミスターはやめましょう。トウジロウ、もしくはファビウスで結構ですよ」
「立場上、私はそうもいきません。せめて、ファビウス捜査官とお呼びしたいがいかがかな?」
「それでも構いません。ただ、儀礼だけは抜きにしていただきたいものです」
「……心得ました」
二階堂警視はそういうと、席を立ち、ファビウスという捜査官の元へいった。
「皆、紹介しよう。彼はインターポールより捜査協力のため来日した、トウジロウ・ファビウス捜査官だ。プロファイリングの第一人者だ」
二階堂警視がそういうと、ファビウスという捜査官はスクっと立ち上がり、軽く、日本流のお辞儀をした。
「はじめまして。トウジロウ・ファビウスです。フランス人で、日系の母がいるということだからというわけではありませんが、日本語は最も得意な言語のひとつなので、気兼ねなく、日本語で応対ください」
一同、お辞儀をする。
「皆さまのプロフィールは存じ上げています」
ファビウスは笑みを携えながら、そう告げた。
「大林悠里巡査長。年齢は……」
「ダメ! 年齢だけは言わないで!」
咄嗟に大林さんは、叫んだ。
「失礼しました。大人の女性の年齢を言うのは紳士ではありませんでしたね。……能力はポテンシャル・ソナー。ポテンシャル及びポテンシャル・フォルダーの探知、発見、追跡。ポテンシャルが使われた地点に残される〝残留ポテンシャル〟を感知するポテンシャル。ポテンシャル・ランクダブルB。広範囲での探知が可能であるが、正確な位置を特定するには、対象とかり接近しないといけない」
ファビウスは資料に書かれているかのような内容の事柄を述べていく。
「田中英俊巡査。二十七歳。能力は、ガトリングガン。ポテンシャル・ランクB。物質への破壊力は絶大だが、単調さゆえに相手に見切られやすい」
ファビウスはさらに続ける。田中さんは少し照れた表情をしながら短髪の髪を掻いた。
「片瀬美晴、民間嘱託。都立東池袋高等学校一年。得意科目英語。能力はスターゲート。つまりテレポート。ポテンシャル・ランクA。可視範囲における瞬間転移を自身も含め行える。ポテンシャルを発動させるタイムラグが非常に短いという長所がある。物体を物体の中に転移することは不可能。範囲が遠いと正確な位置に転送することが困難となるという短所もある」
ファビウスはまるでレポートを読むかのようにスラスラとそれぞれのプロフィールを述べてゆく。
(なんだ? コイツ)
僕はその意味深なファビウスの言動に不快感を覚える。
「君島葉月。同じく民間嘱託。高校も片瀬美晴と同じ。苦手科目なし。能力はシルバーバレット。ポテンシャル・ランクS。対ポテンシャルにおいて絶大な破壊力を持つ。弱点は認識が困難なポテンシャルに対しては、攻撃の余地がないことと防御面において不安が残ること」
ファビウスがそう言い終えると、君島はむっとした表情をした。
当たり前だ。君島は自らのポテンシャル、〝シルバーバレット〟に絶大な誇りと自信を持っている。初対面の相手に批評じみた真似されてなんとも思わないほど、彼女の性格は温和ではない。
「そして、新庄匠。同じく民間嘱託。高校も前者二名と同じ。得意科目社会。能力はヘヴィバスター。擬似重力を操る。ポテンシャル・ランクダブルS。おそらく日本において現存するポテンシャル・フォルダーの中で最も強力な存在……」
「しっかりと、俺たちのプライバシーにまで踏み込んでいるようだな。どういう量見だ? それがお前流の初対面の相手に対する挨拶か」
僕はそう言わざるを得なかった。たぶん、特務一課のほうから資料は渡っているのだとは思うが、それを初対面の相手に対して披露するというのは、ちょっと人間性に疑いが持てる。
「気に障ったようならば謝ります。大変申し訳ございません。ただ、一緒に捜査をしてゆく以上、包み隠さずありのままをお互いに知ってほしいと思いまして。私はこのように非常にデータ分析などが好きです。これは性格に起因するものと考えてください。こうした私の一面をあなた方に知ってもらいたかったのです。そして、あなた方のデータはキチンと私の頭の中でしっかりとファイリングされているということも知ってもらいたかったからです。ご理解いただけましたでしょうか?」
ファビウスが深々と頭を下げた。そこまで言われると僕としても何も言いかえることができない。
「そして二階堂信二警視のポテンシャルは……」
「ファビウス捜査官、私のは述べなくて結構です」
二階堂警視は鋭い眼光をファビウスに向けてそう言った。
「まあ、かくいう私もポテンシャル・フォルダーです。今はどんな能力かは言えませんが、〝カオス〟と万が一、対峙する場面が訪れたのならば、必ず貢献できると思います」
「カオス!?」
僕はガタンと椅子を立ってファビウスに向かって叫んだ。
カオス。僕が何故、公安部特務一課の嘱託をしているか。それは〝カオス〟に理由がある。
「フフフ。なにやら因縁が深いようですね。まあ、それだけ私のポテンシャルは秘密兵器となりうるものであるということは自負しています。今回の捜査でも、使う機会があるかもしれませんが。もっとも、新庄君たちは非常に優秀ですから、私の出る幕はないと思われます。私は後方でプロファイルに終始することでしょう」
ファビウスはそういうと紙コップの中のオレンジジュースを胃に流し込んだ。
「ちなみに、私は、幼く見えるかもしれませんが、一応今年で十七歳になりました」
「それではブリーフィングを始めるとするか」
二階堂警視はそう言って立ち上がり、ホワイトボードまで歩みよった。




