ファーストキス
気づいたときにはもう遅かった。目の前の黒い車が僕の右腕のクリティカルヒットした時だった。信号はちゃんと守ってた。なのにどうして?そんな事を考えながら意識を失った。痛みは不思議と無かった。
次に目を覚ましたのはベットの上だった。白い天井が異様に眩しい。僕は目を開けてまたすぐ瞑る。周りでは久しぶりに聴く両親の声。母親の声は涙声だ。
「自分の名前がわかりますか?」
僕が又目を開けて白衣を着た男の人の方を向く。おそらくだがここは病院。で、この人は病院の先生だろう。俺はコクンと頷き、
「新藤・・・健・・・」
俺は少し震えながら声をだす。すると、次に先生は紙とペンを差し出してきた。
「ここに名前と歳書いてみて。無理しなくていいからね」
俺は両方受け取り名前を書く。僕の利き手は右手だ。包帯が巻かれているため右手じゃ書けない。なんで右手がこんな状態かは思い出せないけど・・・。仕方が無いので左手で汚い字を書く。書いてる途中で目が霞む。なんとか書き終えて、僕は又眠りについた。
次に起きた時にいろいろ説明された。まずは、どうして僕がこんな所に居るかだ。交通事故らしい。そういえば車とぶつかったような気がする。次に怪我の具合だ。右手が複雑骨折、右足が骨折。肋骨も数本折れてるらしい。後、脳震盪だ。車とぶつかったときに右手と右足と肋骨、吹っ飛ばされて地面に付いた時に脳震盪、という事らしい。ぶつかったときの記憶はあまりないが、記憶喪失ではないらしい。一瞬の出来事だったので認識できなかったって事だろう。それで、様子見も入れて数週間の間、入院することになった。ちなみに、僕を轢いた人が治療費などを出してくれるらしい。まあ、当然だけどね。
僕が目を覚ましてから翌日には、一般病棟に移されていた。僕に割り当てられた場所は窓側。結構嬉しかった。隣には可愛い女の子。年齢は僕と同い年らしい。
「君、その怪我はどうしたの?」
彼女は僕に少し興味があるらしく、目を輝かせていた。
「交通事故だよ。ちょっと車に轢かれちゃって・・・」
僕は目線を外しながら答える。ちょっと恥ずかしいんだ。
「へぇ、私も交通事故だよ。なんか運命感じるね」
なんて恥ずかしいセリフを言いながらケラケラ笑っている。僕もつられて笑う。彼女の笑いには人を惹きつける魅力がある。僕はそう感じた。
「あ、自己紹介まだだったね。私、橘 明日香。宜しくね」
「僕は新藤 健。宜しく」
二人とも骨折しているから握手はできなかった。
「タケルか、いい名前だね」
「アスカっていうのもいい名前だと思うよ」
「でしょ?私気に入ってるんだ」
彼女はそういうと又笑う。嫌な感じはまったく受けない笑いだ。僕も又つられて笑う。
僕と明日香はよく話した。リハビリの時間以外はほとんど一緒に居た。僕はあんまり話す方じゃないけど、明日香とはよく話した。お互いの家族の事、学校の事、友達の事。恋人はお互い居なかった。僕は明日香に恋人が居ないってわかったときに、とても嬉しい気分になった。 明日香には友達が多かった。毎日違う友達が面会に来る。男女問わず。比較としては、女子の方が多い。でも、男子もしょっちゅう来る。明日香の人気がどれほどのものかを物語っているな、と僕は思った。
「ねえ、明日香。やっぱり俺、お前の事好きだよ」
明日香の男友達が来ていて、僕は少し拗ねるように窓を見ていた時だ。いきなり隣で告白が起こっていた。もちろん、会話から判るようにされてるのは明日香。してるのは、結構カッコイイと分類される男のこ。髪の毛は茶色でピアスをしている。やっぱり気になるから横目で僕は二人を盗み見る。あくまでもばれない様に。
「・・・なんでそんな事、今更、それにいきなり言うの?」
明日香は友達からの告白から少し間をおいて答える。【今更】って事は昔付き合っていたのかな?
「お前が交通事故に遭ったって聞いたとき、俺すごく心配したんだ。なあ、もう一回付き合えないかな?」
「・・・無理だよ」
明日香は断った。その時、自分の全身の筋肉から力が抜けるのが判った。・・・やっぱり僕は明日香の事が好きなのだな・・・今、やっと実感した。
「なんで!?」
告白した男は断られると思っていなかったのかもしれない。百戦錬磨って感じだし。
「私、貴方の浮気癖には付いていけない・・・それに私、今好きな人居るの」
「誰だよそれ!」
男は再び声を荒げる。僕は僕で、明日香の好きな人を考えていた。僕がわかるわけないけど。
「貴方には関係ないわ。それにここは病院よ?少し声が大きいんじゃない?」
明日香は冷静に、顔色一つ変えずに答える。
「っ!」
男はそのまま病室を飛び出してしまった。なんだか気分がいいな。
「・・・ねぇ、少しビックリした?」
僕の方に向きなおした明日香は少し微笑んでいた。
「少し?いや、かなりビックリしたよ」
僕も明日香の方を向く。自然と目線が合わさる。
「どう思った?」
明日香は目をずらそうともしない。透き通った目で俺の目を見据える。
「・・・受けないで欲しいと思った」
俺も目線を外さない。外せなかった。
「どうして受けないで欲しいと思ったの?」
明日香の素直な感想。・・・僕も素直に返そうと思った。
「・・・君の事が好きだから」
お互い目を外さない。僕は明日香の目を見つける。綺麗な瞳。明日香の目は僕を捕らえて離さない。明日香には、僕の目がどのように見えているのだろう?
少しの間がとてつも長く感じる。僕は少し告白した事を後悔し始めた。
「今日は、二回も告白されちゃったな」
「それも二回も断らなきゃならないのは大変だね」
僕はあくまでも冷静に切り返す。実際は後悔が胸の中を満たしていた。
「・・・ううん。二回目は断らないよ」
「―――――え?」
「だって、二回目に告白してきたのは、私の好きな人だからね」
彼女が笑っている。顔を真っ赤にして笑っている。やっぱり僕もつられて笑う。今日は何か幸せだな。いや、理由は判りきってるけど。
僕達が付き合いはじめて少し経つと、明日香は退院した。僕の方が少し重症なのと、明日香の方が先に病院に来ていたので、当然である。でも僕達は離れ離れにはならなかった。電話番号やメールアドレスはもちろん交換してたし、明日香はまだ、リハビリが必要だったため、病院によく来ていた。僕も明日香のリハビリの時間に合わせてリハビリをした。少しでも明日香と一緒に居たかったからだ。僕自身、こんなに積極的になるとはおもってもみなかった。実際自分で告白したのも驚きものである。
「でね、今日も学校で階段から落ちそうになっちゃたんだよぉ」
「はは、明日香は間抜けだな。だから交通事故なんかに遭っちゃうんだよ」
「むぅ、それを言うならタケルだって交通事故で入院してるじゃない」
「あ、そっか」
こんなやりとりが続く。これが僕の新しい日常。楽しい日常。手放したくない日常だ。
ある日の昼。僕はリハビリの時間が迫ったことを確認して、病室をでた。
「あ・・・健君」
後ろか女性の声が聞こえたので後ろを振り返る。明日香かな?っと一瞬思ったが違うらしい。でも、どことなく明日香に似ている雰囲気を感じさせていた。
「えっとあの、どちら様でしょう?」
少し目が腫れていた。おそらくさっきまで泣いていたのだろう。
「・・・私は明日香の母親です。ちょっと一緒に来てもらえませんか?」
「あ、はい」
僕はなんだか嫌な予感を胸に明日香の母親の後ろを歩き始めた。僕の足を気遣ってか、ペースはゆっくりである。
「ここです」
その中の部屋では泣き声が聴こえた。嫌な予感が現実味を帯びてくる。考えたくない・・・そんな考えが僕の中で渦巻く。僕は扉を開けた。そこには・・・
明日香の静かに眠るような・・・遺体があった。
その後の記憶があまりない。僕は明日香の側に居た。不思議と涙はでなかった。
死因は交通事故で頭部強打。
僕達をめぐり合わせたのは交通事故。僕達を引き裂いたのも交通事故。
「明日香。僕は絶対車には乗らないよ」
静かに眠る明日香に僕は、静かにキスをした。
これが僕のファーストキスだ。